「いい感じの社会をつくる」を社是に!発達障害の人が生きやすい世の中へ。Gftd Japan河﨑純真


様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第278回目となる今回は、Gftd Japan株式会社 創業者の河﨑純真さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

Gftd Japan株式会社の社是は「いい感じの社会をつくる」。その社是に辿り着くまでの考えや経験、河﨑さんの半生について詳しくお伺いしました(※取材日:2021年1月22)。

「百見は一体験にしかず」16歳で世界を旅する

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

Gftd Japan株式会社で発達障害の方に、プログラミング、デザイン、ブロックチェーンを教える福祉施設を運営しています。また、COMMONS OSのシステムの構築をしています。

※COMMONS OS…それぞれの価値観で集合した集まり同士で社会システムを作れるようにするため、ブロックチェーンを使った社会の形成に必要な要素をパッケージングしたもの

Gftd Japan株式会社は発達障害がある方の育成に特化していて、障害を持っている方は無料でスクールの授業を受けることができます。

ーいくつか会社を経営されてさらにご家庭も大事にされているそうですね。そんな河﨑さん自身の子供の時のエピソードをお伺いできますか?

印象に残っている最初のエピソードは、母の運転している車で轢かれてしまい、半年くらい入院してしまったことです。私の母は発達障害(アスペルガーとADHD)なのですが、当時はまだ発達障害だということがわかっていなくて……。わかっていたら防ぎようはあったかもしれないと、今は思いますね。

母が発達障害(アスペルガーとADHD)の診断を受けたのは、僕が10歳の時でした。診断を受けるまでは「性格の問題」で片付けられていて生きにくかったと思うのですが、診断を受けてからは「できないことの理由」ができて生活がしやすそうでした。

ー家庭環境について教えていただけますか?

私の家族は両親と兄弟6人の大家族でした。母は人を信じやすい性格で借金があり、当時はあまり裕福な家庭ではありませんでした。母はご飯を作ることがあまりできず、学校にご飯を食べに行く状態でしたね。

ー今お話に上がった学校の部分でお聞きしたのですが、小学校2年生で不登校になったとありますが、経緯をお伺いできますか?

8、9歳の頃に不登校になりました。同級生との価値観の違いを同級生から指摘されたことなどが不登校になったきっかけです。

また「教育は子供の義務ではなく、子供に教育を受けさせることが親の義務」と教科書に書いているのを読んで、自分の義務ではないので通わなくてもいいんだ、と思ったことも不登校になった理由ですね。

ー不登校になったきっかけの価値観の違いとは具体的にはどういったものだったのでしょうか?

クリスチャンだったこともあり、根本的なところから同級生と考え方が違っていました。具体的には日本は中空均衡構造の思想ですが、西洋は理論構造を大事にする思想で。

日本は集団行動がメインですが、西洋は「個の力」がスタンダードで、必ずしも集団で行動する必要はなかったんです。幼い頃から家庭で自分の意見を尊重してもらえるような環境で育ってきました。

「個の意見を尊重する」ことは一見簡単なことにも見えますが、実際はほかにも必要なことがあります。それが自分の中の価値基準を持ち、他の人の意見を尊重する事です。個の尊重を間違って捉えてしまっている人が多くいて、自分の中の価値基準がないとただのわがままになってしまう可能性があります。

ー不登校からまた学校に通い始めた経緯をお伺いできますか?

学校の同級生から手紙をもらったことと、学校の先生がすごく心配してくれていたことがきっかけです。学校の授業で「なぜ河﨑くんは学校に来ないか?」と学級会を開いてくれて、みんなから手紙が届き、これ以上心配をかけるのは申し訳ない気持ちでまた学校に通いはじめました。

その後、中学校には進学しましたが、高校は進学せずに世界に飛び出しました。元々、高校は行かないで大検を取得すると決めていたので高校進学は考えていなかったですね。

高校は行かずに大検を取得すると決めていた理由は、私自信もADHDで高校3年間座って授業を受ける自信がなかったからです。また、周りに大検を受けている方も多くいたので、大検について話を聞いており、「本で勉強したら知識の会得はできる」と思っていたことも理由の1つですね。

ーお話の中でご自身もADHDだったとありましたが、いつADHDだったことに気付かれたのですか?

母の影響で家の中に発達障害関係の本がたくさんあり、発達障害関係の本を子供の頃から読んでいたのが気づいたきっかけです。10歳くらいの時に、自分がADHDだったことを自覚しました。

ー大検を16歳で取得したあと、バックパッカーとして世界各地を旅されていたそうですが、きっかけを教えていただけますか?

きっかけは、日本だけで生活をしていて海外に行ったことがなかったので、いろいろな世界を見たいと思ったことです。「世界は本当に広いのか?」「本当は世界中にクリスチャンがいるのか?」と疑問を持って世界各国に旅に出ることを決めました。

知識の中では世界に色々な国があることはわかりますが文字や地図上だけの存在であまり現実感がありませんでした。しかし実際に旅をして、各国が本当に存在していることを実感できました。

無数の価値観や生き方やスタンスを肌で感じて、視野を広めることができました。「百聞は一見にしかず」といいますが、私の中では「百見は一体験にしかず」だと思っています。

旅に出たと同時に家出をし、さらに生活資金を貯めるために仕事もしていました。家を出た理由はクリスチャンの一般的な考え方が軸になっています。クリスチャンの一般的な考えでは13歳で成人で、あまり長く家族に依存しないので、早く親元から自立したいというのが1番でした。

エンジニア・経営者として多数のスタートアップに関わる

ー当時の仕事やスタートアップの企業に入社したきっかけについて詳しくお伺いできますか?

最初の仕事はエンジニアでした。始めた理由はパソコンが好きだったことが1番ですね。

その後、17歳でスタートアップの企業に入社しました。当時、エンジニアと関係ないアルバイトも経験しましたが、色々な職種を経験する中でエンジニアが1番楽しく、これからの仕事にしてきたいと思っていました。エンジニアとして働ける企業を探していた時に出会ったのが最初に入社したスタートアップの企業でした。

実際入社してみて、働くのは楽しいと気付き、前向きに仕事ができるようになりましたね。

ーその後5社スタートアップを経験されているようなのですが、なぜ多くのスタートアップをしようと思ったのですか?

スタートアップはライフサイクルが早いのでスピード感があります。具体的にはメンバーの増えるスピードや会社が動くタイミングなどがとても早いですね。

運良く、立ち上げのタイミングから関わることができ、次の会社も0から立ち上げをしてとてもいい経験をできたと思っています。

ただ、今までの2社はいちエンジニアとして関わっていましたが、自分では経営陣として企業に関わっていきたいと思っていたので、3社目、4社目は経営陣として企業の立ち上げを経験しました。

ーここまで、社員の増員や経営などでスタートアップに関わってきたとのことですが、どんなスキルが身についたかやスタートアップでよかったと思った点をお伺いできますか?

0から1を経験できたことがとてもよかったと思っています。スタートアップは0からのスタートなので、自分がやりたいと思ったことが作れることがとてもいい経験だったと思いました。

すでに出来上がっている企業や上場している企業だと、会社全体を10を100にすることやもっと大きな会社だと1000を1001を目指すような世界なので0から1にすることははスタートアップじゃないと身に付かないことだと思います。

自分で起業したいと考えている方も、他企業でスタートアップをすることはいい経験になるのではないかと思います。

ー河﨑さんが「もうスタートアップはしない」と言われていたそうですが、決断された理由はなんだったのでしょうか?

スタートアップとは短期間で勢いよく成長するのをスタンスにします。急激に成長するために事業は結構大変で、今までたくさん経験もしたので十分だと思ったことが理由ですね。

スタートアップは急激に成長するために事業で短期間でできることはとても限られています。私は今、宗教や発達障害など社会問題に取り組みたいと考えていて、長期の事業が必要だと思いました。

短期間のスタートアップを経験したからこそ、長いスパンで物事をする事業に興味関心を持ちましたね。

ー社会問題に取り組みたいと考えた始めたのはいつ頃からですか?

宗教についてはずっと考えていましたし、発達障害者支援についても前々から考えていました。自分が10代の時に生きにくいと感じていたので、答えを自分の中で求めていきました。

スタートアップや障害者支援を始めたきっかけも自分の生きにくかった過去を投影している部分が大きいです。また自分が生きにくかったからこそ、事業展開に生かせる部分がたくさんありました。

「いい感じの社会をつくる」を目指す理由

ーGftd Japanの社是がなぜ「いい感じの社会をつくる」にしたのかの経緯を聞かせてください。

元々は違う社是だったんです。本格に事業を始めたのが4年前で当時は「偏りが活かせる社会を創る」といった社是でした。当時は各々が偏りを活かしすぎて社員みんなが向いてるところが違ってしまってまとまりがなくなってしまいました。

試行錯誤する中で「そもそも、偏りを活かすのがよいべきか?発達障害の人がどうしたら生きやすい世の中になるのか?」とさらに深く考えました。「そもそも偏りを活かすことではなく、一人一人が満足できる人生をできればいいのではいいのではないか?」という結論にたどり着き、結果「いい感じになればいいのではないか」の答えがでましたね。

私は日本人は「いい感じ教」だと思っているんです。「日本人は何を信じているのか?」が幼い時からの疑問でした。例えばクリスチャンは聖書を信じていたりとそれぞれ信じるものが明確にあります。しかし、ほかの宗教からみると日本は信じてるものが不明確なんです。

20年近くかけてたどり着いたのは、日本人は「いい感じ」を信仰しているのだな、というところでした。日本人は論理ではなく感性や感覚を信じていて、社会全体として場の雰囲気が尊重されているのだなと感じました。

発達障害の子たちは論理で考える子たちが多いので、場の雰囲気を大切にする社会と相反しているところが生きにくいと感じるポイントだと感じています。発達障害の子のために、わかりやすいように言語化・論理化したものが「いい感じ」でした。

そのため、Gftd Japanの社是は「いい感じの社会をつくる」になりました。

ー河﨑さんの今後の展望をお伺いできますか?

まず1つはGftd Japanを2025年までに上場させるのが目標ですね。また、子供が生まれたばかりなので、子供がすくすく育っていくように願っております。

ー短い時間で濃いお話をありがとうございました。河﨑さんの今後のご活躍を楽しみにしています!

取材者:中原瑞彩
執筆者:ゆず(Twitter
デザイナー:高橋りえ(Twitter