自由を追い求めたプロ無職・るってぃが考える、自由でいることの不自由さ

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第300回目のゲストはプロ無職として活動中のるってぃさんです。小さい頃からやりたいことがなかったからプロ無職になったというるってぃさん。プロ無職になるまでと、自由になったはずが、不自由を感じることになったという葛藤についてお話いただきました。

 

やりたいことがなかった小学〜高校生活

ーまずは簡単に自己紹介をお願いできますか。

プロ無職として活動しています、るってぃです。普段は石川県金沢市を拠点に活動していますが、現在はアーティスト・イン・レジデンスというプログラムのため、京都に滞在しています。

ープロ無職とのことですが、具体的にはどういうことなのでしょうか。

初めはブログやYouTubeなどで発信活動をしていたのですが、そこからスポンサーがつくようになり、プロ無職となりました。プロ無職を目指していたというよりかは、やりたいことがなかったから無職を極めてみようと思いプロ無職になった感じです。

ーやりたいことがなかったのはいつ頃からですか。

小さい頃から特に将来の夢がなかったんです。強いていうならスターウォーズにハマって映画監督という仕事に興味を持っていたくらいでしたね。小学校・中学校ととにかく楽しかった記憶しかなく、今にも通ずることといえばずっと自由を追い求めていたことだと思います。

ー特にやりたいことがなかった中、どのように進路を選ばれたのでしょうか。

高校は隣町の公立高校の普通科に進学しました。小学校・中学校とずっと同じメンバーだったこともあり、友人関係を一新したかったことと、その隣町が全国の市町村幸福度ランキングで上位の街でずっと行ってみたいと思ってたことが理由でした。高校卒業後の進路も、特にやりたいことがなかったので地元から出たいということと、就職が有利そうという理由だけで関西大学の商学部に進学を決めました。

 

初めて熱中できたものがダンスだった

ー大学生活はいかがでしたか。

高校からモテそうと思い始めたブレイクダンスに捧げた大学生活でした。サークルといえばチャラいイメージが強かったのですが、所属したダンススクールは毎年全国大会に出場するようなダンサーがいるサークルで、週7日、毎日ひたすらダンスをする生活を送っていました。それまで何かに熱中することがほとんどなかったので、とても充実した日々でしたね。

それでも大学3年になると周りの友人たちが急に就活をはじめたのでどうしようという気持ちになりました。ダンスで食べていくことは難しいとわかっていたのですが他にやりたいことなどがなかったので、1年大学を休学してニューヨークに7ヶ月間留学することに。初めての海外生活で多様性に触れることができ、良い意味でも悪い意味でもヤバイ人たちに出会えたことは自分にとって大きな転機となりました。

ー帰国後、就活はどうされたのでしょうか。

3年後に辞めるのを前提に、当時興味のあったファッション・メディア・旅行の3つの業界に絞って就職しました。とりあえず大手企業で時間稼ぎをしながらやりたいことを見つけようと考えたんです。就活は2ヶ月程で終わらせ、アパレル系の会社に就職しました。

 

ブログをきっかけにプロ無職の道へ

ー3年、続いたのですか。

いいえ(笑)入社して3ヶ月で、3年働くのは不可能だと感じ、結局10ヶ月で退職しました。会社が合わなかったとか、人間関係がしんどかったとかではなく、単純に会社員というものが自分に合わなかったんですよね。入社半年程が経った頃から、当時まだ流行る前だったAirbnbに特化したブログをつくり、情報発信を始めました。すると2ヶ月程でブログの読者の方がご飯を奢ってくれたり、家をくださったりしたんです。

ー家ですか?!

そうなんです。その家に住み始めて家賃がゼロになったことで、稼がなくても固定費がなくなれば生きていけるなということに気がつきました。また、ブログ読者の方から、最悪うちで雇ってあげるよとのお言葉もいただき、会社を退職しようと決めました。

プロ無職と名乗り出したは退職後からです。Airbnbのブログは一区切りついたので、働き方をテーマにした別のブログをはじめ、様々な土地に出向いて現地の人にインタビューすることに。クラウドファンディングで資金を集め、シリコンバレーに行くなど3年くらい活動をしていったところ、SNSのフォロワーが増え、スポンサーがつくようになり、正式なプロ無職となることができました。

 

自由と矛盾についてプロ無職として考え続ける

ーるってぃさんがプロ無職で居続ける理由は何ですか。

自由に憧れてプロ無職を目指していましたが、プロ無職が実現した瞬間からモヤモヤし始めました。時間・お金・健康の全てにおいて自由を手に入れることができたと思ったんですが、逆に不自由さを感じるようになったんです。というのも、プロ無職を名乗ったからにはこの肩書きを背負って生きていかないといけないのだという感覚に陥り…

そんなことを考えていた時に画家である友人の個展に行ったのですが、彼の作品や彼の生き方がとても自由に見えて、アートを始めてみることにしました。それまでは言葉を使って発信をしてきましたが、言葉を使わない表現方法にチャレンジしてみることにしたんです。話すことが好きなのでついつい言葉に頼りがちですが、最近はあえて口に出さず、自分の思いを作品に隠すことを意識しています。

ー今後もプロ無職として活動は続けられる予定ですか。

そうですね。自分でもびっくりするくらい、アートにはまっているのでもう少しアートの世界でやっていきたいなと思っていますが、これまでの発信活動も継続してやっていくつもりです。

自由と不自由を行き来する葛藤を日々考える中で、生きるって辛いことだなと思うこともあります。好きなことをやっていても苦しいことももちろんあります。でもだからこそ興奮もするんです。「好きなことで生きていけなくても、嫌いなことで生きていかない」ことだけは大事に、今後もプロ無職としてやっていけたらいいなと思っています。

取材者:あおき くみこ(Twitter/note
執筆者:松本佳恋(ブログ/Twitter
デザイナー:五十嵐 有沙 (Twitter