何となく選択していたら、今の自分はいない。プロサッカー選手 荒木秀介の人生観とは?

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第968回目となる今回は、プロサッカー選手 荒木秀介さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

現在はドイツでサッカー選手として活動している荒木さん。荒木さんは今までについて、世間的に失敗とされることを多く経験してきた失敗の多い人生だったと語ります。同時に、その中で「自分らしい人生の生き方」を見つけたとお話していました。今までの経験とあわせて、現在の価値観について伺いました。

ドイツで活躍するプロサッカー選手 荒木秀介

ー最初に、自己紹介をお願いします!

現在ドイツでサッカー選手として活動している、荒木秀介です。今年25歳になるのですが、大学卒業後の夏からドイツにきています。

ーミッドフィルダーのポジションで活躍している荒木さんですが、選手としての強みは何ですか?

強みは、フィジカルの部分です。当たり負けしないところ、体力面で走れるところなどが自分の武器かなと感じています。

ドイツに来たばかりの頃は、体格差で相手選手が有利になってしまうことが多かったのですが、筋トレの日数や時間を増やしたことで、互角に渡り合えるようになりました!

ベッカム選手に憧れて始めたサッカー!

ー荒木さんの幼少期について、教えてください!

周りの人を楽しませるのが好きな子どもでした。生まれは兵庫県ですが、小学一年生までは東京で過ごしていました。その後も引っ越しがあり、大阪に……。

関西に戻って感じたのは、関東と関西の笑いのギャップです!衝撃を受けて、大阪に引っ越した後は、友達を家に呼んでお笑いライブみたいなことを開催していました。今思えば、引っ越しを多く経験していたので、「友達を増やしたい」「友達になりたい」という考えで、自分から関わりに行っていたのかもしれません。

ーサッカーはいつ頃始めましたか?

小学校1年生から始めました。きっかけは、当時ベッカム選手がブームになっていたことです。テレビでベッカム選手を見て、ルックスのかっこよさや、華麗なプレーをする姿を、とてもかっこよく感じました。ベッカム選手のかっこよさに惹かれ、自分もサッカーをやってみたいと思うようになったのです。

サッカーを始めて見ると、すごく楽しくて。また、所属していたサッカーチームには、他の地域から来ている子どももいたので、学外で新しい人に出会える楽しさも感じていました。

「逃げ」を選択。高校サッカー時代の後悔

 

ー中学時代も同じクラブチームでサッカーを続けていましたか?

別のクラブチームでサッカーを続けていました。そのクラブチームは全国大会にもでる強豪チーム。ただ自分自身は「全国で優勝するぞ」というガツガツした感じがあるというより、そのチームに所属していること自体に満足感を感じていましたね。

ー学校の勉強も、うまく両立できていましたか?

勉強もそこそこできていたので、うまく両立できていると感じていました。高校受験もどこかいいところに受かるだろう、くらいに捉えていて。今振り返ると、サッカーも勉強も、甘く考えていたと思いますね。

ー高校時代も強豪校でサッカーを続けていたのですか?

高校時代は、あまり強くはない部活のチームでサッカーを続けていました。高校時代のサッカーへの向き合い方は、正直にいうと、「逃げ」みたいな部分がありました。

今までハイレベルなクラブチームに所属していましたが、全然通用せず、なんとなく「真剣にサッカーをするのはもういいかな」と感じていたのです。

高校の部活では、「あのチームから、うちの部活に来たんだ」と周りからちやほやされたり、部活の中ではうまくプレーできたので、気持ちよくサッカーができていました。

ー高校時代でサッカーへの向き合い方に変化があったということですね。しかし、大学時代は体育会サッカー部に所属されたと伺いました。体育会のサッカー部だと、再び本格的に向き合うイメージですが、どのような経緯があったのですか?

私の部活では、高校でサッカーから離れる人がほとんどでした。しかし私自身は高校3年間のサッカーにすごく後悔が残っていたのです。「あの時、もっとやっておけばよかった」「あの時、もっとできたのに」という気持ちがすごくありました。

また、サッカーを始めたころからあった「サッカー選手になりたい」という思いも心の中ではずっと残っていました。そのため大学に入学したら、サッカー部で活動したいと思っていたのです。

入れ替え戦やコロナを機に、自分の課題を見つめ直す

ー大学はどのように選びましたか?

サッカーの環境が整っていることに加え、教職に興味があったので、専門的に学べる教育大学を目指しました。

ーなぜ教職に興味があったのですか?

小中高でいろいろな先生に出会ってきました。その中で勉強はもちろんですが、勉強以外の部分についても教えてくれる先生たちをみて「自分も、この先生みたいになりたいな」と思うモデルがたくさんいたことが理由です。

ー大学時代のサッカーへの向き合い方を教えてください!

大学のチームは、関西の中でも上位レベルでした。高校時代は下の方のチームにいたので、レベルの差に驚きましたね。高校時代はちやほやされて調子に乗っていた部分がありましたが、実力差をみせつけられて「自分は全然ダメだ」と感じました。当時はベッカム選手のような綺麗なプレーがやりたいスタイルだったのですが、太刀打ちできなかったため、泥臭いプレーにスタイルも変更しました。

ー大学時代には新型コロナウイルスの流行があり、生活の変化も余儀なくされたと伺いました。

大学3年生になったタイミングで、新型コロナウイルスが流行しました。部活ができない状態になり、大学の授業も全てオンラインに変更されました。今までは部活やアルバイトでバタバタしていた毎日。しかし新型コロナウイルスの流行をきっかけに、自分自身の時間をゆっくりととれるようになったのです。

そのタイミングで、自分のサッカーにおける課題を見つめ直し、これからどうしていくかを考えました。フィジカル面に課題があったので、毎日2-3時間10キロ走って、公園で筋トレして、ボールを触って……。3ヶ月くらい部活ができない期間があったのですが、毎日やりきりました!

ーそこまで自分を突き詰められた理由は、何でしたか?

私が2年生から3年生になるタイミングで、入れ替え戦がありました。当時チームは2部リーグで、入れ替え戦に勝てば1部リーグに上がれる状況でした。結果は負けてしまい……。

私はスタンドで応援していたのですが、同学年で試合に出ていたチームメイトが泣いている姿を見て「自分と同学年のチームメイトが泣くくらい頑張っているのに、自分は何をしているんだ」と情けなく感じたのです。もっとチームの力になりたいという思いがあったので、自分を奮い立たせることができました。