演劇家兼公営塾講師、神宮一樹は演劇を通してどう世界と関わっていくのか?

色々なキャリアの人たちが集まって、これまでのキャリアや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。本日は演劇家であり、公営塾の講師を勤められている神宮一樹さんにお話をお伺いしました。ナポリで演劇と出会い、演劇の魅力に惹かれて大学卒業後再びナポリを訪れ演劇を勉強したという神宮さん。そんな神宮さんが公営塾で働くことになったきっかけや、演劇に対する思いなどを詳しくお聞きしました!

公営塾講師としての新しいキャリア

ー早速ですが、現在のお仕事について教えてください!

今年の4月から愛媛県伊方町にある三崎高校の公営塾講師として英語を教えています。公営塾は、高校魅力化プロジェクトの一環として行われています。離島や山間部などの少子化が進んでいる地域では統廃合される高校が多くあります。その結果、他の町の高校に通うために引っ越すなど、町からたくさんの人が流出しているのが現状です。高校魅力化プロジェクトでは少しでも地域の過疎化を食い止めるべく、町が運営する公営塾を設置することで学習環境を整えています。と同時に、演劇の活動もしており、役者として舞台にたったり、作品を一から書いて作ることもあります。

ー講師と演劇家は珍しい組み合わせかと思いますが、講師の仕事を始められたきっかけはあったんですか?

石川県能登町の公営塾講師をしている友人がいたのがきっかけです。昨年の9月にその友人から演劇のワークショップをしてほしいと依頼を受けて、能登町を訪れました。演劇に触れたことがなかった高校生が多かったのですが、ワークショップで見れた彼らの反応がとても新鮮で、講師であった自分も多くの発見がありました。演劇を敷居が高いものだと思っている人が多いなと感じているんですが、演劇をもっと多くの人に身近に感じてもらえたらなと思ったんです。自分が舞台に立ったり、作品を作ったりする他に、演劇を通じて普段の生活に新しい魅力を見つけ出す機会を作ることに大きな可能性を感じた出来事となりました。その後たまたま伊方町の公営塾講師の求人を発見して、直感でやりたい!と思いすぐにエントリーし、今に至ります。

ー演劇の要素を授業に盛り込まれていたりもするんですか?

英語を担当しているので少し動きを取り入れたりはしてみています。例えばexpect(予期する・期待する)という動詞の語源はex(外)とspect(見る)から来ています。そこで「じゃあ先生が窓から外を見るようにしてみるからそれをみて意味を想像してみて」とやってみて、窓から外をみている時ってきっと何かを待っている、期待しているように見えるからexpectは予期するという意味を持つんだよねという説明をしています。言葉が生まれた瞬間のシーンを記憶にとめることで、単語の意味とマッチして覚えてくれたら嬉しいなと思っています。といっても、4月に愛媛に来ましたがすぐにコロナの影響で学校は休校となってしまっていました。そのため生徒と会ってからまだ1ヶ月ほどで、まだまだこれからという状況です。

真面目にふざける優等生だった

ー現在に至るまでの経緯も少しお聞かせいただければと思います。どのような学生生活を送られていたのでしょうか。

高校は地元埼玉県の公立男子校に通っていました。進学校ではありましたが、行事のたびに盛り上がる面白い高校でもありました。特に高校3年の12月に行われるクラス対抗のサッカー大会はみんな受験前なのに朝練をするくらい全員が行事を楽しむ雰囲気がありました。中学の時は勉強にも部活にも打ち込む優等生で大人の期待に応えるために努力し、そこに達成感も感じていましたがその価値観が変わったのも高校生の時でした。様々な仲間と自由な環境で過ごしたことで、「真面目にふざける」という価値観を大事にするようになりました。

ーそんな充実した高校生活を送った中でその後の進路はどう考えていたんですか。

父親が英語の先生だったこともあり小さい頃から英語や海外に興味を持っていたので大学も言語が学べるところを考えていました。その結果、東京外国語大学外国語学部のイタリア語専攻に進学が決まりました。

ー大学生活はどのように過ごされていたんでしょうか。

大学では男女混成のチアリーディング部に入り、部活中心の生活を送っていました。初めは「男がチア ?!」と思っていたのですが、新しいなと思い挑戦することにしたんです。実際、男だらけの世界から一転して、マイノリティ側になり良くも悪くも注目されることが増えました。初めは居心地悪く感じることもありましたが、段々慣れてきて、最後は部のキャプテンも務めました。

留学先ナポリでの演劇との出会い

ー演劇との出会いも大学で、ですか。

はい。演劇とは留学先のイタリアで出会いました。イタリア語専攻だったので一度イタリアに留学したいと思い、卒業を遅らせて部活引退後にイタリアのナポリに交換留学で行きました。住んでいたアパートが小さい路地にあったんですが、そこである日たまたまいつも閉まっているドアが開いていたので気になって覗いてみたんです。そしてそこにいたおじいさんに話しかけてみたところ、ナポリで古くからある地下劇場で、おじいさんが演出家ということがわかりました。なぜかそのおじいさんにとても惹かれたのと、地上の明るい世界と地下の劇場という異なる世界に魅力を感じて、それから授業をさぼっておじいさんに会いに行くようになりました。

ー演劇はそれ以前から興味はあったんですか。

多少興味はありました。ただ、演劇はドラマや映画の世界で、小さい頃から事務所に入っていないといけないというイメージがあったので演劇をやるという選択肢は自分の中でなかったです。卒論として演劇について研究するのは面白いかも、程度でした。イタリアのそのおじいさんとの出会いがあって初めて、演劇を研究するだけではなく、自分で実際にやりたいのかもと思いました。

ーそこからどのように行動されたのでしょうか。

交換留学期間が終わりを迎えたので、おじいさんにはまたすぐに戻ってくるからと伝えて帰国しました。そして帰国後両親にも、大学を卒業したらまたナポリに戻って演劇を勉強したいと伝えました。そしてとにかく何かはじめないと、と思い、思いついたのが卒業制作として一人芝居を書き、演じることでした。脚本家・演出家・役者を全部自分でやれば演劇について満遍なく知ることができると思ったんです。

ー一人芝居はすごいですね。

大学の友人や後輩にも手伝ってもらい、チラシを配り、大学のホールを借りて『ひとり遊びのメロディー』の上演が実現しました。当日は200人程の方が見にきてくださり、自分の自信にもなりました。しかし燃え尽き症候群になってしまい、卒業後の進路が具体的に決まらないまま大学卒業となりました。

直感に任せて、今を全力で、本気で遊ぶ

ー次のステップは何がきっかけで見つけられたんですか。

9月に大学を卒業し、12月に行われた日伊国交150周年記念事業「イタリア仮面劇vs狂言 コンメディア合戦!!」への出演のお話をいただいたのですが、それ以外はバイトをする程度で具体的なアクションを起こせない日々が半年ほど続きました。

それでもやっぱりおじいさんに戻ってくると約束したしと思い、重い腰を上げてとりあえずイタリアに行くことにしました。ビザなしだったので3ヶ月以内に何かを見つけようと思い、現地についてからおすすめの演劇の先生や学校を現地の人に教えてもらった結果ICRA PROJECT(国際アクター研究センター)で身体マイムとイタリアの伝統仮面劇を学べることになりました。

勉強と並行して、ナポリ北部のセコンディリャーノ刑務所内で囚人向け演劇クラスのアシスタントを担当させていただいたり、元犯罪地域の住民と共同制作・上演する演劇ワークショップにアクターとして参加したりする機会にも恵まれました。中でも刑務所演劇は特殊で、人生の難しさや罪の意識、後悔を感じている囚人の人が演じるので舞台での役やセリフがその人の経験と一致した時にものすごく響く芝居で、見ていて美しいなと思いました。

ーたくさんの経験をナポリで積まれて日本に帰国されたんですね。

はい。ナポリには合計3年もいたこともあり、学校を修了したあとは日本に帰国することを決め、現在に至ります。実はイタリアで通っていた所からスタッフとして働かないかというオファーもいただいていました。いつかまたナポリに戻りたいと思っているので、そういう形で戻るのも1つの選択肢かなと思っています。

ですがまずは今のお仕事をやり遂げたいなという気持ちでいっぱいです。地域・学校というコミュニティに受け入れてもらい、関係づくりにしっかり取り組んだ上で任期3年の中で少しずつ演劇も絡めた活動ができたらと思っています。

3年後どうなっているかは正直わかりません。愛媛でもっとやりたいことを見つけたら愛媛に残るかもしれないし、ナポリでもなくまた全然違う土地で何か新しいことに挑戦したいと思っているかもしれない。でも先のことは特に決めずに、その時々に自分の直感に従って「本気で遊ぶ」をテーマにこれからも頑張っていきたいと思っています。

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取材:西村創一朗(Twitter
執筆:松本佳恋(ブログ/Twitter