今回は、株式会社すたてらを創業し、心理カウンセラーとカウンセリングを受けたい人のマッチングサイトを運営する小槻珠愛さんをお招きしました。
これまでのキャリアの歩みと起業の経緯について伺います。
セラピストの多様な個性を引き出す経営スタイル
–会社紹介をお願いします。
当社では、主に2つのことに取り組んでいます。1つ目は、心理カウンセラーと自己向上のためにカウンセリングを受けたい人のマッチングサイト運営。多様なセラピストが所属していることに加え、オンラインマッチングによっていつでも、どこでも利用が可能です。
また、他のサービスに比べると比較的安価な金額からご利用いただけます。カウンセリング自体がポピュラーではない日本において、カウンセリングにお金を使おうという意思決定をしていただくことは簡単ではありません。1000円あればランチが食べられる。3000円あればマッサージを受けられる。5000円あれば美容室に行ける。そんな今の日本においてカウンセリングという選択肢を身近に感じていただけるように、安価な価格で提供できる方法を考えました。
2つ目は、カウンセラーのトレーニングセンター運営。当社には経験が浅いセラピストや心理大学院生も登録しています。それが比較的安価な価格で提供できている理由のひとつですが、だからといってクオリティに妥協していいということではありません。300人の応募から高い採用基準をクリアした50人に参画いただき、定期的にトレーニングの機会、カウンセラー同士がサポートしあう機会を提供しています。
▼TeleMe(テレミー)
https://teleme.help/
▼株式会社すたてら
https://statera.jp
–事業を通して実現したいことを教えてください。
「メンタルヘルスをかっこいいものにしたい」「暗闇で一人孤独に悩む人を減らしたい」と常に考えています。
日本では「我慢が美徳」という風潮があり、人に相談したり弱音を吐いたりすることができず、苦しんでいる人を見かけます。もやもやする気持ちや不安を抱えすぎて、心身に不調が生じているケースもあります。
この場合に必要なのは、適切な知識と対処。そして、外部の何かに依存するのではなく、自力で乗り越えること。自分なりの対処法を身につけることができれば、その後の予防にも繋がります。
–会社経営、事業運営を行う上でこだわりを持っている部分はありますか。
私にとってはクライアントとセラピストが両方大切なステークホルダーであり、クライアントに直接価値を提供しているセラピストに対して特に意識を配っています。
現在50人のセラピストに加わっていただいていますが、さまざまなバッググラウンドを持つ方々です。知識量が多いベテランの方、精神的に敏感で過去悩んだことがある若い方、LGBTQの方など…。多様なクライアントのニーズに応えられるようにするために、多様なセラピストの方々にご協力いただいています。
知識や経験は大切ですが、クライアントもセラピストも「人」です。機械ではありません。相性やモチベーションがあります。自分が過去に悩んだこと、関心が高い話題に対してはモチベーションが湧き、行動や意志が生まれます。(セラピストが)臨場感や当事者意識を持って真剣に向き合う姿はクライアントに伝わり、それが心を開くきっかけになったり打ち明けて話す際の安心感に繋がるんです。
そのためセラピストの方々には、「自分の良いところ、特徴、独自性、経験を存分に活かしてほしい」と伝えています。
–やりがいを感じる瞬間はありますか。
私自身がクライアントの話を直接聞く場面はありませんが、やる気に溢れたセラピストの姿をみていると(自分も)パワーが湧いてきます。
子育てのために仕事から離れていたセラピストの方から「久しぶりにクライアントと接する機会を得られて生きがいを感じている」という声を頂いたり、実践やトレーニングの機会を求めていたセラピストからも感謝の声を頂いたりしていて、「この事業を立ち上げてよかった」と感じてます。
多くの臨床経験を通して得た気づきと決意
–学生時代はどのような性格でしたか。
当時は中高一貫形式の女子校に通う、本好きな学生でした。
日本では机に座り、クラスメイト全員と同じペースで、じっとして勉強することが当たり前ですよね。ただ、私はそれが合わないと感じ、「自分だからこそ発揮できることとは何か」「それをどうやって伸ばせるか」と考えていました。
中学生の頃、親と出かけた際に利用した地下鉄で見かけたカナダ大使館主催のイベントポスターが転機になりました。そのイベントに訪れてみるととてもおもしろくて、興味が湧きました。
その後、これまでは修学旅行先で一人で眠るだけでも不安に感じていたような当時の私がカナダへの短期留学を決意します。
–カナダでの生活はいかがでしたか。
実際に訪れて生活してみると、日本と比べてより肌に合う感じがしました。
そのまま現地で受験をすれば推薦状を書いてもらえるということになり、「日本に戻るのも手間だ」と思ったので現地で勝手に受験。合格を頂き、現地の高校に通える資格を手に入れました。
海外の学校に進むと言うと、(日本で通っていた学校の)先生からは大反対を受けました。今から海外の進学校に行っても現地の子たちに勝てない、と。それを聞いて、むしろ決心が固まりました。
–カナダでの高校生活について教えてください。
現地で通い始めた学校は、「ギフテッド」と呼ばれる独自の才能を持った学生を世界からスカウトしてくるような学校でした。
同級生は天才ばかり。年上の学年の授業を先取りしているような子も珍しくない環境で、「こういう人たちが世界を回していくんだ」と初めて感じました。
当初は必死に勉強していましたが、「自分の強みを磨こう」と決め、これまで意識し続けていた進学校へ進むこと以外の進路も選択肢として考え始めます。
–高校卒業後の進路はどのように考えていましたか。
選択肢として「ハワイ」がありました。高校在学中の旅行で訪れていて、ハワイであれば日本語と英語を話せることを強みとして発揮できるところに着目しました。
「得意じゃないところを頑張っても楽しくない。人にない独自性を伸ばす決断をした方が、きっと将来の自分も(今の自分の決断に)感謝するだろう」と考え、ハワイ大学への進学を決めました。進学後は、経済学部と心理学部で消費者心理を学びました。
–カウンセリングの必要性に気づいたのはいつ頃ですか。
はじめは私自身の経験から必要性に気づきました。高校に通っていた頃に鬱っぽくなった時期があったんです。当時の私はそれを人に話しちゃいけないと思っていました。病院に行くなんて選択肢はなく、先生に相談したり保健室に行ったりすることすらも怖くて。
それに対して、同い年の海外の友人たちは普通にカウンセリングに通っていると話していて、もはやライフスタイルの一部になっていました。
–大半の日本人、日本で過ごした時間が長い人からみると驚きますね。
そうなんです。私も日本を出るまでは自分の話をするのが苦手でした。長女という立場もあり、子供の頃から「(兄弟のために)我慢することが偉い」とも思っていました。学校でも家でもいろいろなことがあり、そのたびに心や感情が刺激され、お風呂で「明日はいい日になるように…」と必死に願ったり布団の中で泣いたりすることも多かったです。
海外で生活を送り、海外の友人たちの感覚に触れていくうちに、「いつまでも我慢が偉いと思って生きたくない」「自分に正直になりたい」という気持ちが湧いてきて、初めてカウンセリングに行きました。
–初めてカウンセリングを受けてみていかがでしたか。
秘密を守ってくれるセラピストに対して徐々に自分のことを話せるようになり、やがて涙が溢れました。今まで一度も言葉にしたことがなかった過去のトラウマや気持ちを話した後には今まで一人で押し殺し、抱えていたことが馬鹿馬鹿しく感じたと同時に「一人じゃないんだ」と思えて嬉しくなったのを覚えています。
一度第三者に話してみると気持ちが軽くなり、以前と比べて人に自分のことを話せるようになっていきました。自分から話してみると友人が共感してくれる場面が度々あり、「意外と自分以外の人も同じような悩みを抱えているんだな」と気づき、ホッとしました。
「きっと私みたいな人が日本にはまだいっぱいいるんだ」と思った時、日本でもカウンセリングを広めたいという気持ちが湧いてきて、まずは自分がカウンセラーになるために勉強を始めようと決意します。
–大学院修士課程を取得する過程で得た学び、気づきはありましたか。
ハワイ大学を卒業後、ロサンゼルスの大学院に通い、臨床心理学の大学院修士課程を取得しました。心理学の知識や自分自身のビジョンを深めようと考えたのが、大学院進学の経緯です。
アメリカの臨床心理士の免許は3000時間の臨床経験が必須で、さまざまなクライアントの話を聞き続けています。性転換の決断に悩む20代の若者、みんなとお弁当が食べられない小学生、牢屋を出たばっかりの怒りっぽい方、家族から長年の性被害からやっと解放された女の子などなど…。一人ひとりとの出会いが興味深く、それぞれのケースから学べることがたくさんありました。
また、よく調べていくと、日本人が人に悩みを打ち明けづらいのには理由があるということにも気づきました。
アメリカは個人社会であり、自己責任がつきまといます。自分の体調は自分で管理しないといけないというプレッシャーのもとで暮らしています。自己管理しなければいけないことの中に、自身の価値観を明確にしたりメンタル状態を良く保ったりすることが含まれます。とはいえ自分だけでは価値観を言語化できない…一人で抱えきれない悩みがあって…となった時、秘密を守ってくれるカウンセラーに話すという選択肢が当たり前にあるわけです。
一方、日本は集団社会。小学校時代から制服や校則が決まってますよね。誰もそこからはみ出ないようにしています。大人であれば会社、子どもでも家や学校があり、その集団の中で規律を乱さずに過ごすことを求められます。自分自身の話をすることや自分自身を高めることは「自分勝手な行為」とみられるのではないか…という恐れが生まれます。その結果、今や「孤独」「孤立」「メンタル不調」などが社会問題として取り上げられるほどになってしまっています。
「カウンセリング」のイメージを払拭し、変えたい
–今後の展望を教えてください。
2023年に大学院修士課程を取得後、日本で創業し、現在の事業を立ち上げました。
コロナ禍を経て、日本もまた個人社会に近づいています。自分自身で自らをケアすることが大事になり、メンタルヘルスケアの重要性は次第に高まっていくと考えられます。
まずは、当社の事業を通して「カウンセリングとは、病んでる人が使うもの」というイメージを払拭し、むしろ「カウンセリングを通して自己管理ができている人は素晴らしい」「カウンセリングに行っている人はイキイキしていてかっこいい」というイメージを作っていきたいと考えています。アメリカでカウンセリングが一般的に馴染んでいるのは、こうしたイメージが定着していることでカウンセリングを利用しやすい空気があることが大きいんです。
イメージ転換を進め、カウンセリングという手段がより身近になることで、これまで一人で悩みを抱えていた人を助けられたり(昔の私のように)「我慢が美徳」とされる雰囲気に馴染めず苦しんでいる人を救うことができたりすると嬉しいなと思っています。
最終的には依存症センター、DVシェルター、子供セラピーなど幅広い機能や役割を担い、さまざまな問題・ニーズに対応できる会社に成長させていきたいです。
取材・執筆=山崎 貴大