心の炎が消える前に行動する。環境活動家&ラッパー・神澤清の生き方

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第922回目となる今回は、環境活動家・ラッパーの神澤清(かんざわ・きよし)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

講演会や音楽活動を通して環境問題やウクライナ戦争などの社会問題についての発信を行う神澤さん。なぜ発信を続けられるのか、これまでの人生での選択や、あふれる行動力とバイタリティーの原動力をお話しいただきました。

「情熱を燃やすように生きたい」学校一怖い教師と出会って見つけた生き方の指針

ーまずは簡単に自己紹介をお願いいたします。

神澤清です。現在は主にラッパーとイベントプロデューサーをしていて、約3年前から環境問題やウクライナ戦争などをテーマに社会問題についての発信を行っています。

2022年の11月から12月に約20日間かけて、ウクライナに渡航しました。現在は渡航経験をもとに、戦争のリアルを伝えるためにドキュメンタリーや楽曲の制作をしています。

ーなんてユニークな経歴…! そんな神澤さんの行動力とバイタリティの秘密を、子ども時代から振り返ってお話を伺えればと思います。まず、12歳のときにあったというターニングポイントについて教えてください。

はい、小学6年生のときに大きな出来事が2つありました。1つが小学校でいじめを受けていたこと、もう1つが母が乳がんで亡くなってしまったことです。

とてもつらい体験でしたが、当時は「乗り越える“試練”として捉えないと」という気持ちがありました。気持ちの整理にはかなり時間がかかったのですが、人との出会いやつながりを経て、今では自分の人生のエッセンスだと思えています。

ー外部とのかかわりを通して、徐々に気持ちの整理をつけていったのですね。そこから中学校に上がってご自身の変化はありましたか?

そうですね、中学3年生のときに自分の人生観を変える先生との出会いがありました。担任になった先生が「学校一怖い教師」と言われていた人で。当時の自分はかなりのおふざけタイプだったので「ちゃんとしないとヤバいぞ」と思いました(笑)。

ただ、先生は学校一怖い教師ではあったものの、行事や勉強など何事にも全力投球だったんです。その姿に感化され、自分も先生のように「情熱を燃やすように生きたい」と考え、受験勉強にも真剣に向き合い始めました。

ー担任の先生との出会いで生きる指針を得たんですね。受験を経て進学したのが農業高校の食品コースですが、どのような背景で進路選択されたのでしょう?

調理師になりたいと思ったことがきっかけです。

受験期に自分が作ったチャーハンを友達が食べて「美味しい!」と言ってもらえたことが本当に嬉しくて。体に電流が走ったような感覚になって、食品コースへの進学を決めました。

振り返ってみると、この進路選択が初めて自分の心に従った選択だったように思います。

進路選択を迫られて気づいた「夢は行動しなければ叶わない」

ー調理師を目指していたんですね!

はい。ただ、勉強するうちに食品化学にすごく関心を持って、調理師の夢からは自然と離れていきましたね。食品化学と母の病気が自分のなかでリンクして、命や健康は食から作られることを実感しました。

また、高校3年生のときに食料問題について学んで、そもそも世界では食べることができずに亡くなってしまう人がたくさんいることに気がついたんです。そのときに「世界中の人をお腹いっぱいにしたい」という夢を抱きました。

ー大学も農学部に進まれたということで、大学で学びながら夢を叶えるためにどのようなことをしていたのでしょうか?

実は大学3年生まで何もアクションを起こせていなかったんです。しかし大学卒業後の進路を考えたときに、高校3年生のときの夢を思い出して……。

自分は外の世界に足を運ばなければいけないと思い、鹿児島県にある宝島という人口約130人の離島に1ヵ月間行きました。

ーなぜ宝島を選んだのですか?

「世界中の人をお腹いっぱいにしたい」という夢は自分のなかでは、貧しい地域や困っている地域にフォーカスしたものだったんです。発展途上国支援や国際協力に関心があったので、本当は海外に行ってみたかったのですが、何せお金がない。

日本国内でも今の自分から離れた場所なら、夢に向かうヒントが得られるのではないかと考えて離島を選びました。

ーなるほど! 1ヵ月の離島生活を経て、何かヒントは得られましたか?

大自然に囲まれた生活のなかで、モノに代えられない心の豊かさを実感しました。自分と同じく国際協力を目指す友人と出会うきっかけとなったのも、大きな出来事です。

ーたしかに、普段暮らしているとモノがあるのが当たり前という価値観になってしまいがちですよね。国際協力を目指すご友人との出会いから影響を受けたことは何かありますか?

国際協力を目指す同世代と会うなかでやはり海外に行かないといけないと考え、22歳のときに実際にアフリカのシエラレオネに渡航しました。

シエラレオネは「世界で最も命が短い国」と呼ばれているんですね。シエラレオネをこの目で見ることで貧困についてより深く知ることができるのではと考えて、ぜひ訪れてみたいと思ったんです。

ー実際に行ってみて感じたことはありますか?

「映画の世界に来ちゃった」と感じました。日本で見てきた光景とはまるで違っていて最初は驚いていたのですが、シエラレオネにはシエラレオネの生活があるということを実感しましたね。