なりたいになれる未来を。Builds CEO 橋本竜一がオンライン×コーチングビジネスを手掛けるまで

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第290回目となる今回のゲストは、株式会社Builds(ビルズ) CEOの橋本 竜一(はしもと りゅういち)さんです。

大学時代に起業し、組織崩壊を経験。その後も諦めることなく、3つの事業を展開していきます。そんな橋本さんが「なぜ挫折経験後に疲弊することなく、前向きに突き進んでこれたのか」お伺いしました。

初めて敗北感を覚えた中学時代。先生の一言で東大受験を決意

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

株式会社Builds代表の橋本竜一と申します。大学3年のときに株式会社Buildを立ち上げ、最初は高学歴特化の採用媒体「JobShot(ジョブショット)」を立ち上げました。

その後コロナの時期から2つの新規事業を走らせています。1つが現役東大生によるオンライン個別指導の「スタディコーチ」。もう1つは遺伝子解析を用いたオンラインパーソナルフィットネス「CLOUD GYM(クラウド ジム)」です。

ー本日は、橋本さんが会社を立ち上げ3つの事業を展開するまでの経緯について、幼少期からさかのぼってお伺いできればと思います。子供時代、どのように過ごされてきたか教えてください。

小学生の頃から勉強が好きで、負けず嫌いな性格だったので、テストでは毎回1番を取りたいと思っていました。小4までは成績上位だったのですが、小5で横浜の学校へ転校したときに事態が一変して。

周りが全員中学受験をする状況で、「今まで僕はそこそこ頭がいいと思ってたけど、レベルが全然違うじゃん」と太刀打ちできないことに気づいたんです。

ー橋本さんも中学受験することに?

そうですね。周りは小4の終わりくらいから中学受験の勉強を始めていたのですが、私は小6の春頃から始めたので、圧倒的な差をつけられていました。

受験直前に成績が伸びて、難関中学も受けれるレベルまで達したものの、結局第3志望まで落ちてしまって。そのときに「負けるってこういうことなんだ」と実感しましたし、上には上がいて、自分は努力しないと勝てない人間なんだと気づきました。

ー中学時代はどのように過ごしましたか?

中高一貫校で良い友達に恵まれ、入学後は後悔なく楽しく過ごしました。

ただ、中学受験で負けた感覚は強く残っていたので、勉学には熱心に励みました。仲の良い友達同士でテストの点数を公開し合って、誰が一番かを競ってましたね。すると自然とみんな成績が伸びていったんですよ。

それでも東大を受けるようなレベルではなかったのですが、高1のある日、先生が「東大とか目指してみたら?」と言ってくれて。「こんな僕でも、東大受けていいんだ!」と思ってから、東大受験を目指し始めました。

東大受験で人生2度目の敗北。負けず嫌いが加速する

ー東大を目指すことは、周りに伝えましたか?

親や友達に宣言しておけば逃げ道がなくなると思ったので、あえて周りには積極的に伝えていました。

ー周りの反応は?

親は「え、東大……?!」と驚いてましたね。

ー「無理だよ」、「辞めときなよ」といったネガティブな言葉はなかったですか?

それはなかったのですが、私が通っていた中高一貫校は毎年東大に受かる人が1人いるかいないかだったので、「何でそんなに勉強してるの?」という空気はありました。

周りの誘惑や視線に負けないよう勉強し続けるのは、大変ではありましたね。

ーそこも、負けず嫌いな性格から乗り越えられたのかもしれませんね。受験の結果は?

結果、落ちてしまって。中学受験の失敗も含め、「また負けたのか」という敗北感が残りました。

あと、当時の親友が高1くらいまでは頭が良くなかったのですが、いつも私と一緒にいたので自然と勉強するようになり、成績も伸び始めたんです。そこで私が「お前も東大受けてみれば?」と煽ったら、ほんとに東大受けて現役で受かったんですよ。

落ち込んでるときに追い打ちをかけられて、さらに「負けたくない」という気持ちが強まりましたね。

―それはものすごく苦しいですね。

ただ、そこで負の感情を抱いたわけではなく、「もう1回勉強をやり直そう」と浪人を決意したんです。浪人することは怖かったですが、結果そこでも良い仲間に恵まれました。

「今の政治に対してどう思う?」と聞かれて、「何も考えてなかった……」と焦ることも多々あり。視座が高い友達と1年間授業を共に過ごして、「こんなこと考えて生きてるんだ」という発見もあり面白かったです。

勉強のストレスは勉強で発散!勉強漬けの浪人時代

ー浪人時代のタイムスケジュールを教えてください。

最低でも8時間は寝たいと思っていたので、起きている時間はすべて勉強に充てていました。お手洗いへ行く時間やご飯を食べている時間、お風呂に入っている時間、移動時間などのデッドタイムには、イヤフォンで予備校の授業を倍速で聞いてましたね。

今まで2回受験に失敗したことから、才能はないと実感していたので、勉強量で何とかしてやろうと思っていたんです。

ー勉強漬けにすることでストレスもたまると思うのですが、どのように解消していましたか?

勉強のストレスは勉強で解消するというサイクルを作っていました。

模試の成績が悪くて落ち込むと、みんな現実逃避して遊ぶことで切り替えようとしがちじゃないですか。でも本来は、成績が悪かったのならすぐに勉強し始めた方が合理的ですよね。

だから私は落ち込んだときこそ勉強に集中して、「こんなに問題が解ける!」、「ここ忘れてたけど、思い出せて気持ち良い!」と思うことでストレス発散をしていました。

ー勉強で失った自信は、勉強で取り戻していたんですね。それでも気持ちをコントロールするのはなかなか難しいと思うのですが、工夫されてたことはありますか?

負けず嫌いだったので、先に東大に合格した親友に負けたくないという気持ちを原動力にしていました。

あとは周りに支えられましたね。受験直前3日間は特にメンタルが不安定になって、思考が急に止まってしまって。そのときは中高の友達がくれた色紙を見たり、メモに残していた先生たちの名言を見たりすることで精神を安定させていました。

ー1年浪人されて、見事東大に合格したんですよね。合格発表の日、結果を見たときの気持ちは?

結果を見た瞬間は、安堵感でいっぱいになりました。「これで親を安心させられたかな」とホッとして。合格発表日の帰りに、予備校メンバーと一緒に祝勝会へ向かう電車の中で、初めて「嬉しい」という感情があふれてきたんです。

親友の変貌した姿を見て、長期インターンに可能性を感じる

ー東大に入学してからどのように過ごされていたか教えてください。

入学後、3か月くらい経つと普通の大学生活に飽きてきて。せっかく東大に入ったのに、他の大学へ行った人たちと変わらないことをしてるなと思い、イベント企画サークルへ入りました。

1,000人規模のイベントを企画するサークルで、周りの人は1つのイベントに対して平均3~4人くらい誘っていたのですが、私は100~150人くらい誘いました。先輩とか関係なく、ぶっちぎってやろうと思ってたんですよね。

ーここでも負けず嫌いを発揮したんですね。

その甲斐あって、後にインターンすることになる会社の人にお声がけいただき、それから長期インターンを始めることになりました。

ー長期インターン時代、印象的なエピソードがあれば教えてください。

インターンしたベンチャー企業の社長が太っ腹で。インターン生が寝泊まりするためだけに部屋を借りてくださって、週4~5日はそこに泊まって「事業アイデア10個出すまで寝れません」という遊びをしながら学んでいました。

ーそこからどのように事業アイデアが思い浮かんだのでしょうか?

私が長期インターンを始めた頃、親友が全然就活うまくいってなかったのがきっかけです。東大経済学部にいてTOEICもほぼ満点でコミュニケーション能力もあるのに、何で上手くいってないのか不思議だったんですよ。

そこで「今長期インターンやってるから、修行しに来なよ」と親友を誘ったんです。するとみるみるうちにとんでもない難関企業に何個も受かり始めて。それを目の当たりにしたときに、「もしかしたら長期インターンで人生が変わるかも」と思ったんです。

ー実際に事業化するまでの流れをお聞かせください。

インターン先の方に、「本当に長期インターンで人生は変わるのか試してみたいので、ベンチャー企業を集めて欲しいです。僕が高学歴の学生100人くらい連れてくるので」とご相談したことで、イベントを開催することができました。

そのイベントをきっかけに、実際にインターンを始めてくれる学生が何人もいて。企業さんも満足してくれました。「人生が変わった」、「今まで何となく生きてきたけど、本気で考えることができた。ありがとう」と言ってもらえる機会が増えたんです。

「人生が変わった」っていう言葉って、そんなに人から言われることないじゃないですか。そこに面白さを感じて、「これ企画じゃなくてサービスとしてやってみたら面白いんじゃないか」と思い、起業を決意しました。

組織崩壊を乗り越え3つの事業を展開。みんなが “なりたい未来” を描けるように

ー起業して「JobShot」を立ち上げるまではとんとん拍子でしたか?

まったくそうではないです。JobShotの立ち上げまでに、一度組織を崩壊させてますしね。

当時は売り上げを作れていなかったので、社員を不安な気持ちにさせてしまってたんです。あと、すべて自分1人で抱えて上手く役割分担できていなかったのも、社員が離れてしまった原因だと思います。

ー社長たるもの全部知ってないといけないというプレッシャーがあったんですね。

そうですね。組織崩壊を経験したからこそ、「社員には社員の人生がある」ということに気づけました。一人ひとり描いている人生があって、その中で私の会社をどう活用するか考えるのが当たり前だと思ったんです。

ー組織が崩壊して、再度奮起できたのはなぜ?

友達が「俺が一緒にやるから、頑張ろうよ」と言ってくれて、「こんな状況の中でも一緒にやってくれる人がいるんだ」とハッとしたからです。あと、せっかく起業したのにここで立ち退いたらダサいと思ったのもありますね。

ーここでも負けず嫌い精神と、周りの環境が作用したんですね。JobShotを立ち上げてから、2つのサービス「スタディコーチ」と「CLOUD GYM(クラウド ジム)」を展開した経緯をお聞かせください。

コロナが流行り始めた頃、もしかしたらパンデミックになるかもしれないと予感して。そうなると会社に余裕がなくなり、新卒採用や長期インターン市場は縮小していくと思ったんです。

これだけ優秀な社員が人生をかけて頑張ってくれているのに、JobShotだけだと船を沈ませてしまうかもしれないことを危惧して。そこで当時興味があった「オンライン×コーチング」のビジネスを展開しようと決意し、立ち上げました。

ー2つのサービスは現在順調ですか?

まだまだではありますが、2つとも事業としては成立しそうなラインまで来ています。ここからどのようにお客様を獲得して、継続させていくか考えていくフェーズに入っていますね。

ーここで改めて、株式会社Buildsのミッションをお伺いしてもよろしいでしょうか。

「なりたいになれる未来を」をミッションとして掲げています。私も良き師匠や仲間と出会ったことで、なりたい未来が定まり、そこに向かって努力しているので幸福度は高いと思っていて。

一方で、自分が何をしたいかわかってない人はたくさんいると思うんですよね。そういう方たちに対して、「なりたい未来を決めて、それに対して努力できる」手段を提供したいと思っています。

ー最後に、これから起業したいと思っている方へのメッセージをいただきたいです!

起業したいと思っている人が1万人いるとしたら、実際に行動に移す人は10人くらいだと思うんですよ。その中で継続できる人は1~2人だと思ってて。起業したいと思っているのであれば、まず登記を取っちゃえば10人には入れますよね。

特に学生時代は会社を潰したとしても1番リスクが低い時期だと思うので、とりあえず起業して、ダメならダメで就職すればいいと思います。そのとき反省して、もう1回起業することもできますしね。

失敗しても失うのは20~30万円の登記費用だけなので、とりあえず登記を取りに行くことをおすすめします。すぐに行動できる人ほど正しい時期に正しい師匠と仲間に出会えると思うので、ぜひ考えるより行動してみてください!

ー橋本さんのお言葉で、起業しようか迷っている方も一歩踏み出せそうですね。橋本さんの今後のご活躍も楽しみにしています!本日はありがとうございました。

取材者:吉永里美(Twitter/note
執筆者:Moriharu(Twitter
デザイン:五十嵐有沙(Twitter