様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第822回目となる今回は、クリエイティブディレクター・KEiGOさんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。
ユニセックスアパレルブランドの立ち上げや、シェアハウスのイベント開催、YouTuberとしての毎日配信など幅広くご活躍されるKEiGOさん。今までどんな人と出会い、そこからどのようにチャンスを掴んで今の活動につなげていったのか、お話を伺いました。
EXILEのオーディションにも挑戦した大学時代
ーまずは自己紹介をお願いいたします。
大阪出身のKEiGOと申します。現在はYouTubeをやったり、自分でアパレルブランドを立ち上げたり、 大阪の道頓堀の居酒屋で働いたりしています。シェアハウスに住んでいて、自分でイベントを企画したりもします。
歌うことが大好きで、毎日歌っています。好きなアーティストはEXILEです。よろしくお願いいたします。
ー現在はさまざまなジャンルで活躍されるKEiGOさんですが、どんな子供・学生時代を過ごされましたか?
小学校の頃は明るい子でしたね。中学高校になると受験もあるので、周りが「勉強勉強」となっていて、あまり自分を出せなくなってしまいました。
中高で自分を出せなかったぶん、大学ではいろいろなことに挑戦しました。歌うことが好きで歌手になりたかったので、ボーカルスクールに通ったり、友達と路上ライブをしたり。フルマラソンにも挑戦しました。
憧れのEXILEのオーディションも受けました。HIROさんに審査してもらったときは、すごく緊張しましたね(笑)。EXILEは本当に大好きでファンでは終わりたくない、いつか友達になって一緒にお酒を飲みたいと思っています。
理想と現実のギャップから引きこもり生活に
ー大学卒業後は、大手企業に就職されたんですよね。
そうです。仮配属が3ヶ月間あって、場所が東京だったんですよ。22年間ずっと大阪に住んできたので、次のステージに上がれる!と思い、「東京いってくるわ!染まってくるわ!」と期待で胸を膨らませて東京に行きました。
しかし本配属は埼玉で、業務内容も自分が思い描いていたような仕事ではありませんでした。気力がなくなって、本配属から1ヶ月で気を病んで大阪に帰ってきてしまいました。
ーそうだったんですね。大阪に帰ってきてからはどのように過ごされていたのでしょうか?
ひたすら自分の部屋にこもっていましたね。SNSはちょこちょこチェックしていたのですが、友達から連絡がきても全然返せずに、今とは真逆の生活。自宅でぼんやりと将来のことを考えていました。
ーその生活からどのように抜け出したのでしょうか。
もちろん家族から「仕事探してみたら」と言われていましたし、毎日求人を見てはいたのですが、見てはやめてのループを繰り返して、おかしくなってしまっていました。
でもあるときおばあちゃんとゆびきりげんまんで約束してからは、本気で探さなきゃ、と思うようになりましたね。どんなときも優しく話を聞いてくれるおばあちゃんだったので、おばあちゃんとの約束は破れないな、と。優しい祖母のように、自分も輝き続けなきゃと思いました。
その後ゲストハウスの清掃員として働くことになりました。
ーそのあとはどんなお仕事をされたのでしょうか。
コンサートなどの音楽イベントのお仕事もしました。イベント前日や終了後は舞台の設営やバラシをする裏方、当日はお客さんの誘導をする業務です。EXILEのコンサートのお仕事もあったのですが、当日生の音楽を聴けるので心の中では「イエイ!」って感じでしたね。もちろん表には出しませんが(笑)。
そのあとコロナになってしまい、ゲストハウスとイベントのお仕事がなくなってしまって、コールセンターでも働きました。テレアポのお仕事で、頑張って成績1位になったこともありました。
ー同時並行でいろいろな場所に旅行もされていますね。
中学の担任の先生の紹介でタイにボランティアに行きました。あとは国内でヒッチハイクもしたり。
直近だとドバイにも行きました。万博をやっていて、3年後の大阪万博にはぜひ携わりたいなと思っています。