自分が歩みたい道を歩く。役者兼花屋の木村桃子が目指す「人間界への恩返し」とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第497回目となる今回のゲストは、役者兼お花屋さんとして活動している、木村 桃子(きむら ももこ)さんです。

木村さんが役者として働き始めたきっかけや、木村さんの考え方をガラリと変えた本の存在についてお伺いしました。

理不尽なことは大嫌い。 “みんなのために” と行動した幼少期

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

木村桃子と申します。役者兼花屋の二足のわらじを履いて活動しています。

ー本日は、木村さんが役者と花屋を兼務するに至った経緯を、幼少期から振り返ってお伺いできればと思います。幼少期、記憶に残っている思い出があればお聞かせください。

小学5〜6年生のときの、放送委員の活動が強く印象に残っていますね。いつも給食の時間に、放送委員が週替りで曲を流していて、そこで流す曲は学校で習ったものでなければいけないというルールがありました。

でも、曲をかけてもみんな聞いてないし、意味がないと思って。当時嵐が流行っていたので、友達に嵐のCDを借りて、給食の時間に勝手に流してしまいました。

ーものすごく思い切った行動ですね。

曲をかけた瞬間、放送委員の男の子が「怒られるから今すぐ消せ!」と言いに来てくれたのですが、「私が責任をもつから大丈夫!」と言って、そのまま最後まで曲を流しました。

「みんな楽しんでくれたかな?」と思って教室へ戻ると、担任が激怒したようで、重い空気が流れていました。

「みんなのために」という正義感で行動したのに、あまり良く思われていないんだとショックを受けたのを覚えていますね。楽しむことより、怒られないことの方が大事なんだと驚きました。

ー怒られることは、あまり怖くないタイプだったのですか?

そうですね。怒られることはよくありましたが、理不尽だなと思ったときは特に反発していました。

応援合戦の場所取りで血だらけになった高校時代

ー中学・高校時代は、どのように過ごされていたのでしょうか。

中学・高校ではずっとダンス部に所属していました。印象に残っているのは、高校3年生のときの運動会でやった、チーム対抗の応援合戦ですね。

1年生と2年生と3年生のA組が赤チームのように、縦割りでチーム分けをされていたので、基本的に3年生のダンス部の子がリーダーを務めていました。

他のクラスはダンス部が10人ほどいる中で、私のクラスには2人しかいなくて……。私と、もう1人の子で引っ張っていこうと奮闘していましたね。

ー1年生から3年生までまとめるとなると、責任も大きいですね。

そうですね。お昼休みに練習をするため、体育館や校庭の場所取り合戦がすごくて。4限目のチャイムがなる5分前くらいから走りだす通路を確保して、なった瞬間ダッシュで場所を取りに行っていました。

一度、場所取りする他クラスの男の子と激突して、血だらけになったこともあります。高校3年の頃はクラス委員もやっていたので、ダンス部兼クラス委員だったこともあって、より気合を入れて頑張っていたのかもしれないです。

価値観をガラリと変えた1冊の本との出会い

ーお話を伺っていると、豊かな感受性が今の役者活動にも活きているように感じました。

感受性が豊かな分、考えすぎとよく言われます。

ーたとえばどんなときに考えすぎだと言われましたか?

結婚や出産に対する考えについて話したときです。もともと結婚や出産に憧れはあって、早く子供が欲しいと思っていたのですが、社会人になると、学生のときにいかに親に頼っていたかがわかり、自分の将来に不安を抱きました。

人生に不安を抱いている人間が母親になるのは、生まれてくる子どもに対して無責任だと感じていました。まずは自分が自分の人生を楽しんで、生きるって良いことだって思ってからでないと子どもは産めないと。

その話をすると友達に驚かれたり、母親に相談した時も「お母さんになってから一緒に成長していくものだよ」と伝えられました。

それでも考えは変わらず、とにかく自分の人生を楽しもうと、まずはやりたかった役者を目指しはじめました。

ただここ1年くらいで考え方も変わってきています。

ー1年の間に、何があったのでしょうか。

コロナ禍で勉強をする機会が増えるとともに、読む本の種類が変わって。歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリさんが書いた『21 Lessons』という本の影響で、考え方が大きく変わりました。

その本の最後にある、「人生に意味はない」という言葉が衝撃的で……。人生に意味がなかったとしても、生きていかなければいけないじゃないですか。

腑に落ちなくて、いろいろ考えているときに、「電車も家もベッドもお箸も、日常にあるものすべて人間が作ってきたものだ。何か希望をもって作ってきてくれた方々のおかげで、今の快適な生活ができているんだよな」と実感したのです。

環境問題などいろいろありますが、それでも今の人間界を作ってきたくれた方々に感謝しているのであれば、今生きている方や、これから未来を生きる方に「これがあってよかった」と思ってもらえる活動が私もできたら、生きる理由になるなと思いました。

それを私は、「人間界への恩返し」と呼んでいます。

「人間界への恩返し」をするため、生きていこうと決意する

ー人間界への恩返し。とても素敵な言葉ですね。

この考え方をもってから、とても楽になりました。恩返しの内容はなんでも良くて、お花の組み合わせを提案して喜んでもらうのもいいし、周りの人の手助けをするのだって恩返しにつがります。

その恩返しの1つとして、役者として作品を届けられたらいいなと思っています。

ー役者としての活動を始めた経緯について、詳しくお聞かせください。

もともと、子供の頃から女優に憧れがありました。学生の頃は覚悟も自信もなく、夢のまま終わったのですが、社会人になって花屋に就職したときに、このままで本当にいいのかな?楽しめてるかな?と毎日考えていました。

悩んでいても仕方ないし、せっかく生きてるし、ならやりたいことやろうと思い、お芝居を始めました。

最初は「自分を売りたい」「とにかく有名になりたい」と思っていましたが、オーディションで「なんで女優になりたいの?」と聞かれることが増え、悶々としていました。

その時期に、『21 Lessons』と出会い、「人間界への恩返し」ができれば、私が生きる理由になると思ったのです。

ー自分の考えを固める時期に、タイミングよく本と出会ったのですね。

そうですね。役者の活動を通して、見た方に何か役に立つメッセージを届けたいという決意を固めることができました。

ー最後に、木村さんの今後のビジョンについてお聞かせください

映画や舞台で沢山の作品に関わり続けたいです。また、ゆくゆくは小説や脚本も書きたいです。物語を作りたいと思っています。

また、職業に捉われず様々な活動がしたいです。コロナ禍で舞台が立て続けに延期になったときに、オンラインの花屋を開業しました。身動きの取れないこのご時世で、今すぐ誰かの役に立ちたいと考えた結果が、花のパワーを届けることでした。

役者としてままならない自分が新しいことを始めることにいろいろな意見があったと思いますが、実際に多くの人に喜んでもらえたので行動してよかったです。

自分の人生なので、制限をかけず、やりたいことを選択し続け、恩返しをしていきたいです。

ー木村さんが今まで、ご自身の気持ちに素直に生きてきたことが伝わりました。本日はありがとうございました。木村さんの今後のご活躍、心より応援しています!

取材:増田稜(Twitter
執筆:Moriharu(Twitter
デザイン:高橋りえ(Twitter