今の瞬間を探求する!辻雄貴空間研究所 笠原大が人生をかけて目指し続けるものとは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第680回目となる今回は、株式会社辻雄貴空間研究所で副代表を務める笠原大(かさはらはじめ)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

ラグビーがきっかけとなり、学生時代はイギリスで生活されていた笠原さん。「世界を変えたい」という思いで、自分と向き合い、今を探求し続ける笠原さんの生き様に迫りました。

ラグビーが教えてくれた大切なこと

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

株式会社辻雄貴空間研究所で副代表を務める、笠原大と申します。いろいろな人やプロジェクトと「いけばな」を掛け合わせ、日本の伝統を国内外に広める活動をしています。

例えば、日本の能楽に私たちの生け花を使った、空間をデザインしたり、舞台演出をしたりします。先日は中東に行ってきました。

本日はよろしくお願いします!

ーよろしくお願いします!早速ですが、現在に至るまでの過程を深ぼっていきたいと思います。小、中学生のころにがんばっていたことはありますか?

小、中学生のときにがんばっていたことは、ラグビーです。小学2年生の頃からラグビーしかしなかった学生時代でした。私の幼馴染のお父さんがラグビーをしていたのがきっかけです。

私が誕生日のときは必ずラグビーのグッズがおくられてきました。10歳の頃にはラグビーのグッズが全身そろい、気づいたらラグビースクールに通っていました(笑)。

ー非常に長い間ラグビーをされているのですね。ラグビーで培われた価値観や精神はありますか?

友達や仲間を大切にすることです。3歳の頃に出会い、一緒にラグビーを始めた友達とは現在でも仲間です。

何かあれば電話1本でかけつけて、助け合っています。3歳から24年間一緒にいて、これからも大切にしていく仲間です。

ラグビーを通して、仲間を大切にしたり、相手のことを思いながらがんばったりする精神を学びました。

ラグビー選手に憧れてイギリス留学を決意

ー13歳の頃には留学を経験されますが、どのようなことがあったのでしょうか?

小学3年生の頃、ラグビー発祥国のイギリスでラグビーワールドカップが開催されました。当時、非常に強かったイングランドが優勝しました。

イングランドのチームのかっこいい選手に憧れてしまって。「この選手がプレーしている、ラグビー発祥の地でプレーしたい」という夢ができたことがきっかけです。

偶然やチャンスが重なり、イギリスに留学することになりました。中学と高校の6年間、イギリスの南西部、デボン州で生活していました。

ー中学、高校の6年間は非常に長いですね!停滞期はなかったのですか? 

ありました。全寮制で、牢屋のようなところで生活していました。同じところで同じことを繰り返す生活をしていると、だんだんとつまらなくなっていきました。

友達と学校をサボったり、学校の近くにある牧場でのんびりしたり。友達に流されてしまいました。小さな悪さを積み重ねていたら、次第に勉強についていけなくなりました。

いろいろなことに消極的になり、現実を受け入れてがんばろうという意識がなくなってしまったのです。

ー自分の軸を持つことは難しいですよね。中学、高校を卒業後は大学に進学されたのですか?

はい。イギリスの大学に滑り込みで入学できました(笑)。海外の大学は勉強しないと卒業できず、1年目からやめてしまう人もいます。高校でサボったツケが回ってきたため、真剣に勉強していました。

自分と向き合う時間が増え、友達をあまり作れず、暗い大学生活を過ごしていたかもしれません。1週間、誰とも話していなくて、声が出なくなったことがありました(笑)。

ー声が出なくなるのは驚きました(笑)。自分と向き合った大学生活だったのですね。その後は、大学院に進学されるのですか?

はい。大学では国際経営学を学んでいたのですが、大学院では社会学を専攻しました。社会の仕組みを学ぶためです。ビジネスを通してお金を生み出すだけではなく「社会を変えるためにはどうしたら良いのだろう」と普段からよく考えていました。

長いあいだスポーツをしてきたので「スポーツは社会を変えるひとつのツールになる」と感じて、卒論ではスポーツが社会に影響を与える意義をテーマに研究していました。