美容師はライフスタイル想像職。美容師 米田星慧が伝える「挑戦し続ける素晴らしさ」とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第297回目となる今回のゲストは、「美容室GOALD(ゴールド)」執行役員の米田 星慧(よねだ せいえ)さんです。

一人ひとりの生き方にスポットライトを当て、誠実に真っすぐ接する「心友」のような美容師スタイルで、今、若者から最も支持されるスタイリストとして知られている米田さん。

そんな米田さんが、美容師としてただ髪を切るのではなく、「あなたの心に触れること」をテーマにカットをするようになった経緯をお伺いしました!

熱意の源は、その先にいるお客様

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

美容室GOALDで執行役員をしている米田と申します。全国の「好きな美容師ランキング」で2位、20代では2年連続で1位を取らせていただきました。

美容師の仕事以外では、学生の校則を直すプロジェクトや、全国の美容学生への講演会、あと最近はメンズメイクの検定を作ったりもしています。美容師をやりながら様々な活動をやらせていただいてますね。

ー全国に美容師が53万人以上いる中で、1位なんてなかなか取れるものじゃないですよね……!米田さんの肩書で、「47都道府県からお客様が会いに来る」と書かれているのをよくお見かけします。

全国47都道府県から毎年コンスタントにお客様にご来店いただいてます。今はコロナ禍で難しいですが、2020年までは土日になると地方のお客様で朝からご予約が埋まっている状況でした。

朝から北海道、福島、徳島の方と順番にお会いするとなんだか不思議な気持ちになりますし、髪を切るために東京まで出てきてくれるのは本当にありがたいです。

ー米田さんがなぜここまで愛されるようになったのか、幼少期からさかのぼってお伺いします。幼少期はどのように過ごしてましたか?

小学生の頃は習い事でダンスをやりながら、よくおじいちゃんと将棋をしてました。その頃からなんとなく「頭を使うのは好きだな」と感じてましたね。

ー頭を使うことが好きということは、勉強も?

勉強は好きというより、やらなきゃいけないと思ってやってました。勉強が楽しいとは感じてなかったですね。美容師になってから技術や知識が増えるのが楽しいと感じるようになったので、お恥ずかしながら勉強の楽しさを知ったのは20歳を超えてからです。

ー受験の勉強と、美容師の技術や知識を増やす勉強の違いを教えてください。

受験勉強は自分が希望の学校に行くためにするので、そこに他人は関与してないじゃないですか。一方で、美容の勉強はその先にお客様の豊かさが存在するんです。

自分自身のためだけに頑張るのではなく、その先に喜んでくれる方がいると、より頑張る熱意が出るんですよね。

「米田家で生まれてできないことはない」と家族を説得

ー中学・高校時代はどんな学生でしたか?

高校生の頃、学校の仕組みに違和感を感じるようになって。「何でこれって必要なの?最善の方法は?」と考えるようになりました。

それを周りに話すと「何考えてるの?」となること多くて。良くも悪くも、自分が着目する点は周りとけっこうズレてるのかもと感じていました。

ー高校生の頃から原因の追究をしていたんですね。美容師への道を志したのはいつ頃でしょうか。

中学のときに通っていた床屋さんで言われた一言がきっかけです。中3の受験期は、1日15時間勉強してたんですよ。どうしても家の近くにある進学校に行きたくて。

そんなときに当時通ってた床屋さんで、「髪切る人は勉強しなくていいんだよ」と言われて、美容師の道を目指すことにしました。1日15時間勉強してる子にとって、「勉強しなくていい」ってドラッグみたいな言葉じゃないですか。

人の笑顔を見るのが好きだったこともあり、美容師はそれが日常的にある仕事でもあるので、美容専門学校への進学を決意しました。

ー美容師の専門学校に進むことを伝えたとき、ご家族の反応は?

ぶちぎれられました(笑)。専門学校の願書は親に内緒で出しましたもん。

今より10年以上前なので、「美容師なんて稼げないし、成功するのは一握りだよ」と言われていたのですが、何とか説得しました。

ーどうやって説得したんですか?

「俺、お父さんもお母さんも兄貴も好きで、その3人に育ててもらってできないことってあんの?」と言うと、「何なんだろうこの子は……」みたいな空気になってきて(笑)「米田家で生きてたら何でもできると思うの俺だけ?」と聞いたら、「じゃあもういいんじゃない」となりました。パッションだけでいきましたね。

ー美容師に対する熱量というよりは、家族に対しての本気度を伝えたんですね!この家族だったら大丈夫と本気で思ってるのが伝わったんですね。

そうですね。「この家族だったら大丈夫」というのは、今も本気で思ってます。

世の中で1番難しいのは、自分との約束を守ること

ー高校卒業後、専門学校に進学してからはどのように過ごされたか教えてください。

絶対に美容師として成功すると覚悟を決めていたので、「国家試験に受かる」ことと、「行きたいサロンに絶対に入る」ことしか考えてなかったです。クラスの飲み会は全部欠席してましたし、LINEに専門の友達はいませんでした。

ー入学前はみんな気合いを入れますが、いざ入学すると楽な方に流れるパターンが多いと思います。そんな中で米田さんは、なぜ目的がブレなかったのでしょうか。

昔から、「継続=心の強さ」だと思ってて。1度やると決めたことは、終えるまでやめないことを徹底してるからですね。

ー目的に向かってまっすぐ走った専門学校時代だったんですね。

そうですね。高校生のときに、人として最も難しいのは何か考えたことがあって。人との約束なんか誰でも守れる。人生で1番難しいのは、自分との約束を守ることだと思ったんです。

自分との約束さえ守れば成功できると確信していたので、すべてのものごとを始めるときに必ず自分と約束して、それを守ることを追求しました。僕が酒・タバコ・夜遊びを絶対にしないのも、自分と約束してるからです。そういう小さな約束も守り続けることにこだわってます。

ー自分との約束を守ることが人生で1番難しいと結論づけられたのはなぜ?

周りを客観的に見て、「世の中、心の弱さが勝敗を分けてるのかもしれない」と思ったからです。スポーツ選手とか見てて、「どうしてこの人たちは活躍するんだろう?」と考えてみると、勝利に対する熱狂度が違うと思ったんですよ。

それからは、1人でも熱狂し、挑戦し続けることを大事にしてます。

温かい目で見守ってくれる大人と出会い、GOALDに行き着く

ー専門学校卒業後、美容師になった米田さん。なりたてのときは何を感じていましたか?

美容師で成功するために自分に何が足りないのか客観視してみると、まずは美容師としてより社会人として一人前になる必要があると思って。当時、男の子をかっこよくする男でありたいと思っていたので、メンズで1番有名なサロンに入って社会人とは何か追求しようと思いました。

そこで社会に関して学び、社会人とは何か見えた瞬間、お店を辞めました。その後、美容師として最大の輝きとは何かを追求したいと思い、影響力のあるお店に入ることを決めたんです。

ー美容院を2回辞めたのはネガティブな理由ではなく、ご自身の目的のためだったんですね。1つ前のサロン「OCEAN TOKYO(オーシャン トーキョー)」との出会いについてお聞かせください。

OCEAN TOKYOは、僕が最初に入った「美容室 LIPPS (リップス)」で働いていた高木 琢也(たかぎ たくや)さんと、GOALD 社長の中村 トメ吉(なかむら とめきち)さんが作った会社で。その2人は僕が学生のときの、メンズの頂点だったんですよ。最初に入ったサロンにいるときから、2人が会社を立ち上げることは知っていました。

美容師の仕組み上、年配の方がたくさんいると、自分に役職が回って来ないかもしれないと思い始めて。若くして執行役員を任せてもらうには、環境的要素がある程度大事だと思ってましたし、メンズの頂点である2人のもとで学びたいと思ったのでOCEAN TOKYOへ入りました。

ーOCEAN TOKYOで得たものは?

最初のアシスタント時代は、忙しすぎてマジで記憶ないです。すべての期間を振り返ると、ひたむきにまっすぐやれば応援してくれる人が現れることを知れたことが1番大きいですね。

昔から先生や同級生から応援された記憶なくて。仲がいい友達にも「美容師になってどうすんの?」と言われてましたし。だけどOCEAN TOKYOで働き始めてから、背中を押してくれる大人に出会い始めたんです。

まだ何も成し遂げてない自分を信じてくれる人に出会えたことが、1番の価値ですね。

ーそれからGOALDへ移籍した経緯を教えてください。

OCEAN TOKYOは大きい会社なので、学校の校則やメンズメイクなど、僕が世の中に感じている想いを形に出来ないなと思って。じゃあ自分でやった方が早いと思い、独立も考えたんですけど、経営はしたくなかったんですよ。

そんな矢先に中村トメ吉さんが退職して独立するという話が出て。同じ系統のお店を作るのに、一緒にやらないのはもったいないと思い、すぐに中村さんに相談して「じゃあ一緒にやりますか」となりました。

ーGOALDはコロナ禍でもいち早く休業されてましたよね。そういった判断は経営陣でされてるんですか?

決定は最終的に役員メンバーでしますが、けっこう僕の感覚を信じてもらってますね。「せい、時代的にどう思う?」とよく聞かれます。

コロナのときも、「僕的にですけど、休んだ方がいいですね」という意見を取り入れてもらえました。すごく信頼していただけてますし、逆に僕もよく相談をします。そんな2人の関係性が心地いいし楽しいです。

お客様のライフスタイルを想像できる美容師になりたい

ー米田さんはなぜそんなに熱量を持ってものごとに取り組めるのでしょうか。

毎日若い子たちから「今日こんなことがありました」というDMが100件くらい来るんですよ。それを見るだけでも感じることはありますね。伝えてくれる子たちがいるので、走り続ける理由はそれだけで十分だと思います。

ーそういった言葉をもらえるのは、米田さんが相手に対して変化をもたらしているからだと思います。相手に影響を与える秘訣を教えてください!

僕が思うに、恋愛でもなんでも、その人にとって初めての人であり続けることがすごく大事だと思っていて。「初めてああいうタイプに出会った」みたいなのって、忘れないじゃないですか。

人は、心に衝撃があったときしか変われないと思ってるので。初めての人であり続けるために日々努力しています。

ー変えるのが大変な人に対しては、どのように接してますか?

ほんとに変わりたいと思ってるかどうかがものすごく大事だと思っていて。大体の人は変わりたくないと思ってるんですよ。なぜかというと、本心じゃないから。

お客様と話すときも、なぜ変わりたいかと、なぜ自分が変われないかを口に出してもらうまで聞き続けないと意味ないと思ってて。例えば「受験受かりたいけど、なかなか勉強できないです」と相談されたら、「なぜ?」と聞き続けます。

ときには「どうしてもゲームやっちゃうんだったら、大学落ちて親泣かせたらさすがに変わるんじゃない。親泣かせてもゲームしたいんだったら、ゲームで結果出した方がいいよ」と、わざと口悪く伝えますね。

ーあえて口を悪くして伝えるのはなぜ?

今の時代、洗練しすぎると伝わりづらいと感じていて。完成した言葉を投げちゃうと、うなずくだけで終わっちゃうと思ったので、わざと乱雑に伝えるようにしてますね。

講演会のラスト15分はマイクを捨てて、何百人の学生の前で「お前たちがやんねえからいけねえんだよ!逃げんじゃねえよ!」みたいな伝え方をしてます。そうすると良くも悪くも、それに対して思うこと伝えてくれるんです。

「感動しました」もあれば、「正直むかつきました」もありますけど、自分の評価なんてどうでもよくて。その子たちが入る空間を作ってあげることで、自分事に置き換えられるようにすることをものすごく大事にしています。

ー最後に、米田さんが今後どこへ向かうのかお聞かせください!

美容師=技術職ではなく、美容師=ライフスタイル想像職という形を取っていきたいです。

小学生から政治家の方まで、多種多様な方々と毎日ふれあっていると、人生の悩みを聞く機会が多々あるんですよ。悩みを聞くだけでなく、悩む根本の原因まで壊せるんじゃないかと思ってるので、これからも来てくれるお客様の問題の原因となっている部分まで、変えていけるような美容師になりたいです。

美容師という仕事を通して、世の中に対して挑戦することの素晴らしさを届けていきたいと思いますし、私欲にまみれずに他人の願いを叶えていけるような人間でいたいですね。

ー米田さんは今後、世の中の社会問題にどんな風穴を開けるのでしょうか。今まさに米田さんが体現されている「心と髪型を変える」が美容業界に広まって、いち顧客としてサービスを受けるのがものすごく楽しみです!本日はありがとうございました。

取材者:吉永里美(Twitter/note
執筆者:Moriharu(Twitter
デザイナー:五十嵐有沙 (Twitter