自分にとっての「幸せな生き方」を選択するまで NPO法人職員 兼 書道家の金子泰之さん

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第282回目となる今回は、NPO法人職員 兼 書道家の金子泰之さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

現在、NPO法人職員 兼 書道家として2つの分野で活躍をしている金子さんに、2足の草鞋を選択した経緯やここまでの半生について詳しくお伺いしました。

きっかけは母のすすめ。書道に没頭する

ーまずは簡単に自己紹介をお願いいたします。

現在、NPO法人の大学生ボランティア団体の職員をしています。主に大学生がボランティアに参加する機会を提供したり、現地の方との調整などをメインに業務にあたっています。

また、幼少期から書道を習っていて、現在は書道家としても活動をしています。

ー書道を始めたきっかけをお伺いできますか?

書道を始めたきっかけは、母のすすめでした。私が通っていた幼稚園の友達のおばあちゃんが書道教室を運営していて、母から教室に通うことを勧められたことがきっかけです。

その後、友達から文字が綺麗だと褒められることが嬉しくて書道に通い続けてました。

書道にのめり込んだのは、中学校の環境が1番でした。塾の先生から「君たちの中学校の同学年の頭の良さは異例だ」と言われるくらい優秀な子が多かったです。

私は小学生の時から勉強をがんばっていたのですが、秀才な子が多く、勉強で同級生には勝てなかったのです。ほかの誰にも負けないものを考えた時に「字の綺麗さなら誰にも負けない」と思ったのが書道にのめり込んだきっかけですね。

私もそこそこ勉強ができるほうだったのですが、それでも200人中50人くらいでした。さらにみんな勉学に加え、スポーツもできる人が多かったので、自分の中で自分の存在価値を見つけるための葛藤がありました。

ー自分の存在価値を考える中で書道を続けていく結論に至ったのですね

そうですね。中学生時代に軟式テニスのサークルに入りましたが、書道のある日はテニスを休んで書道教室に通うくらい、書道の優先順位が高かったです。

私は一緒に書道を始めた同級生が書道教室をやめていく中、小学校・中学校に行っても書道を続けていました。

ーまわりの同級生が書道をやめていく中、書道を続けることに迷いはなかったのですか?

続けることに迷いはなかったです。書道を続けられた理由は2つあって、自分との相性と私の性格に合っていた点だと思います。

サッカーを習っていたこともありましたが、すぐに集団戦は自分には合わないと思ってやめてしまいました。でも、友達はお習字の授業は苦手で嫌がっていましたが、サッカーは一生懸命続けていたので、相性は大事だと思いました。

また、1人でコツコツと1つのことに没頭することが好きだったので、性格も書道に向いていたと思います。

ボランティアを通して新しい価値観を持つ

ー志望校を選択した経緯をお伺いできますか?

周りの影響と自分で選択したのが半々くらいでした。

公立の高校に行きたかったのですが、行きたい高校には行けなかったです。私立は滑り止め目的で適当に受けた学校だったので、希望ではない学校に進学することになってしまいました。高校生活は自分の中ではとても落ち込んでいた時期だったと思います。

書道は高校に入ってからも定期的に書道教室に通っていて、1番上の段位を取ることを目標に続けていました。

ー書道以外にボランティアに没頭されていたとお伺いしましたが、ボランティアに出会ったきっかけはなんだったのでしょうか?

大学は立命館大学に通っていました。行っていた高校と立命館大学が提携をしていたので、推薦がもらえる立命館大学を選びました。

ボランティアに参加するきっかけは東日本大震災でした。大学生になる前の年に、東日本大震災があり、テレビのニュースなどをみていて現地の方の助けになることをしてみたいとずっと思ってたのがきっかけです。

もう1つは、私が男子校に通っていたのと大学も理工学部であまり女性との接点がなかったので、接点を作りたいと思ったのもきっかけの1つですね。

ボランティアの主な活動は、被災地の災害救援や地元のお祭りのお手伝い、台風の影響で流れついてしまった流木を片付ける作業など、災害関係の活動が多かったです。

ー実際にボランティアをしてみて、自分の中で変わったことや気づかされたことなどはありますか?

自分の中で、今後の生き方に対する価値観がガラッと変わりました。

広島の救援活動に行った時に「まさか自分が被災すると思わなかった」「まだ新築なのに壊れてしまった」などの声を聞くことが多く、今まであまり現実味がなかった被災が一気に人事に感じられなくなりました。

それからは住む場所についてはすごく慎重に考えるようになり、家族を守るためにどういった選択をしないといけないかとすごく考えるようになりました。

なかなかテレビだけだと気づけない部分が多いので、現地に行って肌で被災を感じることができたのはとても貴重な経験だったと思います。

ー大学生活はボランティア活動をして過ごすことが多かったのですね。

そうですね。学生生活はボランティアが楽しくて費やした時間が多かったです。

楽しかったポイントとしては、同世代の仲間と寝食を共にして同じ目標に向かって行動できる点ですね。あとは、現地の方がどうしたら喜んでくれるか、考えながら行動をすることで結果現地の人に感謝されて、次へのモチベーションにつながりました。

書道部にも入っていましたが、どちらかと言うとボランティア中心に活動していましたね。ただ、まったく書道をしなくなったわけではなく比重が変わったような状態でした。

3足の草鞋を生活の柱に。誰もが「感性」を磨ける環境を提供したい

ー就活についてお伺いできますか?

自分の行きたかった企業で3、4社だけを受けたので、まわりの就活生のように何十社と面接を受けたりはしていなかったです。

地域の農業支援がしたいと思っていたので、地域支援を間接的にしている企業を探していました。

ー会社員をしながら、書道をしようと思った経緯はどのようなことだったのでしょうか?

最初に入った会社は自分に合わずに、すぐにやめてしまいました。1社目は営業の仕事をしていたのですが、営業は自分に合わないと感じましたね。

2社目は主に事務のような仕事でしたが、事務の仕事も自分ではしっくりこないように思えました。「自分は一般的な仕事が苦手なのかもしれない」「合わないことが多いのかもしれない」と感じた時に、自分は職人気質だと気付いたのがきっかけで、書道の道でも収益を出せるようにしていきたいと思いました。

また、私のことを応援してくれてる方の支援もあり、書道を仕事にしていくことが少しずつできつつあります。

ー2つの仕事の両立はどのようにしていますか?

今は本職のNPO職員業務の方が仕事の中で大きな割合を占めています。休みの日や夜に娘を寝かしつけた後の時間や仕事で副業に当てていいと言われている時間で書道の活動をしてます。

今後は3足の草鞋を目指していて、「農業」「地域の困りごとを解決する事業」「書道」と生活を3分割してできたらと思っています。

農業に関しては、ボランティアを通して大先輩に言われたことがきっかけでした。段々畑の景色を見ながら、「日本にある原風景は農業に関わってる人がいるから、この景色があるんだよ」と言われました。農業がなくなってしまうと日本の素晴らしい風景もなくなってしまう話を聞き、日本の今の素晴らしい風景を守っていきたいと思ったことが農業に興味を持ったきっかけです。

1つのことをしている人よりも成果は少ないかもしれませんが、自分の中で幸せに生きることを考えた時に3つを同時進行することが幸せに繋がるのではないか、と考えています。

ー書道を事業として進めていく上での今後の展望をお伺いできますか?

私は今の日本の教育に関して疑問を持っています。日本の教育は、正解が決まっていることを学ぶ教育が主流で、正解のない自分の感性や個性を伸ばす教育はほとんどしていないように思います。将来働くために必要とされる人材と子供の教育環境がミスマッチしている状態です。

自分の中の感性を磨こうと思った時に、磨ける環境がすごく大事だなと思っていて、自分の感性を磨ける環境に書道が適していると思っています。

また、私たち大人は何か楽しいことを経験する時に「作られた楽しみ」を体験していることが多いと思います。例えば、テレビ番組などは、「こんな風に感情が動いて欲しいと想定して作られた娯楽」が多いです。

自分の感性と関係なく誰かにコントロールされて感情を動かすのではなく、「自分が何を幸せだと思うのか」「何に心を動かされるのか」について理解することが自分の人生を豊かにしていく上で大切だと考えています。

自分の感性を磨くような環境を書道を通して提供していきたいと考えています。

ー本当に今日はあっという間でした!素敵なお話ありがとうございました。今後の金子さんのご活躍楽しみにしています。

執筆:ゆず(Twitter
インタビュー:山崎貴大(Twitter
デザイン:五十嵐有沙(Twitter