スキルがあれば自由に生きられる!山口桃果が見つけた理想の生き方とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第939回目となる今回は、学生ママフリーランス・山口 桃果(やまぐち・ももか)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

大学生でありながらフリーランスとして動画編集者や学生秘書、プランナーなどさまざまな活動をし、育児もこなす山口桃果さん。山口さんが考える生き方や働き方の選択肢について話してもらいました。

見知らぬ土地への憧れから進路を決断

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

現在北海道大学を休学して学生ママフリーランスとして活動している山口桃香です。

3つ肩書きがありまして1つめは動画編集者、2つめは『学びを結果に変えるアウトプット大全』著者の樺沢紫苑さんの学生秘書、3つめは『伝え方が9割』著者の佐々木圭一さん率いる会社でのプランナーです。

ー本日は山下さんが現在に至るまでの経緯を、さかのぼって伺えればと思います。小学校・中学校時代はどのように過ごしていましたか。

中学生になるタイミングで中学受験をしました。実は受験時に全寮制と知らず、受験をしてしまったんです。

小学6年生でよくわからない状況の中、ガラス張りの綺麗な校舎を見て「かっこいい、ここに入りたい!」と受験をした結果、住んでいるところと違う県で全寮制の中高一貫校でした。

親元を離れて全く知らない土地で過ごしましたが、私の場合は見知らぬ土地で見知らぬ人と過ごすのが楽しく、新しい土地で知らない人と過ごすのが好きだと気づきました。

ー大学はどのように決めたのでしょうか。

大学名で選んだのではなく、「北海道に住んでみたい」といった気持ちで大学を決めました。冬に北海道を訪れたときに、まったく別の国に来た印象を受けたんです。日本なのに異国と感じたのがきっかけで北海道に住んでみたいと思い、北海道大学を受験しました。

大学休学、フリーランスとして歩み始める

ー北海道大学に進学後はどのような生活を送っていたのですか。

合格して北海道大学に進学できたのですが、大学の授業が始まると授業が全然楽しく感じられませんでした。1年生の前期は頑張っていたのですが、後期になると授業に行けなくなり、寮に引きこもるようになってしまったんです。

ギリギリ進級はできましたが、北海道大学は2年生から学部が分かれるシステムで、1年生の成績が良い人から行きたい学部が選べます。私の成績は最低限進級できるレベルだったので行きたかった農学部は人気で行けず、工学部に進学しました。

異なる学部への進学になってしまったことでさらにやる気がなくなり、モチベーションが湧かない時期を過ごしました。

ーモチベーションが湧かない状況からどのように今のフリーランスになったのでしょうか。

動画編集の手伝いがフリーランスの道を歩み始めたきっかけです。大学2年生になった頃から今後のことや就活への不安を感じ始めていました。

コロナウイルスが流行り始めてサークルやバイトができず、成績も悪かったので「就職活動で戦えるネタがない」とぼんやりと思っていたんです。就職活動で「これができます」と言えることを始めてみようと思い、MacBook Proを買って趣味で動画編集を始めました。

最初は今までの旅の動画でVlogを作ってみたり、ダンサーの友人の動画をMV風に編集したりしていました。

SNSに「動画編集を始めました」と投稿したり、友人に動画編集を始めたことを発信した結果「YouTubeチャンネルの編集を手伝ってくれない?」と声がかかるようになったんです。

声がかかって仕事を受けるうちにお金が発生したのがきっかけで、フリーランスの動画編集者として活動し始めました。1年間動画編集を続けてさらにフリーランスとして頑張りたい気持ちが強くなり、軌道にも乗っていたので大学3年生で大学を休学したんです。

ー休学期間中に正社員として働き始めた会社のインターンとしても採用されたそうですが、どのような経緯で採用されたのでしょうか。

学生団体『TABIPPO』に所属していたときに、グループLINEでインターン情報が流れてきたんです。完全オンラインのインターンだったので軽い気持ちで応募しましたが、運よく採用課題をクリアでき、約半年間のインターンに参加できました。

ーフリーランスやインターンなどの活動をしている中で妊娠、出産を経験したと伺っています。当時お腹に赤ちゃんがいるとわかったときはどのような心境でしたか。

19歳から北海道で同棲していた彼氏と別れ話をしていたときに、子どもを授かったことがわかりました。病院に行って発覚したときは既に妊娠2ヶ月でした。学生でしたし、別れ話が出ていたタイミングだったので当時はびっくりしましたね。

でもエコー写真に小さな点が映っていて「これが赤ちゃんです」と説明をされて見た瞬間に、感極まって涙が出てしまったんです。4、5㎜の小さな卵を見て「私はこの子を迎えたいんだな」と本能的に感じ、産むのを決意しました。

一方で、産むと決意しましたが「結婚して父親と一緒に育てるのか」「別れてシングルマザーになるのか」どの選択肢がベストなのかとても悩みましたね。

すぐには結論が出ず、約1ヵ月話し合った末、1人で産んで育てることとなりました。「仕事もしているし、私なら大丈夫」と、昨年の9月に出産をしました。