運を掴むために、ひたすら努力。大学院生シンガーの木下珠子が考える、夢を叶える方法

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第971回目となる今回は、木下 珠子(キノシタ タマコ)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

大学院で歌唱の研究をしつつ、シンガーとしても活躍する木下さん。学生時代のエピソードや歌手活動を始めてからの取り組み、今後の目標などをお話していただきました。

進学校で自信を失い、歌で1番になろうと決める

ー簡単に自己紹介をお願いいたします。

木下珠子です。九州大学芸術工学部芸術工学専攻音響設計コースに通い、歌唱の研究をしながら歌手活動をしています。

ー子供の頃の、印象深いエピソードがあれば教えてください。

高校受験のころが1番思い出深いですね。中学2年生の頃、学年で中くらいの成績だったのが嫌で、親に頼み込んで塾へ通うことになって。だんだんとできることが増えて、勉強に没頭していきました。

志望校は、中学3年生の4月に見学で一目惚れした筑波大学附属高校に決めました。夏休みになって、先生から「志望校へ入った後の生活を想定して勉強するように」と言われて。もし入学したら朝型になるだろうなと想定して、受験期には朝の5時に起きて勉強漬けの日々を過ごしていました。

今振り返ると、自分の実力を客観視していなかったかもしれません。「もっとやらないと合格できない!」と、自分を追い込みすぎていたなと思っています。

もともと、目標を決めたら達成に向けて努力しないと気が済まない性格なんです。中学2年生の時は生徒会長に憧れて、実現に向けたロードマップを描いて、実際に生徒会長になったこともあります。

ー志望する高校には入れたのでしょうか?

入れました!ただ、私自身は限界まで努力して入学したにも関わらず、周りの同級生は余裕に見えることが多くて。中には、高校で学習する内容を中学時代に済ませている人もいて、私が今から頑張って追いつけるのかなと不安になりました。自分はまさに井の中の蛙だったんだと思い知らされましたね。

勉強では敵わなくても、他人に勝てる何かを見つけたいと思うようになって。歌にはもともと自信があったのですが、改めて聴くと高い実力ではなかったと感じ、1から鍛え直すために、高校1年生の秋にボーカルスクールへ入りました。

幼いころから歌が好きで、家族でカラオケに行ったり、周りに褒められたりするのがすごく嬉しかったんです。もともと小さい頃から歌手になりたいという思いはうっすらと抱えていたのですが、高校生にもなると人に言いづらい夢になりました。

ボーカルスクールでは、1時間のレッスンを月2回受けていました。まずは基礎の呼吸や発声などを学び、半年後からは作曲も始めました。当時は、勉強よりも歌の方がずっと楽しかった思い出があります。

大学に通いつつ、歌でお金を稼げるように

ー大学受験もされたのでしょうか?

はい。実は高校1年生の頃から、祖父が通っていた京都大学に入りたい気持ちがぼんやりとあって。ただ、当時はとても京大に見合った学力ではありませんでした。しかも、大学で学べることと、自分の理想の大学生活に乖離がありました。そこで、高校3年生の夏に改めて志望校を考えて、1から大学の情報を調べなおしていきました。

歌に没頭していたので、音楽につながる学びができる大学に進みたいと思っていて。歌手になる際に、物理学的なことを含めて音に関する知識が豊富な方が自分の強みになるのではと思い、九州大学芸術工学部音響設計学科を選びました。

音響設計学科では、音声学、音響学、信号処理や音楽史に至るまで、音に関することをあらゆる角度から学べます。そのような知識のあるシンガーは少ないと思うので、あの時大学について調べ直して良かったなと思います

ー大学入学後、さらに音楽へ力を入れていったのですよね。

大学1年生から、週2本ほど歌唱動画をYouTubeで発信し始めました。大学3年生になるころには100本以上動画を投稿していたと思います。継続的かつ精力的な活動こそ、信頼を勝ち取り、お仕事の依頼につながると考えました。

努力の甲斐あって、DEEMO THE MOVIE 歌姫オーディションのファイナリストに選ばれたことをきっかけに、20歳の頃、音楽ゲームDEEMOⅡの楽曲《Pray for the rain – 雨に祈りを》のボーカルを務めさせていただきました。世に自分の名前が出る作品は初めてでとても嬉しかったですね。

チャンスは、オーディションなどの機会をひたすら調べて、応募を繰り返して掴みました。どのオーディションもたくさんの候補者がいて合格する確率は0に近いのですが、応募しなければ確率は本当に0%なんですよね。仮に応募すれば0.1でもチャンスが生まれるので、回数を重ねていくのが大事だと信じていました。

ー今はどんなことをしているのでしょうか?

大学院での研究活動と並行して、歌手活動を続けています。学部の卒業論文では、自分自身も被験者となってMRIの中に入り、歌唱中の声道を解析しました。

大学時代は歌手になるために、自分を商品として売り込むために必要な力を身につけようと、音楽以外のことも積極的に学んでいました。例えば、自分の考えをどう人に伝えれば人を巻き込めるかを知るためにアントレプレナーシップを学んだり、どうしたら人を惹きつけられるかを知るためにデザインを学んだりしましたね。たくさん勉強したので、学科首席で卒業しました

歌手としては、YouTubeで歌ってみた動画や「たまらじお」というラジオ番組を配信するほか、音楽ゲームの楽曲、テレビCMのお仕事など、作曲家や制作会社から依頼をいただいて歌うお仕事もやっています。また、現在は自主製作でアルバムを作っている段階で、今後はオリジナル曲の制作にも力を入れていきたいと考えています。