争いを愛する平和実践家。大野夏希が絶望から立ち直り、NPO設立代表になるまで

 

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第473回目となる今回は、大野夏希さんをゲストにお迎えします。

NPOの設立、国際カンファレンスの実行委員など「平和」をテーマにして精力的に活動されている大野さん。しかし、そこに至るまでには、夢を失ってしまい虚しさを感じた苦しい日々がありました。なぜ絶望の淵から這い上がり、自分のブレない信念を見つけられたのか。大野さんに、現在に至るまでのお話をお聞きしました。

心と心でつながる組織を目指してNPOを設立

ー自己紹介をお願いします。

大野夏希と申します。福岡YouthRe•rise(ユースリライズ)協会というNPOを2019年に立ち上げ、代表を務めています。現在は任意団体ですが、一般社団法人化を目指しています。参加者は30名ほどで、10代・20代が中心ですが、幅広い年代の方が所属しています。

団体では、人が分かりあうための技術「nTech」(エヌテック)について理解を深める勉強会や、実践するためのイベントを開いてきました。

「どうしたら人は分かり合えるのか」「どうしたらバラバラな価値観を融合し、団結できる組織をつくれるのか」という問いを大切にしながら、モデルとなる組織づくりに取り組んでいます。

ー素敵な活動ですね! 人が分かりあうための技術「nTech」とは、どのようなものでしょうか?

人には、無意識にしてしまう認識のパターン・思考の癖があります。それは、人生を通じて作れらた価値観です。それは比較して「良い・悪い」を判断するものではありません。nTechはその前提に立ち、自分の価値観への固執を手放すことが、人と分かりあうための一歩だと考えています。

コーヒーと、オレンジジュースを混ぜたら、とても飲めませんよね。一度、コーヒーのグラスを空っぽにしてから、オレンジジュースを注いでみる。そこで初めて味が分かるようなイメージです。

自分を一度空っぽにして、相手の価値観を感じてみる。そうすると生産的な会話が可能になって、双方の意見を尊重するアイディアを導き出すことができると考えています。

ーなるほど。それが実践できたら、自分と異なる価値観の人とも対話ができそうですね。

はい。nTechを活用して、NPO設立以外にも、企業研修・コンサル事業を行ったり、個人向けコンサルを行ったりしてきました。

最近は、nTechを活用した国際発展を議論する「Dignity2.0国際カンファレンス」の実行委員も担当しています。1,000人規模のイベントになる予定です。民間ロケット開発とTEDで有名な実業家の植松努さんも登壇することになり、とても楽しみにしています。

ー豪華なゲストですね! Dignity2.0国際カンファレンスはどのようなイベントですか?

教育、経済、政治、健康、文化芸術、ライフスタイルの6分野について、その課題や2030年のあるべき姿について考えるイベントです。オンラインと、大阪でオフラインの同時開催を予定しています。世界各国のプレゼンターの講演や、それを受けてディスカッションを行うコンテンツを企画しています。

nTechを使って人が心と心で繋がることができれば、生産的な対話が生まれます。それが各分野の発展や、融合を後押しして、紛争や国家間の争いの解決に繋がっていく。そう信じて、このイベントを企画しています。

ー1,000人参加という規模もさることながら、国際平和という大きなビジョンを目指すイベントなのですね。

争いのない世界、国際平和は可能だと信じています。私自身にも「平和が善で、戦争は悪だ」という価値観がありました。でも実は、その国の事情で戦争をせざるを得ない状況に追い込まれた人もたくさんいます。

だから、私は「争いを愛する平和実践家」でありたい。一度自分を空っぽにすることで、争いをしている人のことを理解し、解決方法を探していきたい。

異なる意見の人と議論することは怖くありません。違いのあることは、むしろ美しくて、議論できることは幸せなことです。自分への固執を手放すと、そう思うことができるようになりました。そういう意味においても、争いを愛しています。

マンホールチルドレンの写真集で世界の貧困問題を知る

ー大野さんはnTechを使って国際平和を実現していく夢を持っているのですね。そのルーツをお伺いしていきたいと思います。

8才の時に、世界の貧困問題を知ったことが始まりだと思います。

母親の本棚で「マンホールチルドレン」という写真集を見つけました。海外にはマンホールの中に住んでいる子どもたちがいて、耳をネズミにかじられながら生きている、ということを知って衝撃だったのを覚えています。

「どうして同じ人間なのに、こんなにも違わないといけないのだろう」と悲しくなりました。それをきっかけに世界の貧困に興味を持ち、10才の夏休みに「平和キャンプ」に参加して、マザーテレサの設立したインドの孤児院を訪問しました。

ー10才でインドを訪れているのですね。どうやって、そのチャンスを得たのでしょうか?

偶然、母親が見つけてきた企画で、本当は姉が行くはずだったものでした。しかし、説明会についていき「私が行く!」と母親に懇願したのです。

私は、貧困に興味を持ってからマザーテレサに憧れていました。「こんな風になりたい。私のモデルになる人だ」そう思っていたので、気持ちを抑えられませんでした。

結果、私の熱意が通じて、姉と一緒にインドに行けることになりました。インドでは、路上で生活する人、生きている人にハエがたかる光景を目の当たりにして、国際問題の解決への関心が強まることになりました。

ーその後、大学は国際支援に関する学部を選ばれていますね。進路選択に迷いはありませんでしたか。

実は、国際支援だけでなく、環境問題に関心を寄せたり、キャビンアテンダントを目指そうと思ったりしたこともありました。

でも、深く考えた結果、国際紛争や貧困問題に惹かれる自分がいて、国際関係の学部に進学することを決めました。大学のオープンキャンパスで、NGOや青年海外協力隊で活動して、貧困問題に向き合っている先輩をみたことも、背中を押しました。

―就活は、迷いなくすることができたのでしょうか?

就活はとても悩みました。国際支援の学部といえど、友達は皆、メーカーや銀行などの一般的な企業を志望していました。私も周りに流されるように、そのような企業を調べていましたが、どうしても気が進みません。建前を喋って自分を売り込んでいくことも、どうしてもできませんでした。

では国際支援の道に進みたかったのかというと、それも分かりませんでした。「ウガンダの少年兵の社会復帰を自分はやりたい」と周りには言っていましたが、思い返すと、それも建前だったように思います。

本当は、私にはやりたいことが分からず、困っていたのです。就職しないなら起業しかないと思いつつ、賭けたいテーマもなく途方に暮れていました。

自分の夢を思いだしたとき、溢れた涙

ー悩まれた末、どのように行動されたのですか?

「働くとは何か」というテーマのイベントを探して参加したのですが、ここで人生の転機となるような出来事があります。

イベントで出会った社会人の方と話が弾み、お茶をしながら会話することになりました。そこで、その人に「あなたの夢は何?」「それを実現にするために解決したい問題は何だと思う?」と質問されたのです。

私から出てきた言葉は、「私は世界を平和にしたい」「そのために解決しないといけないのは、人間のエゴの問題だと思う。エゴがあると人は争ってしまうから」というものでした。私はハッとして、それが忘れかけていた自分の理想・夢であることに気づきました。

―就活で周りに合わせることで忘れかけてしまっていたものを、思い出すことができたのですね。

そして、もう1つ衝撃的なことが起こりました。私の想いを聞いたその人は、自分の活動について熱心に教えてくれました。その活動は、私の理想・問題だと思っていることに対し具体的に行動しているプロジェクトだったのです。

その話を聞いた時、自分が無意識に諦めていた理想に対して「諦めなくていいんだ」と思うことができて……そう思えた瞬間、涙が止まらなくなりました。

心の奥底で眠っていた自分の願い。それを諦めていたことの悲しさと、もう諦めなくていいんだと思えた喜びが混じり合い、今まで出会ったことのない感情になって号泣してしまったのです。私は泣いている自分に驚きながらも、これからは夢を諦めないで生きよう、そう強く思いました。

ー大野さんにとってのロールモデルになるような人との出会いだったのですね! その後、行動に変化は起きましたか?

大学を休学して、自分の夢を追いかけられる場所を探すことにしました。最初は退学することを親に相談しましたが、もちろん反対されました。とても心配だったのだと思います。

でも、夢を叶えられる場所を探すことが大切でしたので、その想いを必死に伝えました。その結果、休学であればと認めてもらうことができました。私の意志を尊重してくれた親には本当に感謝しています。

休学中は、同じ価値観を持っていそうなコミュニティを探したり、イベントに参加したり、人と会ったりすることを、ひたすら続けました。

沖縄基地問題で気づいた「人が争ってしまう理由」

―大きく行動量を増やしたのですね。夢を追いかけられそうな場所は見つかりましたか?

残念ながら見つかりませんでした。

どんなに素晴らしい平和の理念を掲げる団体でも、その内部で争いがあったり、他の団体との争いがあったりと、「平和」という理想の限界を感じさせるようなことが起こり続けたのです。

それでも諦めず自分の理想となる場所を探し続けていたのですが、その中で、人生で初めて絶望を味わう経験をしてしまいます。

ー何があったのでしょうか?

沖縄のアメリカの基地問題を深く知るために、反対側の座りこみ活動に参加しました。そこで基地反対側の生の意見と、賛成側の意見の両方を知ることができました。

そこで気づいてしまったことがあります。

それは、それぞれが同じく「平和」を求めていること。どちらも悪くないのに、正義や価値観が違うから対立が生まれているのだということです。

ーその気づきが、大野さんに大きなダメージを与えたのはなぜでしょうか。

「自分の正義を手離してしまったら、自分を失ってしまう」そのように思ってしまうのが人の本質です。自分自身にも「平和は良くて、戦争は悪い」という正義があって、これを手放すことは……できない。だから、私も誰かと対立し続けます。

だとすると、私が諦めないと誓った「平和」の夢は、絶対に達成できないものなのではないか。私自身の存在がそれを証明している。そう思ってしまったのです。

ー夢を失い、自分の人生の意味を見失ってしまうような経験だったのですね。

そのときは、虚無感にとらわれました。「私は明日、何のために生きたらいいのだろう」「死にたいけど、死ぬ勇気もでない」と思いながら呆然と生きていました。的確なアドバイスをしてくれる人も周りにはおらず、辛い時期を過ごしました。

nTechとの出会い。一歩踏み出したことで訪れた転機

―人生において最も苦しい時期だったのですね。そこから、どうやって這い上がることができたのでしょうか?

絶望のさなか、20歳の私に涙を流させてくれたロールモデルのあの人だけは理解してくれるのではないかと思い、藁にもすがる思いで、その人を訪ねました。

その人は、いつも通り「そうだよね」と受け止めてくれました。心がふっと軽くなったのを覚えています。そして解決策としてnTechの研修を勧めてくれました。

―大野さんの人生を変えるnTechに出会った瞬間ですね! すぐ研修に参加されたのですか?

迷いがありました。「nTechのことを、あまりよく知らない」「何も変わらないかもしれない」「お金のために私を誘っているのではないか」と、無意識に人間不信が出てきしまう自分に気づいて、苦しかったのを覚えています。

―そうだったのですね。なぜ決心して進むことができたのでしょうか?

その人が純粋に、本気で私を助けようとしてくれているのが伝わってきたからです。騙されたとしても後悔しない。そう思って、前に進みました。

―怖いけど、勇気を持って踏み出した経験だったのですね。

結果として、研修に参加したことは大正解でした。人が分かり合うことの本質を論理的に説明するnTechは、私の悩みを吹き飛ばしてくれました。

私の中には「平和は良くて、戦争は悪いこと」という正義があって、自分がその状態であることに絶望していました。

でも、それは脳の仕組みで無意識的にそうなっているだけ。自分を空っぽにして0の状態にできたら、相手を深く理解できるし、自分と相手の意見を融合したアイディアを生み出すこともできる。nTechなら、私の望む「平和」は可能だと、確信することができたのです。

ー平和が夢や理想ではなく、現実的なものだと思えた瞬間だったのですね。

この技術を世の中に広められたら、私の理想とする世界平和は、夢物語ではなくて必ず実現できる。そう考えて、nTechを仕事として使っていくと決めました。

それから、個人や企業向けの研修・コンサル、NPO設立、国際カンファレンスの活動をするようになり、今に至ります。

今は、拠点を九州から大阪に変えて活動しています。大阪は、その土地の気質から「人と人が分かりあう」ことに対するヒントが詰まっている場所ではないかと考えたからです。この地で新たなチャレンジができることにワクワクしています。

ーこれから新たなチャレンジが、どんどん生まれていくのですね! 最後に、大野さんが描く未来について教えてください。

やりたいことがない、夢がない若者が多いと、世界からも言われている日本。しかし、そのような国だからこそ、それを乗り越える技術をつくることができたのだと思います。

この技術を使って、人と人が心から分かり合える世界を創っていきたい。夢は「10年以内に世界平和」です。そのために、自分はこれからも頑張っていきたいと思います。

ーありがとうございました。大野さんの挑戦を、心から応援しています!

取材・執筆:武田 健人(Facebook / Instagram / Twitter
編集:杉山 大樹(Facebook / note
デザイナー:安田遥(Twitter