日常の積み重ねがよりよい社会になる。暮らしを灯すデザイナー・原田馨子が毎日の暮らしを大切にする理由

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第334回目となる今回は、暮らしを灯すデザイナーの原田馨子(はらだかおるこ)さんです。

暮らしが少しでも楽しくなるデザインをコンセプトに、大学生とデザイナーを両立する原田さん。ランドスケープ的思考やフェミニズムを研究しながら、日常や暮らしを見つめる彼女が大切にする核の部分に迫ります。

 

人とのつながりやプロジェクト経験が大きな一歩に

ーまず最初に、自己紹介をお願いします。

慶應義塾大学の総合政策学部で学びながら、暮らしを灯すデザイナーとして、デザインを中心に毎日の暮らしが楽しくなるようなデザインを制作しています。

メインの活動としては、大学の友人と2人で、ほっと一息つく場をつくる「キッチンカーあったまる」のプロジェクトを立ち上げました。そのほかにも友人のプロジェクトにデザインや企画面で携わっています。

ー「暮らしを灯す」とは、どのような想いをデザインに反映しているのですか?

暮らしというと「衣住食」が中心で、身のまわりや日常に根付いているものです。人々の暮らしが少しでも楽しくなってほしい。人からもらった贈り物のパッケージが可愛いと幸せな気持ちになるように、そういう積み重ねが実は楽しい毎日につながっているのだと思います。

ー大学で2つの研究会に所属しているとお聞きました。どういった研究会に所属しているのかと、入ったきっかけを教えてください。

ランドスケープ的思考を専攻する研究会と、人文学系の研究会の2つに所属しています。

最初に所属したランドスケープの研究会では、研究会のなかでいくつかプロジェクトがあります。研究会でいろんなプロジェクトに挑戦していくうちに、自分がデザインを使ってなにをしたいのかわかってくるのではないかと思ったことがきっかけです。

人文学系の研究会はデザインとは別で、日常的にフェミニズムに関心が出てきたので、フェミニズムについて研究したくて入りました。

ーご自身の興味を行動につなげて、研究されているところが素敵ですね。高校時代はどのような生活をおくっていましたか?

バトミントン部で、普通の高校生という表現がぴったりな学校生活でした。特に思春期だったこともあり、あまり楽しめないと感じていたように思います。

もちろん楽しいこともありましたが、今振り返ると縛られていた感じがしますね。

ーその後はAO入試を受けて、慶應義塾大学へ進学されたと伺いました。どういった経緯で進路を決めましたか?

推薦入試を考えていたのでAO入試対策に特化した塾に通い、そこで憧れの先輩に出会いました。その先輩が私には、芯がしっかりして、自分がやろうと思ったことに飛び込んでチャレンジができ、しかもそのチャレンジを続けられる人だと感じられました。クラスと部活動という狭いコミュニティにいた高校生の自分から見ると、外の世界で活動する先輩が素敵で、先輩のような大学生になりたい気持ちが芽生えました。

「自分もこんな人になれるのかもしれない」と希望を抱くことができたので、先輩と同じ大学に行こうと決めました。

ー希望の大学に入学されてから、大学生活はいかがですか?

過ごしやすい大学生活だと思います。中高時代の自分に比べたら、少しずつ自分を認められるようになり、昔から責任感が強くて抱え込むところがあったけど、分担して人に共有できるようになってきました。少しずついい方向に変化している感覚があります。

あと、私の悩みに付き合ってくれる友人が多いですね。深掘りにとことん付き合ってくれて、物事にきちんと向き合うことをコンスタントに続けられています。深い話ができる友人と出会えてよかったです。

ー「キッチンカーあったまる」のプロジェクトはいつ頃、どのようなきっかけで始められたのですか?

構想を始めたのはかなり早くて、大学に入って1週間経ったくらいですね。今一緒にやっている相棒と出会う前から、お互いキッチンカーをやりたいと周りに話していたんです。それを共通の友人がつなげてくれて、そこから一緒にプロジェクトを始めました。

実は私たちの前に、大学内でキッチンカーを出していた方がいて、その方にお会いする機会があったんです。人がキッチンカーカフェの前に集まって、おしゃべりするシーンを目撃して、自分でもやってみたくなったんですよね。人とのつながりを大事にしている姿勢が素敵でした。私も人とのつながりに興味があったので、そのような場を提供したいと思いました。

ーいつ頃から人とのつながりに興味を持ったのですか?

自覚したのは割と最近ですね。でも中高時代に居づらさや窮屈さを感じていたので、ないものねだりじゃないけど、そういう面でより一層つながりに興味が出てきたんだと思います。

自分にとって居心地のいいところというか、自分も相手も無理せず素直にフラットでいれる場所があるんじゃないかなと思っていて。このコミュニティではうまくいかなくても、きっと別のところがあるかもしれないし、コミュニティに属さない方がフラットにいれる人もいると思います。

ープロジェクトを始めたことで得た学びや、原田さんのなかにあった内面の変化について教えてください。

実際に手を動かすことで、デザインに興味が出てきました。あとは、思ったよりもいろんな人に助けられてプロジェクトが進んでいますね。例えば、研究会の先生や大学周辺の地域で飲食店を営んでいる方、それこそキッチンカーに来てくれる友達が応援してくれて、そういう人の支えがある関係性の中で私たちはキッチンカーをやっているんだと実感しました。

 

デザインは、なにかを実現するための手段

ー実際やってみて動いたからこそ、人の支えや関係性を実感できたのですね。デザインは未経験だったそうですが、大変ではなかったですか?

そうですね。デザインはやったことがなかったので、少しずつ独学で勉強しながら勉強を兼ねて制作しました。

デザインに興味があることを周りに伝えたら、「やってみたらいいじゃん」と後押しをしてくれる友人や、デザインしたものに対して褒めてくれる人が多かったんです。肯定的な楽しい循環からスタートしたので、それがとてもよかったですね。続けられる一つの要因だった気がします。

ーそのあとは、インターン先でもデザインに関わったとお聞きしました。

本格的にデザインの勉強をするにあたって、社会でデザインを仕事にするにはどれくらいのスキルが必要なのか知りたかったんです。未経験のデザイナーでも受け入れてくれたインターン先で働きましたが、かなりのハードワークで、デザインを生業にすることの厳しさを知りました。

最初はデザイナーになりたい、デザインで食べていきたいと思っていたけど、インターンで働いてからは、デザインだけではなくてその想いやコンセプトを考えるところにも関心を持つようになりました。

私はものづくりがしたいというよりも、なにかのツールとしてデザインを役立てたいんじゃないかと気づいたんです。インターン先で得たスキルは、もちろん今でもかなり役立ってるし、それに助けられることも多くあります。

でもデザイン一本ではなくて、デザインがツールになるような方向に行きたいと思い、自分が何をしたいのかを考え始めました。

ーインターン経験を通して、なにをデザインしたいのか考えるきっかけになったんですね。具体的にどういうものをデザインしたいのか見つかりましたか?

なにをデザインしたいのかは、今も探している途中です。

デザイナーになりたかったときは、自分の外側に自分を探していた気がします。何者かになりたくて、だからデザイナーのような肩書きがほしかった。今の自分ではない自分にならなきゃという気持ちがあって、外側に追い求めていたんです。でも、自分はなにをやりたいのか、自分はなにが好きかを考えるうちに、考えが自分の内側に寄ってきた何者かになるより、自分に立ち戻って自分を深めていく作業に変わってきた感じがあります。答えは出ていないけど、目標を決めて動くより、さまざまな経験をしたのちに振り返ると「実はこういうことがしたかったのかな」という形の方向に寄っている気がします。

ー逆算ではなく、今の原田さんがやりたいと思った興味関心に沿って、いろんな行動を起こしていくイメージですか?

そうですね。あとは、あまり興味がなかったけど、履修してみた授業がよかったこともあるし、偶然参加したプロジェクトでいいことが起きる出来事もあれば、逆にこれが嫌だとわかることもあると思います。そこから将来について考えることができたり、自分にとって楽しいと思えたりするのかもしれないですね。

 

自分自身と向き合い続けて見えてきたもの

ーインターンをやめてからは、どのように過ごしていましたか?

実はインターンをやめようと思ったときに、デザイン以外の分野を勉強して、その分野にデザインを応用できたらいいなと感じていました。

ただその分野がなにかわからず、とりあえず時間ができたので学校の授業を受けて、ひたすら人に聞いたおすすめの本を読むことをしていましたね。環境問題を自分で勉強したり、フェミニズムの本を読んでみたり、西洋美術史を勉強したり、自分がおもしろそうと思ったことや、友人の興味分野をのぞいてみました。

そのなかで、身近に問題意識を持つものがあって、その中の一つがフェミニズムです。

ーフェミニズムのどういったところが、当事者意識をもつようになったのですか?

『82年生まれ、キム・ジヨン』で、主人公のキム・ジヨンは、夫と自分で賃金を比較すると自分の方が低いから、働きたいのに育休をとらざるをえないシーンがあります。それを読んだときに、自分が将来働いて結婚してからも遭遇する可能性があると感じました。

それまであまり意識したことはなかったけど、実はまだ女の子だからとか、むしろ逆で男の子だからみたいな理由でバイアスがかかって、生きづらいことがあると思います。

あの小説がきっかけで、問題意識や当事者意識につながったのかもしれないですね。他人事じゃないと明白に思ったのを覚えています。自分ごとになった瞬間でした。

いろんな本を読んでみると、当たり前だけど現在進行形の問題が多いんです。勉強していると辛いこともたくさんあって目を背けたくなる。それでも背けちゃいけない問題だと思ったから、研究にすることで昇華できることがあると思いました。

自分の問題意識を研究にすることで、背け続けるんじゃなくて向き合い続けることを選びたいと思い、研究室に入ることを決めました。

ー研究テーマにすることで、ある程度距離感がうまくできるので、向き合いながら客観視できるのかもしれないですね。

そうだと思います。研究の場になることで、人と話しやすくなりましたね。日常生活でフェミニズムの問題を話しても、「敏感すぎる」「繊細すぎる」と言った反応がかえってくることもあります。だけどプライベートでなく、研究テーマとして発表すると、フェミニズムに精通した教授がいて、自分の考えを深く掘り下げてもらえるし、それに対してのフィードバックが実りあるものになる気がしています。

ー大学2年生に進級されてから、コロナで学校生活や授業、研究など環境が大きく変わったと思います。デザイナーの活動も含めて、どういうふうに生活が変化しましたか?

私は忙しい状態が好きというか、研究会やインターンもして、あまり自分と向き合うことや考える暇が本当にない生活を送っていました。自粛期間になったことで忙しさが少し減って、移動がない分、忙殺された日々から急にぽかんとした時間があって、いやでも自分のことを考えてしまう時期でした。でもそれが、今となってはよかったのかなと思います。

それまでは目の前にあるものをこなすことに必死すぎて、自分はなにが好きなのか、逆に怒っていることはなにかといったことに鈍かったですね。仕事をこなすことに精一杯になりすぎて、あまり日常や暮らしが見えていなかった。でも私は日常や暮らしをとても大事にしたいタイプだと気づいて、そこから自分で自分の機嫌をとるにはどうしたらいいのか、なぜ自分が落ち込んでいるのか、なにがストレスなのかを考えられました。

ーご自身と向き合ったことで、「暮らしを灯すデザイナー」に辿り着いたのでしょうか?

そうですね。「暮らし」というものが実は自分と地続きで、日常をちょっと楽しくしたいということとつながったところにあるんですよね。そこでちょっとしたハッピーをつくるためのデザインができたらいいなと思い始めて、今は「暮らしを灯すデザイナー」でありたいです。

ー日常にハッピーをもたらせるデザインをするために、どのようなことを意識してデザインをされていますか?

ケースバイケースですが、デザインは割と合理的なところがあるんですよね。自分がこうしたいといったセンス的な部分より、依頼してくださった人がどういったデザインにしたいかや、どのような人に伝えたいかを、ちゃんと聞いて汲み取れるようにしています。自分の好きなデザインというより、相手が大事にしていることを一緒に大事にできるデザインがいいと思っていますね。想いを汲み取り、それを形にできるデザインをしていきたいです。

ー「キッチンカーあったまる」のほかに、今までどういったプロジェクトに参加されましたか?

友達のWebサイトやポストカードの制作、研究会で展示会のデザインを担当させてもらったこともあります。ありがたいことに、周りも活動的な人が多い環境なので、やりたいことがあるからデザイン面で協力してほしいと言ってくれる人がいて、そこに参加する形が多いですね。

お声がけされたら、基本的に断らないようにしています。自分の興味軸だけで活動すると範囲が狭まってしまうのもあるし、純粋に声をかけてもらえたら嬉しい。そこからつながるご縁や発見があると思うので、あまり選ばないようにしています。声をかけてもらったら、苦手な分野だったとしても、相手と一緒に作っていきたいです。

 

自分の中にある核を大事に、日常や暮らしを見つめていく

ー原田さんが日々の暮らしで気遣っていることはありますか?

暮らしや日常の積み重ねに私たちがあって、その私たちの積み重ねで社会全体があることを、フェミニズムについて学ぶなかでより強く実感するようになりました。

傷ついている人やこの問題で困っている人がいる話をニュースで聞くけど、どこか他人事になってしまうことが多い。それでも目の前で転んでいる人がいたら、手を差し伸べてあげるように、身のまわりの人への想像力や心遣いの積み重ねが日常にあって、その日常や暮らしの積み重ねで、きっといろんな人が住みやすい社会にできるんじゃないかなと思います。

社会を変えようというのも素敵な心意気だと思いますが、今の自分にはしっくりこないんですよね。社会の前に、恋人や友達、知り合いなど自分の半径1メートルくらいの手が届く範囲の人に対して想像する心遣いや優しさがあるから、当事者意識が持てるのではないかと思います。だから、そういう意味でも暮らしを大切にしたい。日常や暮らしのフィールドを見つめることは大事ですね。

ー「日常を大切にして自分を見つめ直す時間」と、「対外的に頑張って何かを成し遂げるための行動」の両立は難しいという意見もあるかもしれません。それに対して、原田さんはどう思われますか?

「自分の中の小さな自分が伝えてくることを大事にする」。

友人から言われた、今でも大事にしている言葉です。

目の前のやるべきことに追われていると、なりたい自分はなにか見えなくなるけど、絶対これだけは譲れない大事にしたいことが実は誰にでも一つはあるんじゃないかと思っています。

私にも譲れない軸があると気づいたんです。それを大事にすることさえ守っていれば、対外的に頑張ることと、自分を大事にすることのバランスがどうあってもいいと思います。

自分を大事にしたいけど、今ここは踏ん張りどころだと思ったら私もよく夜更かしするし、食事もおざなりになります。でも結局は自分の軸は大事にしているから、自分に対して許せるようになりました。

ー今後、原田さんがやっていきたいことやビジョンを教えてください。

進路は迷っていますが、フェミニズムや自分が関心をもった領域に対して、考え続けていきたいです。そこにあわよくばデザインが混ざりあって、自分も含めて問題意識がある人だけではなく、誰かに寄り添えるデザインをしたいですね。私の場合、「やさしい人でありたい」というのが自分の中にあって、それだけは離さずにこの先も進んでいけたらいいなと思います。

取材:中原 瑞彩
執筆:スナミ アキナ(Twitter/note
デザイン:五十嵐 有沙(Twitter