様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第892回目となる今回は、水村桃夏(もも)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。
高校卒業後、ギャップイヤーを選択したことをきっかけに、「書く」を軸としたフリーランスになったももさん。日本ではまだ珍しいギャップイヤーを選択した理由や、そこからどのように「書くこと」に出会い仕事にしていったのか、また今後の展望についてお伺いしました。
「ご無沙汰しております」を使いこなす5歳児
ーまずは簡単に自己紹介をお願いできますでしょうか。
水村桃夏、ビジネスネームはももと申します。現在の年齢は20歳で、普段はフリーランスでライティングやSNS運用、編集などの仕事をしています。
私は高校を卒業した後に大学に行かず、ギャップイヤーという選択肢をとりました。その過程でライターの仕事を始め、「書く」を軸にフリーランスとして活動するようになりました。
ーギャップイヤーというのはどのようなものでしょうか?
高校卒業後すぐに大学に進学せず、自分のやりたいことに挑戦する期間を設けることです。海外の大学などで利用されることが多い制度なのですが、私はそうした制度を利用したわけではなく、自主的に「人生の空白期間」を取ろうと思ってギャップイヤーを選択しました。
ーとてもユニークなご経歴ですね!そんなももさんはどのような子供時代を過ごされましたか?
小さい頃から「大人っぽいね」と言われて育ってきました。5歳の時には既に「ご無沙汰しております」という言葉を使っていたようで、「精神年齢いくつなの?」とよく聞かれていましたね。
ー5歳児から「ご無沙汰しております」はなかなか出てこないですね……!
そうですよね(笑)。親の仕事の関係で小さい頃から大人が集まる場所によく顔を出していたので、同年代より年上の方と接する機会が多くありました。小さい頃から大人の話をよく聞いている子どもだったことも関係しているかもしれません。
ーなるほど。学生時代には2度留学を経験されていますが、これはどういった経緯だったのでしょうか?
親の教育方針が、英語だけは話せるように勉強しなさいというものだったので、小さい頃から英語によく触れていたんです。留学は、その一環ですね。
中学時代にオーストラリアとフィリピンに留学し、そこでの経験から英語で何かを学んでみたいという思いが生まれて。その頃から高校卒業後は海外の大学に進学しようと考えていました。
「確定した未来なんてない」と気付かされた挫折経験
ー高校時代に大きな挫折を経験されたと語られていますが、具体的にはどのような挫折だったのでしょうか?
新型コロナウイルスの影響で、中高5年間続けてきたオーケストラ部の集大成である引退公演が中止になってしまったんです。
私はそのオーケストラ部に入りたいという理由で中学受験をして、当時通っていた学校に入学し、オーケストラ部にも入部しました。それなのに、高校3年生にあがるタイミングで学校は休校になり、引退公演も中止になってしまって。
10年以上夢見てきたステージがある日突然なくなり、そこで初めて「確定した未来なんてない」ということに気付かされたんです。人生で初めての挫折経験で、人生観が変わる出来事でした。
ーなるほど。その後、新型コロナウイルスの影響で海外への進学も断念されたのですよね?
そうなんです。大学は海外に行こうと決めて準備を進めていたのですが、それも叶わなくなってしまい……。英語を使う環境で何かを勉強したいという思いが強かったので、日本の大学に進もうという気持ちにも切り替えられず、進路についてすごく悩みました。
ただ、このまま日本の大学に行っても後悔するだろうという思いは強くあって。それなら今すぐ大学に行かなくても良いんじゃないかと思いました。一旦社会情勢が落ち着くのを待って、その間にやりたいことに挑戦する期間を作ってみるのも良いんじゃないかと。
よくよく考えてみると、海外の大学は社会人を経験してから入学するという方も多いですし、自分もそういう進路を選択してみようという気持ちが湧いてきて。その時はギャップイヤーという言葉は知らなかったので、「人生の空白期間」を作ろうという気持ちで大学進学をしないことを決めました。
ー周囲が大学に進学する中、「人生の空白期間」を選択するのは勇気が必要だったのではないでしょうか?
周りと違う道を選ぶことは怖かったです。皆が受験勉強してる中、自分だけ自由にしているのも居心地が悪かったですし、仲の良い友達にしか大学に行かないことは話せませんでした。
でも、高校3年生のうちに将来の方向性をある程度定めないといけない日本の教育制度が正しいとも思えなくて。私が通っていた学校の話ではないですが、学校の先生に「あなたの成績だったらこの大学に行きなさい」と進学先を決められた友人の話を聞いたこともあります。
自分がやりたいことを実現するために大学にいくはずなのに、進むべき道を他人から指示されるのはおかしいですし、そもそも大学や専門学校以外の選択肢を提示してもらえないのも変だと思っていました。18歳からの4年間って人生の中でもすごく大切な4年間のはずなのに、行く理由も分からない大学に進学して時間を使うのは勿体無いなと。
特に、私は具体的にやりたいことが決まっていなかったので、その思いがすごく強くあって。だからこそ「人生の空白期間」でとにかく興味のあることに挑戦して、そこで夢中になれることを見つけてその後の進路を考えようと決めました。