逃げることは悪くない!小澤航也が伝える「流れに逆らう生き方」とは?

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第575回目となる今回は、esportsキャスターの小澤航也さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

高校生のときesportsに出会い、選手として活躍したのちに現在はesportsキャスターとして活動している小澤さん。自分の人生を自分で選択することの大切さを語っていただきました。

好きなものにとことんのめり込んだ学生時代

ーまずは自己紹介をお願いいたします。

esportsキャスターをやっています、小澤航也(おざわこうや)と申します。esportsというのはコンピュータゲームをつかったスポーツ競技のことです。「ゲームが仕事」というと日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、中国では国が認める職業に入っているんですよ。僕はそのキャスターをしています。

ー中学生の時にesportsの存在を知ったという小澤さんですが、何がきっかけでesportsに出会ったのでしょうか?

僕の世代では小、中学生からスマホを持ち始めていたのですが、僕は高校になるまで持っていませんでした。まわりがスマホを触っていた時に、僕は父からゆずり受けたパソコンでいろんなゲームをしていましたね(笑)。

そのなかで『サドンアタック』というesportsの先駆けとなるゲームに出会い、「うまくなりたいな」と思ってネットやYouTubeなどで調べたのです。そしたらプロゲーマーの動画にたどりついて、プロゲーマーって何なんだろうと興味を持ち、esportsを知りましたね。

ーパソコンを始めたころから、すぐにゲームにのめり込んでいったのですか?

そうですね。どちらかと言うとみんなでわいわいするよりも、一人で熱中することが多い子でした。それに加えてゲームがそこそこ好きだったのもあって、パソコンゲームにすぐはまっていきました(笑)。

中学生の時は水泳の部活が終わって、家に帰ったらゲームをしていたので、1日7時間くらいはやっていましたね。

本格的にesportsに関わるようになったのは17歳の時です。

環境を変えるための大きな決断。やりたいことのために全力を尽くす

ー17歳から本格的にesportsに関わったということですが、何かきっかけがあったのでしょうか。

僕が17歳だった2018年は、ちょうど「esports元年」と言われた年でした。esportsのいわゆる甲子園的な存在である、「全国高校esports選手権」の第1回大会がその年の冬に始まりました。

その募集を見て「参加したいな」と思って、それまでは見ているだけだったんですけど、実際に選手として関わり出しました。

ー大会に参加するまでにはハードルはありましたか?

実は最初の第1回大会は参加を断念したんです。というのも、僕が参加しようと思っていた大会はチーム戦なので、同一高校から5人参加しなくてはなりませんでした。それに加えて、そもそも学校側から許可が降りなかったというのもあります。

ー本当の甲子園のように部活を作らないといけなかったんですね。当時、通っていらっしゃった高校には、esportsに似たような部活はなかったのですか?

パソコン関係の部活で言うと、それこそパソコン部しかありませんでした。その活動もソフトとかアプリを作るようなものが多く、競技的なものはほとんどありませんでした。それでもパソコン部を起点とした選抜メンバーを作ろうとしたんですけど、うまくはいかなかったです。

ー学校から大会参加の許可が下りなかったのには、なにか理由があるのでしょうか?

「eスポーツとは?」から始まって、「これだけ学校側は費用をかけなくて済みますよ」とか、逆に「僕たちが成功すると、こんなメリットがありますよ!」といったことを30枚書いた提案書を校長先生に出したんです。

説得がかなりいいところまで進んだのですが、その途中でタイミング悪く修学旅行期間に差し掛かってしまい話が流れてしまいました。

「これだけやったのだからできる」と思って自信満々だったのですが、断られたことで学校に対する信頼度が落ちてしまいました。

ーそこからどうやって復活したのでしょうか?

学校から「ダメ」と言われたのは11月でしたが、次の年の4月には転校しました。転校するまでの間は学校をサボってゲームに熱中していましたね。高校に通っていたときは1日7時間だったゲームの時間が、15時間まで伸びました(笑)。

転校先はN高等学校という通信制の高校です。それまで通信制の高校にあまり良いイメージを持っていなかったのですが、N高等学校はesports部を創設している柔軟な高校だと知って。それをN高等学校に通っていた知り合いから聞いていたので、N高等学校以外は選択肢にありませんでした。

ーすぐに環境を変えようと決断できた理由はなんでしょうか?また、そこに迷いはなかったのでしょうか。

すぐに決断できた理由は「esportsがやりたかった」のただ一点です。いろいろと自問自答した結果、全国高校esports選手権に参加しなければ、今後の人生で1番悔やむことになると思ったのです。それに加えて、大会参加に年齢制限があったのも後押ししましたね。

ーN高等学校に入って、大会には出場されたのですよね?

そうですね。esports部に入って、ぼくが3年生のときに春と秋の2大会に出場しました。春大会は2位までいって、実際に福岡の会場で開催されるオフラインの大会に参加しました。そのときに「あ〜自分が求めていたのはやっぱりこれだったんだな」という手応えを感じました。

ーいままで個人でやっていたesportsをチームでやったことの気づきは?

実はesports部には、部活とはいいつつもマネージャーや監督がいるわけでもなかったのです。それでも練習試合は組まなくてはならないし、練習メニューも考えなくてはならなかったので、ぼくがチーム全体のマネジメントをしていました。

そこではじめてチームマネジメントを経験したので、不安ながらよくやってたなと思います。それが今のセルフマネジメントに繋がっているなと。