リスクをあえて選択する。青木駿汰が伝える、挑戦することの大切さとは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを話し合うユニークキャリアラウンジ。第784回目となる今回は、青木 駿汰(あおき・しゅんた)さんをゲストにお迎えし現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

営業職として上場企業で活躍している青木さん。中学高校大学とアメフトを続け、悩んだ際は常にリスクのある選択をとりました。どんなときでも挑戦する心と、失敗を失敗と思わない精神の大切さが青木さんの人生のベースとなっています。今回のインタビューをとおして、青木さんの生き方や価値観についてお聞きしました。

アメフトをとおし、「たくさん努力すれば報われる」とわかった

ー青木さんの現在の職業や仕事内容を教えてください。

青木 駿汰(あおき・しゅんた)と申します。現在は東証マザーズに上場している売り上げ26億程の会社、デジタリフトで主に営業職をおこなっています。今年で営業4年目の社会人27歳です。この会社は3社目です。

1社目は、ベンチャー企業で子会社の立ちあげを経験し、黒字化に成功した後、外資系の会社へ転職しました。

外資系のスタートアップのMedia Monksという会社では、最初は従業員7人のみだったところから、20人規模にまで成長させることができました。今はご縁があり6月からデジタリフトにいます。

ー現在は主に営業をメインにやられているのですか?

そうですね。広告代理店のため自分自身で営業をおこない、その後もクライアントさんとそのまま継続的に繋がっていくスタイルですね。

ー今の仕事の楽しさや魅力を教えてください。

新しいお客さんから仕事をいただいた時ですね。新たな信頼を獲得できたと感じます。あと自分が頑張った分だけ、新たな顧客が生まれるのはとても楽しいです。

もう一つは、既存のお客さんの成長が大きく改善したときです。自分自身が新規の案件をとりながら、既存のお客さんにもより満足していただくための内容を自分が提案する。すべて自分の頑張り次第。とてもおもしろいと感じます。

ーありがとうございます。そんな青木さんの学生時代のエピソードなどあれば教えてください。

中学、高校と中高一貫校に通っていて、部活はアメフトをやっていたのです。正直僕の高校のアメフト部は、県内のなかでも弱少校でした。そのアメフト部に新しいコーチを迎えたのです。とてもエネルギッシュな熱い方でした。

コーチの本業はパイロットでした。フライトの合間を調整してもらい、週に数回部員のために指導してくれました。

そんなコーチは「みんな、ちゃんと練習して努力すれば、強豪校に勝てるぞ!」といってくれました。とてもうれしかった反面、頑張って努力しても強豪校に勝てるわけがないと思っていました。

しかしコーチに言われたとおり、きちんと努力をした結果、うれしいことにアメフトの強豪校に一勝できたのです。そんな経験をさせてもらえたので、頑張って努力したら報われる!結果がちゃんと出るのか!改めて実感しました。

ー強豪校に一勝するのは並大抵の努力ではないですね。そのエネルギッシュな熱いコーチに何か惹かれる行動や言動があったのですか?

そうですね。コーチの熱意と自己肯定感の高さにとてもいい影響を受けました。

さらに、コーチはとてもロジカルな思考を持った方で、課題分析力もすごく長けていたと思います。

例えば、コーチは一人一人の部員に何が不足しているのか伝えてくれます。「君はこのスキルが不足しているから、こういう練習をしよう」とちゃんと助言してくれる部分がとてもよかったです。

自ら考えてリスクを選択した大学時代

ーその後アメフトは続けたのですか?

はい。京都大学のアメフト部に入部をしました。しかし3年生の終わりに選手を辞め、スタッフに転向しようと思い始めたのです。

ーどうしてスタッフに転向しようと思ったのですか?

京都大学のアメフトは強豪校です。部員も多くいます。部内に同じポジションの人たちがたくさんいて試合に出られるのはごく一部です。

自分のポジションだと試合に4名入れますが、4名の中に頑張ってギリギリ入り、試合に勝ってもおもしろくないと感じたのです。大学でアメフトを頑張っている価値や意味がわからなくなりました。

その悩みを部活内の先輩に相談したところ、「お前の目標とチームの目標を一緒にするな。お前が貢献できることを目標にしろ」そう言われた時、改めて自分の立場を考えるようになりました。

ーその言葉でいろいろと気づかされたのですね。

はい。考えた結果、アメフトの戦術を考える役割を自分が担えばチームにも貢献でき、価値を見い出せると思いました。アメフトは作戦と選手の実力が半々だと言われています。戦術面で自分が頑張れば、チームにいい結果が出るかもしれないと考えたのです。

残りの1年間を無駄なく過ごすためにあえてリスクのある選択をしました。当時、自分の立場に危機感を感じていたため、「出来ることは何でも挑戦しよう、行動しよう」と思っていたのです。

ーそれは大変な選択でしたね。自分の立場に危機感があっても、周りに流されて現状を変えない人はたくさんいます。選手として活躍するのではなく、選手を支える立場を自ら選択する人は少ないはずです。ご自身の価値を広げるために挑戦していく考え方のルーツは、どこにあるんでしょうか?

ルーツかどうかわかりませんが、母親の影響があります。母親は自己肯定感が高いため、自分も自己肯定感が高い人間に育てられました。そのため挑戦をして万が一失敗をしても、失敗と思わないです。未開拓な分野でも自分はできると言う自信があります。