意外にも遠い過去が今を作っている。鶴頸種苗流通プロモーション代表、小林宙が架ける橋

伝統野菜の種を世の中に残したい

ー15歳で事業を立ち上げたきっかけを教えてください。

当時は、自分の状況をうまく捉えられていなかったので、東京の高校に進学しちゃったんですよね。高校が決まった時点で、僕が生産して野菜を売ることは、時間的にもお金的にも無理だなということがわかって。

それなら野菜に関連したことで、自分にできることは何かなと考えたときに、「種」だなって思ったんです。小学生のころから種を集め続けていたことで、種の情報がいっぱいあるなと思って。 しかもその種は、いつなくなってしまうのかわからない。

その2つを総合的に見たときに、僕が趣味として集めつつ売れば、その種を知らなかった人が買って育てて、種を取ってくれたら世の中に残ると考えました。毎年その種を買い続ければ、生産者も売れるからまだ種を取っておいてくれるんじゃないかなって。

単純な発想ではあるんですけれど、そう考えて始めたのが『鶴頸種苗流通プロモーション』です。野菜から種にシフトして、今に至っていますね。

ーそこからはどのような行動をされたのですか?

まずは中小企業でも歴史があり、その地域や業界団体に深く知られているような会社に行き、いきなりトップの方に会って「こういうことがしたいんです」と話をしました。

当時は中学校3年生で、世の中のことがあまりわかっていなかったので、緊張もしませんでしたね。

その方が非常に優しくてくださって、「この会社に行ったら種を売ってくれるから、そこへ行きなさい」と、連絡先を教えてくれました。すごくありがたいなと思いました。

そこから種袋のデザインなどを考えて作って、「よし売ろう」と決めて、種を売り始めたんです。

ー書籍も出版されたそうですが、どのような経緯で出されたんですか?

以前取材を受けた出版社とは別の農業系出版社で、これまでの経緯や考えをまとめた『タネの未来』を出版しました。僕の種を置いてくれていた農業書専門の本屋さんに、編集の方が来られたときに、種をおもしろいと思っていただいて、声を掛けてもらったんです。

農業書専門店の方にも、「最近この人がすごくおもしろいんだよ」と、すすめていただいたみたいです。

出版により知名度が上がったことで、様々な場所に呼ばれるようになり、普通の高校生では体験できないような刺激的な日々を過ごしました。

ー現在はどのような活動をされているのでしょうか?

冒頭でお話したように、大学に通っています。僕は文学部哲学科なので、種と直接的な関係はないのですが、楽しく勉強しています。種は季節商売なので、忙しい時期以外は大学に行って、図書館で本を読んだり博物館や美術館に行ったり、そういう生活をしています。

大学生活と並行して、畑や事業も引き続きがんばっています。

過去のつながりで得た、応援してくれる方々のお店にも種を置いてもらっています。僕の作った種袋を見て、「これはあそこの種だね」って、鶴頸種苗の種だと知って買ってくれる人もそれなりに増えてきました。

それはやりがいにもなりますし、僕が続けていかなきゃなと思うようになっていますね。ネットでも買えるようにホームページを作って、通信販売もしています。

僕が何かを生み出しているわけではないですが、応援してくださる方がいて、「育ててみたらこんなにうまくいったよ」「これはうまくいかなかった」など、感想を共有してくれることもすごくありがたいなと思っています。

遠い過去が今を作っている

ー今後挑戦してみたいことはありますか?

野菜を作ったり、それを売ったりするよりは、これからも伝統野菜の種を保存して、未来につないでいくことを使命にしています。毎年同じものを欲しい方全員に届くように、仕入れて販売をする。これに尽きます。

野心を持たず、実直に同じことをくり返しているのが、僕らしいかなと思っています。

それから、新しい情報がたくさんあるなかで、昔の資料は少ないんです。僕は昔のカタログやレポート、種屋さんの帳簿などの古い資料を積極的に集めています。それを順次ネットに公開しています。

一次資料を、どれだけ皆さんの目に触れられるようにするか、興味を持ってもらえるかが大事なことだと思っているんですよ。

資料を見ることで、昔はこうだったんだとか、この品種って今はどこにも売っていないなとか、種がなくなっていくことを身近に感じられるんじゃないかなと思っています。これからも資料を少しずつ増やしていこうと思います。

ー宙さんは、種屋さんと消費者の皆さんをつなげたいとか、過去と今をつなげたいとか、架け橋になることに使命感をもっているのかなと思いました。

そうですね。自分自身にすごいスキルがあるわけではないので、「こんなものがあるけれど、皆さんどうですか?」と紹介することぐらいしかできないんですよね。

継続していくことは、難しい問題です。それでも、どんなときでもぶれずにやり続けられるということに価値があるのかなと僕は思っています。伝統野菜の種を未来につなげていきたいですね。

ー最後に読者の方にメッセージをお願いします。

過去以外が今を作ることはないです。言われてみれば当たり前ですけれど、意外にその過去を大事にしていない人がいるなと感じています。

僕はやりたいことが見つからない人のことが、昔はよく分からなかったんですよ。

実際に、過去につながったものを使えるのに使わなかった経験を自分自身がして、やりたいことが見つからない人が、新しいものを探しすぎて、未来の方向ばかりを見てしまっているのではないかと考えました。探す方向が違うんじゃないかなと思ったんですよね。

例えば新しい野菜の品種を作るときは、求めている特徴に似ている親を探してきます。これとこれを掛け合わせたらそれぞれの弱いところが消えて、強いところが出てくるんじゃないか、そういうふうに新しい品種を作るんですよね。

伝統野菜にも必ず親がいます。過去をうまく組み合わせることによって、新しく良いものが生まれることもあります。

なんとなく近い過去や未来に目を向けがちですけれど、もっと遠い過去にまで目を向けてほしいですね。過去に得た経験や知識を発揮する場面や、過去とつながれるいい機会があれば、その機会を逃さずに活かすことが大事なんじゃないかなと思います。

ー素敵なお話をありがとうございました!小林宙さんの今後のご活躍も応援しております!

取材:八巻美穂(Twitter / note
執筆:後藤ちあき(Twitter
デザイン:安田遥(Twitter