GA technologies 石田健介が “掛け合わせ” で築いてきたキャリアとは


様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第469回目となる今回のゲストは、GA technologiesでマーケターとして働いている石田 健介(いしだ けんすけ)さんです。

ファーストキャリアで経験した挫折を学びに変え、現在は本業以外で個人事業主としても働いている石田さん。そんな石田さんが、現在の働き方に行き着くまでの道のりをお伺いしました。

負けず嫌いな性格が功を奏し、勉強に明け暮れる

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

石田健介と申します。関西学院大学に入学したのですが、中退をして、新卒でサイバーエージェントに入社しました。サイバーエージェントには2年半ほど務め、現在はGA technologiesでマーケターとして働いています。本日はよろしくお願いいたします。

ー現在はマーケターとして、どんなことに注力されているのでしょうか。

主にデジタル広告領域を担当しているので、インターネットを通して自社サービスへの集客を行うことをミッションとしています。広告費をかけた集客だけでなく、他社とアライアンスを組んで集客する方法も取っていますね。

ー本日は、石田さんが現職でマーケターとして働くことになった経緯を、幼少期からさかのぼって伺えればと思います。学生時代はどのように過ごされていましたか?

中学時代は、学年で中間くらいの学力順位で、テスト前に少しだけ勉強するタイプでした。ただ、中学2年の終盤から徐々に勉強に没頭していったのです。

没頭できた要因は2つあって、1つは目標が明確だったから。もう1つは、環境がフィットしたからです。

ー目標は何だったのでしょうか。

中学生の頃、祖父が2型糖尿病を患っていて、治療できる特効薬を作りたいという想いから医者を目指していました。

医者になるためには、成績が1~2番の高校に入る必要があったので、何としてもこの高校に入るんだという強い気持ちでいましたね。

ー勉強に没頭できたもう1つの理由である「環境がフィットしたから」について、詳しくお聞かせください。

高校受験にむけて勉強に専念するため、塾に通い始めました。その塾のスタイルが自分とマッチして、毎日朝から晩まで塾に通い詰めて勉強して、どんどん成績が上がっていきました。

ーマッチした部分はどこですか?

成績順にクラス分けと座席分けを行うという方針が、私の負けず嫌いな性格とマッチしました。まず、1~2か月に一度行われる、塾内の定期模試の成績順にSSクラスからBクラスまで分けられて、一番成績の良い子がSSクラスの一番右後ろの席に座るのです。

それから成績順に、右後ろから左へと座っていって、端まで座ると一列前へ行くというように、順番が完璧に決まっていたので、友達の点数を聞かなくても自分より上か下かが一目瞭然なんですよね。

私は昔から負けず嫌いな性格だったので、「仲の良いあの子には負けたくない」という気持ちが強く、勉強にのめり込むことができました。

ー目標が明確だったこと、環境がフィットしたことから勉強にのめり込んだ石田さん。受験の結果はいかがでしたか?

結果的に、学力順位が学年で3番になり、目標としていた高校に合格できました。

部長なのに退部。対人関係で初めて大きな問題を抱える

ー高校入学後、どのように過ごされていたのかお聞かせください。

幼い頃から野球やサッカー、バスケ、水泳など競技を変えて挑戦してきて、高校ではテニス部に入部しました。

ー1つのスポーツに絞ろうと思わなかったのですか?

当時は、1つのスポーツの経験が他のスポーツに共通し連動する「クロストレーニング」という考え方を意識していたので、1つだけに固執してなかったですね。複数のスポーツを掛け合わせることで、より身体が上手く動くようになると思っていました。

ーすごく面白い考えですね。

これはスポーツに限った話ではなく、何にでも当てはまると思っています。

例えば、営業をやってきた人がマーケティングに挑戦したり、コーポレートで働いてきた人が営業に挑戦したりするなど、今の経験を別の職種に上手く展開することができている人がいるのは、まさにこのことかと思います。

ジョブとジョブの中で共通していない部分はなくて、今携わっているジョブをどう捉えて、今までの経験や他のジョブと掛け合わせるかが大事だと思います。

ー今までいろんなスポーツに取り組んできて、高校で初めてテニス部に入ってみていかがでしたか?

テニス部では部長として活動していましたが、部員と方向性の違いで揉めてしまって……。部員にメニューを伝えても実行してくれず、走るペースも合わせてくれない日々が続きました。

顧問に状況を伝えても何も変わらず、テニスがどうしてもやりたくて入部したわけではなかったので、退部することになったのです。

部活動での人間関係の悪化は、日常生活にも波及していき、勉強時間以外はストレスフルな時期が1年弱ほど続きました。

30社以上でインターンを経験し、大切にしたい価値観に気づく

ー高校時代は人間関係につまづいた石田さん。大学ではどのように過ごされたかお聞かせください。

理系の大学に進学し、大学2年まではサークルがすべてという感覚で過ごしていましたが、大学2年の後半に友人のつながりで学生団体に入りました。

その学生団体で知り合った方々が、みんな視野が広いし視座が高くて。将来に対する考え方がしっかりとしていて、自分の生き方は自分で決めるという方ばかりでした。

そんな方々と過ごしている中で「インターンシップ」を知り、大学3年からはインターンに行きまくりました。30社以上は経験しましたね。

ー大学に通いながら、30社以上でインターンされてたのですね。

夏休み期間を利用して1dayや3days、5daysなどのサマーインターンシップに参加しました。夏休みの2か月間ほどスケジュールを詰め込みまくって、ほとんど東京にいましたね。

その2か月間で、「ビジネスって面白い」と思って。ただ、インターンではビジネスのさわりの部分はわかりましたが、働くとは何か深く体感できなかったので、1年間休学して複数社で長期インターンすることを決心しました。

ー思い切った決断ですね。長期インターンを通して、自分の中で何か変化はありましたか?

長期インターンでいろんな会社さんを見てきて、自分の中で重要な価値観に気づけました。私は、「人生の転機」と「人数」を掛け算した面積をいかに広げるかに重きを置きたいと思ったのです。

当時はちょうど進路を選択する時期で、研究の道とビジネスの道、どちらに進むのか考えたときに、ビジネスの道の方がスピード感や確度は圧倒的に高くて、影響を与えられる面積は広いと感じ、最終的にビジネスの道へ進む意思決定をしたのです。

社会人1年目で挫折。立ち直れたきっかけは “2つの転機”

ー大学生のときにビジネスの道へ進むと決め、社会人人生はどのようなスタートを切ったのでしょうか。

実は大学卒業後に就職したのではなく、大学4年時に中退し、在学中に内定をもらっていたサイバーエージェントにて長期インターンを経験後、そのまま入社しました。

長期インターンを経験したこともあり、それなりに結果を出せるだろうと思っていましたし、周りからも期待されているように感じていましたが、スタートダッシュで大ゴケしてしまって……。最初の1年間はまったく成果が出なかったです。

長期インターンをせずに入社したメンバーにどんどん置いていかれて、新人賞などの賞も獲得できず、事故対応や補填などの対応に明け暮れていました。

別チームの先輩に「あれ、息してる?」といじられたときに、気の利いた返答ができるほどの余裕もなく、「何であいつに負けなきゃいけないんだろう」と日々悶々としていましたね。

ーファーストキャリアで落ち込んでから、何をきっかけに立ち直りましたか?

転機としては“マインド変化” と “チャンス” の2つがあります。まずマインド変化についてお話しますね。社会人になってスタートダッシュを上手く切れなかったときは、「あいつよりはできるはず」という気持ちでいっぱいでした。

ただ、客観視してみると、評価されている人は会社へ利益をもたらしている一方で、自分は何も貢献できていない。結果がすべてだと、改めて悟りました。そこで、まずは数字を出すことにこだわろうというマインドに変化したのです。

ー周りと比べず、自分と向き合ったのですね。もう1つの転機である “チャンス” についてお聞かせください。

マインド変化があったタイミングで、広告代理店部門にて担当していたお客様が次のプロモーションをどこの代理店に依頼するか決めるコンペが開催されました。コンペ準備は基本的に上司と進めるのですが、そのタイミングで私の上司がインフルエンザにかかってしまい、1人で進めなければいけない状況になったのです。

とても不安でしたが、資料の内容や数字の整合性についていろんな方にチェックしていただき、何とか準備を進めることができました。そのときに気づいたのが、「自分1人でできることはたかが知れている」ということでした。

それと同時に、「これまで全力でやってこなかった」と改めて感じたのです。コンペは最後のチャンスだと思い、何が何でも提案を通すという気持ちで死に物狂いで仕事をした時間を考えると、それまでの期間は気が緩んでいたなと実感しました。

そういった、自分の中での気持ちの変化と、チャンスが上手く掛け合わさって、落ち込んでいた状況から徐々にモチベーションが上がっていきました。

自分らしい働き方で「人生の転機」×「人数」の面積を広げていく

ー仕事のモチベーションが上がるとともに、成果はついてきましたか?

はい、私にもチャンスが巡ってくるようになりました。今までの自分であれば任せてもらえなかったようなお客様の担当をさせてもらえたり、単月粗利で全社2位の成果が出て表彰されたりしました。

「これからもっと頑張っていくぞ!」と奮起していたのですが、新型コロナウイルスの流行により、大きな影響を受けたのです。

ー具体的にどのような影響を受けたのでしょうか。

基本的に定時退社となり、目標の数字が10分の1になりました。今まではただひたすらに働いていたのですが、そのタイミングで今後のキャリアについてじっくり考える時間ができたのは大きかったですね。

ーキャリアについて考えた結果、どのような結論を出しましたか?

いつでも挑戦できるという気持ちで働くエンジンは積めているのに、走れる環境がないのはもったいと感じ、転職することを決断しました。

アグレッシブにチャレンジできる環境に身を投じることで視座が高くなり、できる仕事のが幅も広がるのではないかと思い、創業時から成長し続けているGA technologiesに入社したのです。

それと同時に、今までは本業1本という形だったのですが、インハウス組織になり知見が狭まる可能性があったので、外部でも活動をはじめました。

ー1社だけでなく、複数の組織で働くことで得たものはありましたか?

幼少期のスポーツの話にも通ずるのですが、複数の組織で働くことで、今の環境を当たり前と思わずにいろんな見方ができるのはメリットですね。

組織によって働き方や思想がまったく違うので、今までの正解はその組織での解でしかなかったと強く感じたのです。「こういう考え方もあるんだ」というように、知識の幅が広がりました。

あと、自分のやりたいことへのチャレンジは、必ずしも本業でやる必要はないと思っています。

友人の話を聞くと、「今の仕事は給料が良く、転職する気はないが、やりたい仕事ができているかと言われるとそうではない」という方もいるので。であれば、副業で自分の興味のある事業に参画してみるのをオススメします。

ーこれからファーストキャリアを選ぶ方に向けて、メッセージをお願いします。

これはあくまで私の持論なのですが、ファーストキャリアでは許せる範囲で自分を追い込んだ方がいいと思います。その方が働くうえでの当たり前の水準上がり、後々のキャリアで活きてくると思うので、可能な方はどんどん追い込んでいってください!

ー最後に、石田さんの今後の展望についてお聞かせください。

まず、本業の会社では、会社として掲げている目標を何としてでも達成できるように動いていきます。

個人事業主としては、1つの会社を作ってその会社をどんどん大きくしていくというチャレンジをしたいです。そうすることで、「人生の転機」と「人数」を掛け算した面積をさらに広げていきたいと思っています。

ー石田さんのお話を聞いて、キャリアの選択肢の幅が広がった方もいるのではないでしょうか。本日はありがとうございました。石田さんの今後のご活躍を、心より応援しています!

取材:山崎貴大(Twitter
執筆:Moriharu(Twitter
デザイン:高橋りえ(Twitter