教員の働き方に切り込む。学生団体Teacher Aide代表 櫃割仁平に聞く、「自然に生きる」とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第642回目となる今回のゲストは、京都大学教育学研究科に所属し、学生団体Teacher Aide代表として活動している櫃割 仁平(ひつわり じんぺい)さんです。

櫃割さんが目にした教育の現状や、「自然に、豊かに生きる」について考え続けてきた軌跡についてお伺いしました。

自分の無力さを思い知らされた東日本大震災

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

現在、京都大学教育学研究科の博士課程の学生で、学生団体Teacher Aide代表としても活動している櫃割仁平と申します。

大学では教育とはあまり関係のない芸術鑑賞の心理学を専攻していて、研究題材は “俳句” です。具体的には、俳句を通して「美しさとは何か」「美しいという感情はいつ沸き起こるのか」を研究しています。

ー教育と関連性の低い俳句の活動を始めた経緯についてお聞かせください。

昔から、学校行事やアーティストのライブなど、感動するたびに自分の価値観がアップデートされて、生まれ変わるような感覚があって。感動には人を変えるパワーがあると思い、それを学問として研究してみたいと思ったのが始まりです。

ただ、感動というと概念が広すぎて研究しづらいので、感動の一要素である “美しさ” に着目しました。17文字に美を凝縮している俳句を研究すれば、美しさへの気づきを得られるのではないかと思い、取り組み始めました。

ー本日は、櫃割さんが研究と社会活動を両立する中で見つけた「自分なりの豊かな生き方」について、幼少期から遡ってお伺いできればと思います。子供の頃、印象に残っている出来事はありますか?

中学生までは実家がある岩手県に住んでいて、そのときに東日本大震災が起きました。僕が住んでいた町は被害が少なかった一方で、車で行ける距離にある隣町は壊滅的な被害にあっているのを見て、何かしたいと思いながらも何もできなかったのが強く残っています。

父に頼めば車も出してくれただろうし、卒業式前で時間があったにも関わらず、動けませんでした。自分に対する無力感ともやもやでいっぱいになり、こういうときに動ける人になりたいなと思いましたね。

日本の学校の先生の働き方は「何かが変だ」と感じる

ー中学卒業後は、どのように過ごしたのでしょうか。

16歳で親元を離れて、奈良の高校へ通い始めました。寮は上下関係が厳しく、挨拶が遅れると怒られたり、同じ部屋には常に先輩がいたりして、高校1年生の頃は特につらかったです。

当時は言われたことに従わなければいけないと思っていましたが、上級生になると違和感に気づき、同級生と一緒に「1年生のとき、これおかしいと思ってたよね」と話して少しずつ改善していきました。

あと、中学生の頃から憧れの先生がいて、高校生になっても「先生って素敵な仕事だな」と思っていましたね。

ー先生に興味を抱き始め、高校卒業後はどのような進路を選択しましたか?

教員養成の大学へ進み、学校の先生を目指していました。英語の先生になりたかったので、英語をしっかり学ぶために英語圏に1年ほど住みたいと思い、ニュージーランドへ行くことに。ただ、そこで体験した出来事によって、学校の先生にならないことを決めました。

ーどのような体験をしたのでしょうか。

ニュージーランドの学校の先生は、とてもゆったりと働いていて。子供たちよりも早く帰ったり、長期休暇になると家族で旅行に行ったりする先生もいたのです。

「学校の先生って、こんな働き方ができるんだ」と知り、初めて日本の学校の先生の働き方に違和感を覚えました同時に、ゆったりとした働き方を一度見てしまうと、もう日本では学校の先生になれないと思ってしまいましたね。

ーゆったり働いている姿を見て、どんな部分に惹かれたのかお聞かせください。

仕事には真剣に取り組む一方で、プライベートでは周りの人を何よりも大切にする生き方が素敵だなと思いました。日本ではやりたい気持ちを抑制している先生の姿をよく見ますが、何にも抗わないニュージーランドの先生の生き方にとても憧れたのもあります。

先生として苦しむ友人の姿を見て発信活動を始める

ーニュージーランドから帰国後、どのように過ごしていたかお聞かせください。

帰国後は、周りの友達の働く姿を見て発信を始めるようになりました。僕は休学してニュージーランドへ行ったので、帰国したときは僕が大学5年生で、周りの友達は社会人1年目。

教員養成の大学へ進んだ関係で、友達は先生になっている子が多かったのですが、どの友達も1年目は苦しそうに働いていて……。ただ、これは僕の友達だけかもしれないので、1つの要素を見て社会の問題だと捉えるのは早計だと思いました。

そこで、いろんな人の話を聞くために「周りで学校の先生や管理職、スクールカウンセラーがいたら、ぜひつないでください!」とツイートをして、DMをくれた方々から話を聞くことに。

話を聞いて気づいたのは、多くの人が僕の友達と同じように苦しんでいるし、学校の先生の働き方に疑問をもっているということ。推測が確信に変わり、発信活動を続けていく決意を固めました。

ー発信活動を続けていく過程で、新たな気づきはありましたか?

Twitterやブログで発信をするうちに、情報は発信する人のところに集まると身をもって感じました。また、社会で活躍している方々の話を聞くと、「見切り発車でも良いから始めてみるべき」と口をそろえて言っていて。

その考えに共感し、当時は何も決まっていなかったのですが「学生団体を立ち上げます」とブログで宣言しました。学生だからこそ、今後先生を目指している学生にメッセージを届けやすいのではないかと思ったんですよね。

ー発信することは勇気のいることだと思いますが、どんどん発信したいと思ったのは知的好奇心からでしょうか。

怖いと思ったことはあまりなくて、楽しみながら発信していました。発信していた時期は、僕が先生を目指すのをやめた時期とも重なっていて、「これからどうやって生きていこう」と情報収集している中で、世の中にはいろんな仕事があると実感して。

当時は視野が狭くて、教育に関わるのであれば学校の先生にならなくてはいけないと思っていましたが、他の選択肢もあると知り、「自分には何ができるだろう?」と思いながら発信していましたね。

学生団体では “ゆるさ” を重視。幸せになれる居場所を目指す

ー学生団体の活動について、もう少し詳しくお聞かせください。

先ほどもお話したように、先生として働いている周りの友達で、精神的・身体的に病んでしまった人の姿をきっかけに活動を始めました。

学生団体では学校の先生が働きやすい社会を作るために、学生なりにいろいろ発信する機会を作ったり、イベントを開催したり、プロジェクトを立てたりしています。

具体的には、先生になる前に知っておくべきことを学ぶ勉強会の開催や、学生が社会へ想いを伝えていくオンラインイベントの実施などを行ってきました。コロナ前は、大学に学生を集めて、何ができるか考えてもらう機会作りもしていましたね。

ー学生団体を運営するうえで、大事にしていることはありますか?

良い意味での “ゆるさ” を大事にしています。全国に30支部ほどありますが、月に1回これをやらなければいけないなど、規則は特にありません。やりたいことがあるときに、やりたいことがある人に動いてもらっています。

学生団体ではありますが学生だけで運営しているわけではなく、先生や会社員の方がミーティングに参加して「今、学校や社会でこんなことが起こってるよ」と共有してくれることもあるのです。

ー学生団体で活動してきて、何か気づきがあればお聞かせください。

教育に対する風向きが変わってきているという声も出てきて、その空気の一部くらいにはなれているのかなと思っています。僕たちの活動を通して、「職場レベルで働き方の話をしやすくなった」「こういう法律やルールを知っている人が増えた」と言ってもらえるのはうれしいですね。

また、学生団体のメンバーにも幸せになってほしいと思っています。「居場所があって良かった」「ここにいるおかげでやりたいことに挑戦できています」と聞けるだけで嬉しいんですよね。

幸せになったメンバーが、周りの友人や家族が幸せになるための働きかけをしてくれたら、良い循環が生まれるのかなと思っています。

周りの人と一緒に、自然に流れるように生きていきたい

ー学生団体を立ち上げている一方で、大学での研究はいかがでしょうか?

現在は京都大学教育学研究科の博士課程1年生で、修士課程2年生の終わり頃に、初めて査読付きの論文が通りました。それまでの2年間は、研究のやり方も論文の書き方もわからず、手応えがありませんでした。

ただ、論文が通ったのをきっかけにコツがつかめて、最近は論文を書くのが楽しいと思えています。今では研究者の道も良いなと思い始めていますし、論文が通っていなかったら研究を続けていなかったかもしれません。

ー論文が通るまでの2年間、必死にやり続けられたモチベーションはどこにあったのでしょうか。

学校の先生になることを諦め、何者になるべきか模索していた時期でもあったので、「1つでも柱になるものを作りたい」という気持ちがありました。本腰を入れて研究するために、環境が整っているラボに行きたいと思い、今の大学院と研究室を見つけたのです。

もちろん学生団体を柱にするという考えもありますが、Teacher Aideではお金を稼ぐことを第一の目的にしているわけではないので、経済的に不安がない状態を作るためにもう1つの軸をもちたいと思っています。

ー櫃割さんが大事にしている価値観はありますか?

“自然さ” は1つのキーワードです。嫌だと思うことに取り組んだり、良いと思っていないものをおすすめするのは何かに抗っている気がするので、自然に、流れるように生きていきたいと思っています。

ー自然に生きていくことで最終的にこうなりたいなど、展望があればお聞かせください。

周りがつらい思いをしている中で僕は真に幸せに生きられないと思っているので、周りの人と一緒に幸せに生きていきたいと強く思っています。パートナーや家族、学生団体や研究室のメンバーと、一緒に考えて一緒に幸せになりたいですね。

ー自然さを求める中で、変えられないものもあると思いますが、変えられないものに対してはどのように考えていますか?

アンコントローラブルなものからは逃げています。大学院生としての今の研究スタイルは、「これ以上すると過重だ」と思えばそこでやめるなど、ある程度自分でコントロールできていますし、今後もそういった生活をしていきたいです。

ー自分にとって変えられないものは、他の人にとっては変えられるかも知れないですよね。

そうですね、人それぞれだと思います。僕の周りにも、「予定を自分で決めるのが嫌」「週5日間会社へ行って、5時に帰ってくる生活の方が楽」という人もいるので、人間って面白いなあ、人によって自然さは全然違うんだなと実感しています。

ー最後に、大学生や大学院生の方など、29歳以下の方々に対してメッセージをいただきたいです。

しんどい中でも、その人はその人なりにもがいて意義を感じているかもしれないので、「ゆるく生きたらいいよ」「自分でコントロールした方がいいよ」というメッセージを発信するのは違うと思っていて。

すべての方に向けて広く伝えられるアドバイスはないので、もし違和感を覚えたり嫌なことがあったりしたら、僕にDMを送ってください!実際にお話するとみなさんのことを知れると思いますし、お話を聞くだけでもし楽になってくれたら嬉しいので、まずはお話しましょう。

ー今まさに悩んでいて、誰かに相談したいと思っている方は、ぜひ櫃割さんにご連絡してみてください!本日はありがとうございました。櫃割さんの今後のご活躍を心よりお祈りしています。

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取材:黒澤朝海Twitter
執筆:もりはる(Twitter
デザイン:高橋りえ(Twitter