クライアントと共に理想の生き方を考え、自己実現をサポート|灯火代表・飯島佑介

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第756回目となる今回は、株式会社灯火代表の飯島 佑介(いいじま・ゆうすけ)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

プロキャリアコーチとしても活躍している飯島さん。全校生徒の前で漫才を披露した中学生から様々なことに挑戦した大学生活を経て、社会人でコーチングに出会います。これまでの学生時代のこと、コーチングとの出会い、今後の展望などを伺いました。

文化祭のオープニングセレモニーで漫才を披露

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

プロコーチと転職支援をしている株式会社灯火代表の飯島 佑介(いいじま・ゆうすけ)と申します。灯火は2021年4月に設立し、コーチング事業と転職支援事業を展開しています。

僕の行っているコーチングは個人のお客様のキャリアの悩みをお聞きし、お客様の自己実現をサポートすることです。今後は法人にも展開していく予定です。転職支援はキャリアチェンジを考えている方に求人を紹介したり、面接対策をしたりしています。

ー飯島さんが仕事をする中で大事にしていることはありますか。

僕の会社では「仕事を通して自己実現する人を増やす」をビジョンにしています。だからこそ、自分が誰よりも自分のありたい姿と向き合い、自己実現することを大事にしています。

コーチングでは未来にフォーカスした認知科学コーチングを提供しており、課題を抱える人や向上心が高く叶えたい未来がある人におすすめです。

転職サポートでは「圧倒的寄り添いエージェント」を掲げて、理想的なキャリアを実現するサポートができるよう意識しています。僕のお客様はこれまでにリクルートや楽天、サイバーエージェントなどに転職しています。

ー15歳のとき、全校生徒の前でコントを披露されたとあります。コントを披露することになった経緯や中学校生活について伺えますか。

僕が覚えている限り、物心がついてから最初の成功体験だと思います。中学校の部活を引退して高校受験に入る前に文化祭がありました。

文化祭の実行委員長からおもしろいことをしたいと相談を受け、オープニングセレモニーで僕と友達はお笑いトリオ「我が家」のネタを完全コピーして約5分のネタを披露しました。

披露したネタが想像以上にウケて、僕たち3人で全校生徒約500人を笑いに変えられたことがとても嬉しかったのを覚えています。

ー人によっては舞台に立つと話せなくなる人や緊張しすぎてしまう人がいますが、飯島さんはモチベーションに変えられるタイプでしたか。

正直、とても緊張しました。漫才という慣れないことをするので、スベって文化祭の雰囲気を壊してしまったらどうしようと思い、たくさん練習しました。

僕たちを応援してくれた先生からは「楽しんでもらおうとするのではなくて、あなたたちが1番楽しいコントを当日できるように意識してワクワクしながらやったらそれが伝わる」と言われて。それで気持ちが一気に楽になりました。

ー漫才をするにあたって、本番までに意識したことはありましたか。

普段のやりとりを緊張せずに引き出すことを意識しました。最初は我が家になろうとセリフを覚えただけで棒読みでしたが、先生のフィードバックを受けながら更埴西中学校バージョンにしました。

面白いことが言えずに悩んだ高校生

ー18歳で悩んだ時期を経験されていますね。具体的に伺ってもいいですか。

大前提として、僕は自分で人生を楽しんでいる自信があります。高校生のときも高校生活は非常に楽しかったです。

ただ、僕がキャプテンをしていたサッカー部のメンバーは笑いを取るのが上手な人が多く、同じように上手く返せない自分に悩んでいました。当時は自宅に帰ってから「今日のあの振りにはなんて答えればよかったんだろう」と考えていましたね。

挙句の果てにはくりぃむしちゅーの上田晋也や明石家さんま、島田紳助などの動画を見て、どう返したらいいのかをノートにまとめて研究していました。

ー抱えていた悩みをどのように解決しましたか。

悩みを克服するきっかけになったのは、大学に入って始めたダンスでした。ショーケースに出てダンスを披露したときに、1年生で下手なのに学部の友達が「佑介、めっちゃかっこよかった」と言ってくれたことで自信がつきました。

「俺は面白いことは言えなくてもダンスが踊れればいい」と思うようになってから、人のボケに対してツッコミをしたり、積極的にボケたりすることができるようになりました。

ーダンスについて出てきましたが、大学生活についてお聞きする前に大学受験について伺ってもいいですか。

僕は英語が好きで海外に行きたいという夢があったので、留学制度が充実していて教員免許が取れる国公立大学への進学を視野に受験勉強をしていました。ただ、当時の僕はまったく勉強していませんでした。

今ここで勉強したところで俺の人生は変わらない、なんとかなるでしょ、と思っていたからです。

ー勉強しないまま望んだセンター試験の結果はいかがでしたか?

本番ではセンター試験の国語で今まで模試で取っていた点数の半分しか取れませんでした。文系なのに国語が200点満点中88点だったのです。現役での大学進学を諦め、浪人を考え始めていたころに担任から「現役にこだわらないやつは1年後もがんばれない」と言われました。

二次試験が英語のみで逆転可能な大学を探して、静岡県立大学を受験し、同大学の国際関係学部に現役合格しました。