自分が生きやすい「肩書」を求めて。石川真衣が社会人4年目で4社を経験した経緯とは。

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。今回のゲストは株式会社いえらぶマーケティング 営業戦略部で働かれている石川真衣さんです。

学校に居場所を見つけられなかった石川さんは自身の経験から、芸能活動ではなく就職を選択。コンサルティング会社で就職後、1年半で退職し、人材会社・AIの開発会社を経て現在は4社目である不動産システムの会社で働かれています。そんな石川さんが4年で4社転職をされた理由や、今後実現したいことについてお話いただきました!

 

覚悟を持って4社目へ転職

ー早速ですが、これまで経験されてきたお仕事について教えてください。

大学卒業後はまずコンサルティング会社に就職しました。そこで1年半中小企業の新規営業をした後、退職。その後しばらく無職となりホームレス生活を経験した後2社目である人材業界の会社に入社しましたが、11ヶ月で退職。再び転職活動をした結果、AIの開発会社に入社し、その後現在働いている株式会社いえらぶマーケティングに転職しました。現在社会人4年目ですが、すでに4社目ということになります!

ー社会人4年目で4社目はすごいですね…!

大学時代には30種類程のバイトを経験したのですが、その時に私は私であることに変わりはないのに、肩書が゙変わるだけで人からの態度が変わることに気づきました。だからこそ、自分を変えるのではなくて肩書を変えた方が良い時もあると思っています。自分が生きやすい肩書を求めていった結果、4社目に突入したという感じです。

何度も転職をして思うことは、1社で長く働くのはとても覚悟のいることだなということです。今の会社ではきちんとこの会社にコミットするという覚悟を持って、しっかり信頼関係を築き、よりよい成果を仕事でだしたいなと思っています。

ー現在は会社ではどのようなお仕事を担当されているんですか。

現在働いている会社は不動産業界になるのですが、新商品であるRPAのマーケティングをしています。不動産関連でRPA商品を出している会社は多くないため、どうやって売っていくかを試行錯誤してます。まだ働きだして2ヶ月程ですが、さすがに4社目なだけあり、馴染むのが得意になってきました(笑)つい先日も社内で勉強会を企画させていただきました。

 

自分の居場所を探し続けた学生時代

ー少し過去のお話も聞かせていただければと思いますが、どのような幼少期を過ごしてこられたのですか。

小さい頃は周りを見ないで突っ走ってしまうような、ちょっと変わった子でした。低学年の頃はそれが許される雰囲気がありましたが、学年が上がるにつれて自分が周りの子たちと違うのを気づくようになりました。小学5年頃から周りに溶け込もうと頑張ったり、友達を作ろうとしたりしたんですが、どれも空回りするような日々でした。

小学6年生は私のこれまでの人生で一番の暗黒時代です。「最後に人と話したのはいつだっけ?」となるくらいほとんど人と話すことがなかったです。また家庭も荒れていたので、毎日学校に行ってただ本を読んで過ごすような日々を送っていました。

ーそれは中学も続いたのですか?

そうですね。ただ、中学に入ってからはネットにアクセスできるようになったことで、学校に居場所がなくてもネットの中で居場所を見つければいいと思えるようになり気持ち的には楽になりました。ネット上で学校でいじめられていることなどを投稿すると、会ったことのない人がなぐさめてくれたり、心配の声をかけてくれたりしたんです。学校が社会の全てではないんだなというのを実感しました。

同時に、中学に入ってから若い女の子は、特に当時のネット上ではチヤホヤされるに気づいたこともあり、自分はこの社会にいてもいいんだなという気持ちにさせてくれ少し楽になりました。また、中学2年の頃からマジシャンのアシスタントをはじめたことも自分に居場所があると思えるきっかけになりました。

ーマジシャンのアシスタントですか?

はい。たまたま地元のお祭りに行ったときにマジシャンの方に会ったのですが、興味があったのでその方に直接話しかけてみたんです。そうするとたまたま女の子のアシスタントを募集しているからと言っていただき、ネタの仕込みの手伝いなどをするようになりました。大学に入ってからは切られ役もするようになり、大学3年まで続けていました。

ー長いこと続けられていたのですね。

大学まではそんなに案件がなく忙しくなかったのもありますが、家庭でも学校でも居場所がなかった自分を必要としてくれるという安心感があったので続けていました。学校ではいじめられている自分が、学校外では社会人と関わっていて仕事をしていることを客観的に見たことで少し自分に自信を持てるようになったんです。

ーそんな中、その後の進路はどう選ばれたのですか。

ネットのおかげで自分の居場所を見つけられたことはもちろんでしたが、ネット上でかけてもらった言葉に救われたことから大学では言葉について勉強したいと思い、文学部に進学しました。なぜ言葉はただの音なのに人を傷つけてしまうのか、人はどうして言葉で話すのか、言葉で言っていることと思っていることは違うのか、など日常的に感じていた疑問点に注目し、村上春樹さんの「ノルウェイの森」を題材に卒論を書きました。もし興味がある方がいたらnoteで卒論を公開しているのでぜひ読んでみてください。

 

就職、住所不定無職、転職を経験

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ー大学卒業後の進路はどのように決められたのですか。

大学時代は芸能活動をしていて、有名企業のパーティーに参加させてもらう機会もありました。そんな華やかな場に参加して気づいたのが、そこにいる方を一瞬しか笑顔にできていないということでした。自分自身の経験から病んでいる人を救いたいという気持ちがありましたが、エンターテイメントでは一時的に笑顔にすることしかできない。であれば、病む原因をなくすというところにアプローチしたいと思いました。

また、私が学校というシステムによっていじめられたように、心を病む原因の多くは社会の仕組みの中で生まれていると思います。心を病んでいる人は会社員に多いというのも実感としてあったので、会社で働くとはどういうことかをまずは知りたいと思い就職を選びました。

ーその中でもコンサル会社を選ばれた理由は何だったのでしょうか。

内定をいただいていた会社の中で1番広い世界を見れると思ったからです。私の両親や親戚など身近な大人は皆大企業で働いていますが、世の中の大半を占めるのは中小企業なので中小企業に関われる会社に就職したいと思った理由もありました。

ー実際1年半働いてみていかがでしたか。

中小企業の社長さんに営業しにいき、契約をもらってくることが私の仕事でした。新規開拓してとにかく何か受注することに全力を注いでいました。

初めての契約をいただいたお客さんは化粧品メーカーでした。その会社さんは対面での営業には強かったものの、オンライン販売を今後強くしたいと考えられていたので、ネットでの販売方法を30種類程リストアップし提案営業しにいきました。その1つに顧客のシェアという観点から証券会社とのコラボ企画を提案し、実際イベント開催に至ったりもしました。

ーすごいですね。新規開拓営業にあたり何か気にかけていたことはありましたか。

いじめの経験からか、常に「私如きが話しかけるからには何かお客様にメリットを…」と考えて入念な準備をするようにしていました。いつも紹介できる人のリストなど必要以上の提案資料を持って行っていましたね。また、中小企業の会社だからこそ必要とされる情報も合わせて持っていくようにしていました。特に政府の政策等は知らない間に増えていたり、変更されていることが多いので、関わりのありそうなところは情報収集していました。その結果、新規営業としては社内で至上最高の記録を達成することができました。

ー順調に営業をされていた中、転職を決められたのは何が理由だったのですか。

新卒2年目で4年目の先輩より良い営業成績をだしたのですが、まだ2年目だからという理由でボーナスが出なかったことが理由の1つでした。こんなに働いて結果も出しているのに、収入に反映されなかったためモチベーションを失ってしまったんです。また、コンサル会社で働いているにも関わらず、やっている業務内容・売っている物がコンサルと離れていたというのも違和感としてありました。ちょうど付き合い始めた彼氏が大学4年で起業してたり国家プロジェクトを動かしていて、彼のような景色を見たい思い転職を決めました。

 

転職を繰り返した今、やりたいこと

ーすぐに次のお仕事は決まったのですか。

実は会社にできるだけ早く辞めたいと伝えたところ、1週間で辞めることになってしまい次の仕事も、引越し先も決まらないまま退職することになりました。その結果住む家がなくなってしまい、ツイッターのフォロワーさんのお家に泊めてもらったりしてホームレス状態を過ごしました。長年ネットを使っていたので、泊まらせてもらっても大丈夫な人かを見極めるスキルを持っていたことが幸いしました(笑)そして退職して半年程で無事、人材業界の会社さんで働くことが決まりました。

ー2社目はいかがでしたか。

1社目と比べるととても良い労働環境でしたが、それが原因で社風に馴染むのに苦労しました。1社目は放任主義でしたが、2社目はこまめな報・連・相が大事にされている会社だったんです。また、求人広告を出す会社だったので受取手のことを考えて発信することを重要視しており、SNSを奔放に使っていた私は注意されることが多く、それも会社と合わないなと思う原因になりました。

ーそれが原因で転職を決められたのですか。

カルチャーの違いは確かに大きかったです。また、入社して3ヶ月で担当していたサービスの撤退が決まり新しく担当することになった新規サービスの営業が、中小企業にアプローチしたいと思っていた自分の方向性は違うなと感じていました。

そして転職活動をする中で、もっとITの世界をみたいと思いAI開発の会社に転職が決まりました。3社目ではSNSを自由に使うことができたのでTwitterを使って営業活動をしたりしていましたね。

ーそしてAI開発の会社を経て今度は不動産システム業界へ?

はい。不動産にはあまり興味がなく面接時にもそのことは伝えていたのですが、それでもうちで働いてみないか?と言っていただけたこと、営業戦略部という仕事が面白そうと思ったので転職を決めました。

ーまだ転職したところで日々お忙しいかとは思いますが、今後やりたいことや実現したいことはあったりしますか。

居場所作りをやっていきたいなと思っています。私はネットという場に救ってもらいましたが、ネットだけじゃなくてリアルな場があった方がいいなと思っています。リアルとネットを融合した、家庭や学校以外の居場所を作りたいです。今は不動産業界にいるのでその経験も生かしてシェアハウスができたらなと思っています!

ー素敵ですね!実現されるのを楽しみにしています。

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取材:西村創一朗(Twitter)執筆:松本佳恋(ブログ/Twitter)デザイン:五十嵐有沙