いじめられた過去から一転して、21歳で起業家へ。人生の主人公を自覚する渋川 駿伍の生き方

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第88回目のゲストは、株式会社Kakedas CEO /日本ポップコーン協会会長の渋川 駿伍さんです。

中学生までいじめられていたという渋川さん。市を変え、人間関係を断ち切って進んだ高校生活では、もっと好きな自分として生きるようと、新しい挑戦をして行きます。

高校生カフェの設立、ヒッチハイク、インターン3社にポップコーン協会設立。そして2度の起業。21年間しかないとは思えないエピソードの濃さでした。

彼の理路整然と丁寧に自分の人生を紐解く姿は自分の伝記を読み上げているよう。

「人生の主人公として生きる」をモットーにし、周囲を気にしない納得できる生き方についてお伺いしました。

5回のピボットでたどり着いたキャリアコンサルタント

ーー渋川さんは現在、2社目の起業でkakedasという事業を展開していますね。まずは、その事業内容について教えてください。

kakedasは国家資格コンサルタントと企業の中で相談したい人を繋ぐプラットフォームです。双方をオンラインで相談できる機会を作っています。現在は企業向けに特化していて、新しい経営・人事戦略として企業に取り入れてもらっています。

ーー現在の事業立ち上げの経緯は?

一つ目は私自身の体験です。実は私自身、2社目を起業してからメディアに取り上げて頂くことも多くなり、作り上げられる虚像に精神的に追い詰められていたことがあったんです。自分は人に頼ることがかっこ悪いと思っていて、相談もあまりできませんでした。そんな時、友人からキャリアコンサルタントの資格を取得したと連絡があり、体験してみたんです。とても助けられ、対話の時間の必要性を感じました。対話の時間をみんなにも取って欲しいと思いました。

二つ目は今まで、5回ピポットしているのですが、事業を展開していく中で見出したユーザーの背景にあります。以前、e-ラーニングの事業を展開していた時に、勉強の継続率が高い人と低い人の違いを探していたんです。ユーザーにインタビューしていく中で「こうなりたい」を明確に言語化できる人は継続率が高いことが分かりました。低い人はその逆で、「なんとなく始めた」人でした。なので一人一人が学習の目的やキャリアの整理があった上での必要性がある学習ということを言語化できれば、能動的に学習時間をとりに行けるのではないかと感じたんです。対話の時間によって、言語化することが学習サービスより先だと踏んだんです。

ーーあえて法人向けに特化した理由は?

どうしたら本当に相談したい人に届けられるの問いを持っていました。本当に必要とし困っている人たちには場を提供しても意味がないんです。アウトリーチすることで初めて利用したいと思っている人の背中を押せるという仮説のもと、会社から、導入をはかりました。

大志を抱き、自分は変わった

ーー論理的に決断をしていますよね。幼い時はどんな人でした?

実は5歳ごろから、幼稚園で先生からいじめを受けていたりと、ストレスがありすぎて曖昧で…。一人っ子だったので、一人で悶々と考えていましたね。子供ながら生きている理由を探すなどネガティブな状態で活発的ではなかったです。

あまり教室にいくのは好きじゃない生徒で図書館にこもっていましたね。

ーー意外です…!夢とかはあったんですか?

9歳で大志を抱いた時に、大きな変化が生まれたんです。

地球の環境問題に関心があり、当時京都議定書が策定され適用され始めたこともあり、テレビでも環境問題の特集などが盛んでした。これはまずいと、何とかするために「環境大臣になりたい」と周囲に公言してみたんです。そしたらすごく大人に褒められて。言えば言うほど、絶対に環境大臣になろうと稀決心しました。放課後の使い方も変わり、色々な人の話を聞きにいくなどポジティブに自分の夢と向き合えるようになりました。

ーー高校はどういう選び方をしたのですか?

今までの人間関係から断ち切りたかったので。地元を離れました。この決断はとても良く、整理して、自分のやりたいことは全部挑戦していこうと思いました。

高校一年生の時にスノーピークの山井社長の講演をお聴きできる機会があったんです。

起業家の話を初めて聞き、かっこいいと思い起業したくなりました。山井社長は地域課題をアウトドアで解決しようとしています。それがあまりにも、センセーショナルで衝撃的でした。

ーー大きく影響を受けたんですね。

いてもたってもいられなくなり、生徒会長に立候補しました。起業家に憧れてから、色々な本を読み漁り、実戦で試したいと思ったんです。生徒会を会社と見立て、様々なことを行いました。また学生団体も立ち上げ横の繋がりも意識しました。学生団体での一番の成果は「高校生カフェ」です。地元に貢献したい同世代を集め、学生団体を立ち上げました。最初に高校生4000人に「どうしたら学校を卒業しても地元にいたいと思えるのか」などのアンケートをとった中で「コミュニティースペース」がない課題が浮き彫りになったんです。設立のため、行政に交渉をしたり、地元企業に連絡をし資金調達なども行いました。

ーーすごい行動力!

無事完成し、価値あるものが作れたと思えましたね。でも持続可能なものにしていく難しさに直面しました。お金を稼ぐ難しさを痛感しました。

自分で言語化して、追いたくなる未来をつくる

ーーカフェを作った後は、なにをしたんですか?

地元での活動をしていくうちに、地域に閉じこもっていることに焦りと限界を感じていました。田舎の高校だったので、少し視野を広げると優秀な同世代や留学経験社や何かの立ち上げ人もたくさんいる。まずは東京に進出しようと考え、高校三年生の時、ビジネスコンテストに参加しました。これが1社目の経緯になります。

ーー優勝したんですか?

そうです。高校を卒業しギャップイヤー中にビジコンの賞金を元に開発を開始しました。ですがこの事業は力不足により畳まずを得なくなりました。

ーー理由は?

集まったメンバーのモチベーションの差が大きかったことにあります。お金を使い果たした時にはみんないなくなってしまいましたね。損失感が大きかったんですけど、会社のビジョン、ミッションを決めていなかったのが原因にあります。

自分なりに言語化し、追いたくなるような言葉にはなってなかったから資金が尽きた途端に離れてしまったんです。

ーーなるほど…..。

大学は進学せず、座学よりも社会の中で学んでいきたいと思い、自分なりの研究テーマをもち過ごしていました。その一つがお金でした。お金は何かと考え、お金を使わない生活をしてみたら何か分かるのではないかと思い、無一文でヒッチハイクに行きました。

ポップコーン協会の立ち上げ。エンタメな食材

ーーヒッチハイクで印象に残っていることは?

和歌山でヒッチハイクしている時にお土産でトウモロコシのタネをもらったんです。次の家で、キッチンを借り、ポップコーンを作り、振舞ったらみんな喜んでくれたんですね。

人を笑顔にできたという実感が嬉しかったんです、当時何も返せない自分に歯がゆさを抱いていたのでポップコーンの力に惚れ込んでいきました。ポップコーンを調べていくうちにどんどん好きになり、自分はポップコーンとどこまでも添い遂げられると思ったんです。どうしたら一緒になれるのかを考えていくうちに、協会設立を思い立ちました。

自分が会長になって感じた楽しさや笑顔などを広めたいとも思い、出張ポップコーンも行い、色々な場所にポップコーンを作りに行ったりしています。

ーー面白いですね。協会と会社はどう区別しているんですか?

社会の負を解消することは起業で、会社は社会課題で世の中をどれだけ前進させるのかにフォーカスしていると思っています。協会の方は、幸せなところをどうエンタメで盛り上げられるのかにフォーカスしている。今はソフトな相談のインフラをつくることを目標に掲げています。

ーー最後に、22年間多くの選択をされていましたが、大事にしていることは?

主人公として生きることです。

自分自身の人生を一本の映画に見立てた時、ストーリーを主演である自分がどんな次のシーンやシナリオにできるかは全て自分で選ぶでことができます。そうすることで、マイナスなシーンは幸せなシーンのスパイスになると思えるんです。

自分の物語に大局観を持たせた時、前よりきっと生きやすくなると思います。

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取材:西村創一朗(Twitter
執筆・編集:りっちゃま