美術でアーティストや地域に交流の場を。現代美術家・高屋永遠が思う表現や自己の向き合い方

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第411回目は、現代美術家の高屋永遠(たかやとわ)さんです。

自己との向き合い方を大切にされている高屋さん。幼少期から周囲環境との噛み合わなさを感じ、誰かとコミュニケーションをとりたい思いから多様な表現をされてきました。その後ロンドンへ留学し、現在はペインティングを中心に美術家として活動されています。美術制作に専念されながら、どのようにご自身と向き合っているのかを伺いました。

コミュニケーションや伝えたい気持ちから表現を続けてきた

ーはじめに自己紹介をお願いいたします。

高屋永遠と申します。美術家として東京を拠点に活動しております。空間、時間、存在についての領域横断的な考察に基づき、ペインティングを中心に現代美術の制作に取り組んでいます。

ー絵を描き始めた時期が明確にはわからないと伺ったのですが、高屋さんが覚えている限りでもっとも古い作品はなにか覚えていらっしゃいますか?

最初はティッシュペーパーを使って空間にティッシュを張り巡らせたり、モノを積み重ねたりしたものを作っていたように思います。それからスケッチを描くようになりました。小学校に入学する直前にパソコンを使ったピクセル画を作り始めて、それが恐竜のような生物が湖にいるピクセル画だったことは覚えています。

ー空間に貼って表現してみようという気持ちはどこから湧きあがりましたか?

小さい頃から自分が置かれている空間にさざ波を立てたい欲求だったと思います。おそらく誰かとコミュニケーションをとりたかったのかもしれないですね。ただ当時はそこまできちんと話せるわけでもなかったので、なにか身近にあるものを使って即興的に表現したのでしょうね。

ー6歳の頃に、最初の人生のターニングポイントが訪れたそうですが、具体的にどのようなことがあったのかお話をお伺いできますか?

幼少期は自分の想像の中や親しい家族が、自分にとって一つの環境だと思うんです。漠然と小さい頃から、「なんで生きているんだろう」「死ってなんだろう」といった答えのないものを考えながら想像するのが好きだったんです。そこから小学校に入学して、初めて日本の教育構造に触れた経験がありました。小学校で「時間内でこういうことを勉強して、こういう答えを導く」といったルーティーンや流れに身をおくことは、幼少期の自分にとって大きな変化だと思います。

ーご自身の感情的には、大変辛いと感じることが多かったのですか?それとも、それはそれとして受け止めていたのでしょうか?

最初はやはり大変で辛いと思いました。学校のテストもあまり答えられない。そもそも問いが何かを理解する力が及ばなくて、周りの環境との隔絶はありましたね。塾へ通ったり積極的に郊外活動や運動部に入ったり、同級生たちと触れ合いながら帳尻をあわせていました。噛み合わなさがあるから、その不自由さから解放されたくて、人と上手くコミュニケーションがとれるようになりたい気持ちが高かったと思います。

ーコミュニケーションが噛み合ってきたと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

かなり内気で話すのも苦手なタイプでしたが、積極的にスポーツや勉強をすることで次第に気にならないようになってきて。そのときに初めて勉強が楽しいと思え、進学のことも考えられるようになりました。視界が開けた感覚を覚えていますが、それでも今思うと、周囲とコミュニケーションが噛み合う必要があると思い込んでいたようにも感じます。

ー進学のことを考えられるようになったとのことですが、高校生のときにロンドンへ短期留学をされたそうですね。留学に至った経緯を教えてください。

留学をする前に中学受験をして、慶應義塾湘南藤沢中高等部に入学しました。学校の校風として帰国子女の方が多く在籍しており、英語の教育には非常に力を入れている学校だったので、その影響が大きかったと思います。バイリンガルな同級生たちが多かったので、休み時間などは英語が廊下を飛び交う環境でした。だから「私も英語が話せるようになりたい」という気持ちは、早い段階で芽生えたと思います。

けれども言語をある程度まで習得したあと、自分は何を伝えたいのかはまた別の課題だと感じたんです。アートやデザインといった、なにか表現をすることと結びつけて英語を勉強したいと、当時は漠然と思っていました。

ーアート、デザインの領域と言語を結びつけたい思いから、絵を描くことを続けていたのでしょうか?

実はそうでもないんです。少し違った内的な表現として、ノートブックにドローイングしたものを書き留めたり、家に帰って空き時間にペインティングを始めたりしたのがその頃でした。だから不思議なのは、言語の先にあるクリエイティブな表現をしたい気持ちと、自分がその当時やっていたドローイングが結びついていませんでした。

ー内的な表現手法として使用するものは一貫していましたか?

メディウムは一貫していませんでした。様々でしたね。小さい頃からティッシュを貼り付けたり椅子を積み上げたりしながら日常にあるオブジェクトで遊んでいたのをすごく覚えています。でも家族から、「危ないから積み上げた椅子の上に登るのはやめなさい」と注意されました。

成長とともに安全かどうかの判断がつくようになってから、もう一度壁にコラージュをしてみたり、壁から前に出てくるような反立体的なものをつくったり、時にはペインティングやドローイング、写真を撮ったりといった手法で表現していました。

ー多様な手法で表現されていたのですね。こういった手法はどこかで習ったり、活動したりしてきたのではなく、自分自身で突き詰めてきたのでしょうか?

そうですね。中学・高校の美術の時間に同級生と同じタイミングで学び、その後は絵の教室に通いました。でも自分が描いた絵に対して、「ここは青だよね」「ここは影があるよね」と先生に指導されても、その感覚を受け止められないラグが発生してしまって。そのままでは辛かったので、自分のできる範囲でやろうと決めました。

高校1年生の夏休みにロンドン芸術大学のサマースクールに留学し、自分がやっていることが何やらキャリアとしても世の中に存在する類のものらしいと実感できました。そこからは、美術の先生に個別でお時間をいただいて見てもらうようになりましたね。

ーロンドンには高校と大学で留学されたのでしょうか?

まずは高校1, 2年生でサマースクールに行きました。高校時代は幅広くアートを学ぶ機会がありましたが、大学に入学すると専門性が高くなってきて。ついに専攻を選ぶときが訪れました。関心を突き詰めていくと、絵画空間への関心が高いと気づき、ロンドン芸術大学で1年間アート・デザインのファウンデーションディプロマを修了した後に、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジでファインアートを専攻することにしました。

問題に対して本質的に客観視してスランプを乗り越える


ーそのあとスランプを経験されたそうですが、スランプを脱出されるタイミングで怒涛の変化をされていると感じました。具体的に脱出した方法と変化についてもお伺いできますか?

スランプで思うような表現ができなくなり、デジタルへの表現に移行しました。VRを使った仮想現実上での表現を挟むことで、一度デジタルの表現にする形でスランプを乗り越えるための方法を模索したんです。

そうなると、メディアアートやデジタルクリエイティブのデザインに携わっている方々に出会うことが多くなりました。すると今度は、そもそも社会人としての経験のなさを感じるようになったんですよね。今後の人生を生きていくにあたり、まだまだ知らないことが多いので、そういった意味で学習しようと思いました。海外ではインターンシップなどを通して、学外で社会と関わることは経験としてありましたが、日本から離れていた時間も長かったので、改めて社会と関わる機会を求めたいと思うようになって。兼業可の環境でデザイナーとして就職をし、美術制作は変わらず続ける形で会社員の日々を1年間過ごしました。

ー別の社会やビジネスに踏み入れることで、自分のなかには答えがなく進めなかったフェーズから進めたのでしょうか?

そうですね。自分のなかで解決しない漠然とした迷いを抱えたときには、環境を変えてみることが大事だと思います。本当に改善すべき具体的な課題と結びついた迷いなのか、自分の認識の中で、問題として感じられているだけの認知の話なのかを整理するのに1,2年ほどの期間が必要でした。

ー様々な方と出会っていく中で、高屋さんご自身にも作品に表れる変化はありましたか?

はい。2015年頃から絵画表現を中心に複数のシリーズで制作しています。今年の4月に開催した作品展では、2021年に制作した絵画作品約30点を展示させていただきました。それらの作品は、帰国してからさまざまな方と交流していく中で、新しく見つけた主題を発展させています。

ー人との関わりのなかで、これからも高屋さんが感じる生き方が主題に変わっていくことがあると思います。それぞれの主題による表現手法の使い分けはどうされているのですか?

自分にとって必然的に「これだ」と納得する手法を使うのが、その瞬間の生に正直であることだと思っています。今後はペインティングの発展を試みていくためにも、その他の手法や幅広い表現も取り入れながら幅を広げていきたいですね。

アーティスト活動が特殊なものではなく当たり前の世の中に

ー特にアーティストのイメージとして、没入感が強いからこそ私たちが見えてないものを表現できていると思っています。メンタルヘルスはどのようにされているのでしょうか?

幸いなことに進学したロンドン大学ゴールドスミスカレッジでは、クリエイティブな仕事に関わる方のメンタルケアにとても力を入れている大学でした。「ジムで体を鍛えフィジカルのコンディションを整えるように、カウンセリングに行くのは当たり前だ」と教えていただいたので、自分を追い詰めすぎず健康的に自分の表現活動をするための筋力トレーニングのように、気軽な気持ちでカウンセリングに行けました。話すことがない日もあるし、たくさん話す日もある。カウンセリングはそれでいいんだということを教えてもらいましたね。

心と身体の健康のためにメンテナンスをしようといった環境にいれたおかげで、帰国後もセルフケアはうまくやれたと思います。ただそのときの状況があるので、多忙だとケアを十分にできないときもあります。でもそれはアートのお仕事に限らず、どの分野でも同じだと思っています。

ー最後に、高屋さんが今後どのように活動され、どう表現していくのかをお伺いしたいです。

美術家の活動の中で、制作以外の関心としては、アーティストの保障や働く上での環境改善ですね。怪我や病気などで制作が続けられなくなった場合などの社会保障的な側面や、子育てや介護をしながらの活動を持続させていくことは、現状、容易なことではありません。コロナ禍をきっかけに、アーティストの活動環境や地位の改善に取り組む「art for all」という団体が出来ました。美術に携わるお仕事をしている人なら誰でも参加でき、私も活動に加わっています。一言で、「アート」といっても多様で幅広い領域ですし、アートとは何かということも常に更新されていくと思います。アーティストという職業の認知と社会的な地位が向上していき、労働環境や家庭や子育てとの両立などがしやすくなる先に、美術に携わる個人の在り方や芸術生産がどのように社会に根づいていくのかに期待したいと思っています。

取材:吉永里美(Twitter/note
執筆:スナミ アキナ(Twitter/note
デザイン:高橋りえ(Twitter