明日死ぬ覚悟で人生を生きる。inxR代表・小磯純奈流やりたいことの見つけ方

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第586回目となる今回は小磯 純奈(こいそ すみな)さんをゲストにお迎えしました。

貯金0、スキル0、コネクション0の状態からフリーランスデザイナーへ転身した小磯さん。現在は株式会社inxRを設立し、XR業界に特化した業務改善や採用のプラットフォームを運営しています。

そんな小磯さんに、無職の状態からデザイナーの職を得た経緯ややりたいことを見つける秘訣、今後のビジョンなどを語っていただきました。

バングラデシュと出会い、移住を目標に掲げる

ーまずは自己紹介をお願いします。

XR(クロスリアリティ)業界に特化した採用のプラットフォーム『Match XRs』を運営する、株式会社inxRの代表・小磯 純奈(こいそ すみな)と申します。XRとは、VRやAR、メタバースなど現実世界と仮想世界を融合する技術です。

会社を立ち上げる前は、フリーランスのデザイナーとして活動していました。

現在、inxRではエンジニアやデザイナーなどXR業界で働きたい求職者と、採用したいXR業界の企業を繋ぐサービスを運営しています。

ーなぜXR業界に特化した採用プラットフォームを立ち上げようと思ったのでしょうか?

もともとinxRは採用プラットフォームではなく、受託でARやバーチャルキャラクターなどを作る会社でした。当時、同業他社の友人や知人からは「XR業界に興味があるエンジニアやデザイナーを採用したいけど、なかなか見つからない……」という悩みをよく聞いていました。

一方で自身の周りのエンジニアやクリエイターからは、「XR業界が気になっているけど、どうやって求人を探せばいいのかわからない」という話を聞いていたので、両者を繋ぐサービスの需要の高さを感じ、採用のプラットフォームの運営を始めたのです。

ー小磯さんはデザイナーとしてのキャリアが長いですが、学生時代からデザインを仕事にしたいと思っていたのでしょうか?

いえ、学生時代は「世界を見て回りたいな」と漠然と思っていました。それで、高校3年生のときに留学に行こうと思っていたのです。

しかし、当時通っていた高校では「留学希望者は文系クラスから募る」という決まりがあったため、理数系クラスに在籍していた私は希望を出せず、悔しい思いをしました。

ーでは大学時代は留学に行ったのでしょうか?

19歳のときにバングラデシュに短期留学しました。

その際、1人ひとつ研究テーマを決めて渡航しなければならなかったので、私は「経済」を選びます。調べるうちに、当時日本のGDPの成長率が0.2%だった一方、バングラデシュは6.3%と高いことが判明。研究すればするほど「バングラデシュの活気を肌で感じたい」と思うようになったのです。

この留学で、高校生の頃からの念願がようやく叶いました。

ー実際にバングラデシュに行ってみてどうでしたか?

「明治維新のときの日本ってこんな感じなのかな」と思いました。街にいるみなさんがエネルギッシュで、バングラデシュという国そのものが活気で溢れていたのです。

初めての海外滞在だったので緊張していましたが、現地の方々があたたかく迎え入れてくれたので、心が和らぎましたね。このときからバングラデシュの魅力に取り憑かれ、「いつか私もバングラデシュに住み、商売したい」と思うようになりました。

新卒でコンサル会社に入社し、夢を追いかける

ーバングラデシュに住む夢を叶えるため、何か取り組んだことはありますか?

バングラデシュに住むためには仕事を探さなければいけないと思い、現地で何か商売ができないか考えるようになります。そのためにもさまざまな業種やスキルを持つ人と仕事がしたいと思い、新卒で中小企業向けの経営コンサルティングファームに入社し、営業として働きはじめました。

退職するまでの2年半の間で学んだ仕事のやり方やお客さまに対する姿勢は、今も自分の中で生きています。

バングラデシュでは、19歳で初めて訪れたときから日焼け止めの事業を始めたいと思っていました。日本にいる間もバングラデシュの関係者に会ってアドバイスをいただき、社会人3年目のタイミングで再度バングラデシュを訪れます。自分の考えた事業がバングラデシュで通用するのか、現地の方にプレゼンしに行ったのです。

ー着実にバングラデシュへ移住する計画が進んでいたのですね。

しかし、結局バングラデシュでの商売は諦めてしまいました。

そのとき、近しい関係だった人に事業計画を相談する中で、「バングラデシュでの商売は難しいのではないか」「中国の方が伸びる」とアドバイスをいただいて。「経験豊富な方がそういうのだから、きっと私が考えた事業はうまくいかないんだろう」とバングラデシュでの事業を一旦延期し、中国で経験を積むことにしたのです。

しかし、いざ中国に来たもののなかなか成果をだせず、気付いたら貯金もゼロに。自分の考えに自信が持てず他人任せにしてしまったことで、後悔する結果になってしまったのです。