様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第754回目となる今回は、謎解きクリエイター&キャリア教育コーディネーター日景 太郎(ひかげ・たろう)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。
エンタメ業界と教育業界の二つで活躍している日景太郎さん。この先に目指すビジョンについてお伺いしました。
「謎解き」と「教育」の2つの分野で活躍!
ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。
今年の4月から独立し、「謎解きクリエイター」と「キャリア教育コーディネーター」をしている日景太郎です。
ー一つ目の肩書きである「謎解きクリエイター」とは、具体的にどのような仕事ですか?
「謎解きを作る」ことに携わる仕事です。謎解きの周遊ツアーを作ったり、謎解きのイベントを開催したりしています。例えば、2022年7月31日に開催する謎解き周遊ツアーは山形県の温泉街を舞台に開催しました。400名ほどの参加者が申し込みをしてくれました。
参加者の方から「この問題難しい!」「この問題解けてすごい!」という反応を聞くことが、謎解きを作るやりがいになっています。
ー「謎解きクリエイター」は、どのような働き方をするのですか?
漫画家のような働き方のイメージに近いと思います。「謎解きの問題を納品する」ということが多いため、日々謎解きを考えています。
謎解きの納品日に追われている……なんて日も(笑)
ー二つ目の肩書きである「キャリア教育コーディネーター」とは、具体的にどのような仕事ですか?
「キャリア教育コーディネーター」は文部科学省・経済産業省が認可している民間の資格なのですが、コーディネーターが学びの場と社会の間に立ち、双方を繋ぐことで新たな価値を生み出しています。直接何かを教えるのではなく、学びの場に適した専門家をアサインするなど、「学びの場づくり」を専門としています。例えば最近の活動だと、毎月1回放課後にオンラインで総合学習の時間を提供したり、高校の保護者向けに「これからの大学受験とは」をテーマにセミナーを開催しました。
ー「謎解きクリエイター」と「キャリア教育コーディネーター」の2つのお仕事について、活動の割合について教えてください。
今は3割ほどが「謎解きクリエイター」、7割ほどが「キャリア教育コーディネーター」の割合で活動しています。
中には「謎解きクリエイター」と「キャリア教育コーディネーター」の両方が重なり合っていることもあります。
大学受験の勉強を頑張りすぎた反動で入院
ー19歳で、人生における最初の起点があったと伺いました。具体的に教えてください。
秋田出身で、高校まで甲子園を目指して野球に打ち込んでいました。野球の引退後は、「東京の大学でアカペラに挑戦したい」という思いがあり、東京の私立大学を目指していました。ただ、いざ大学受験の勉強をはじめてみると、先生からは「行ける大学がない」と言われるほど遅れをとっている状況。勉強を続け、センター試験では鉛筆を転がして回答した問題が全て正解という奇跡も起こり、法政大学に合格できました!しかし、受験勉強に力を入れていた半年間、睡眠時間は3〜4時間でずっと勉強をしていた生活でした。その結果、体調を崩しやすくなり入院することに……
ー入院を通して、何か変化はありましたか?
万が一自分が死ぬ時、「やりたいことをやっていない人生はもったいない」と考えるようになりました。そこから人生を逆算的に考える価値観に変わり、入院前よりアクティブな自分になったのです。
大学でアカペラサークルに入った時も、「一人ではできないことがあっても、やりたいことがあったら他のメンバーを巻き込んで実現させる」という考え方ができました。
今のキャリアは、父の活動がきっかけ
ー新卒ではどのようなキャリアを選択しましたか?
就職活動ではエンタメ業界やゼミで学んでいた食品業界を中心に選考を受けていました。最終的には、「子どもたちに楽しい環境を提供したい」という想いがあったので前職のおもちゃメーカーに就職しました。
ー「子どもたちに対して向き合いたい」という想いは、どのような所からきていますか?
自分の原体験からきています。幼少期に秋田の田舎で暮らしていたことを振り返ると「社会ではいろいろな人が活躍しているのに、その情報に触れる機会が少なかった」と感じました。「もし自分が、幼少期にさまざまな生き方や、ロールモデルに出会っていたら、今よりも選択肢が広がっていたのではないか」と思います。そこから「多くの子どもたちに、たくさんの世界をみせること」に取り組みたいと考えるようになりました。
ー今のキャリアにつながったきっかけは何でしたか?
2年前に父が開催した「釈迦内サンフラワープロジェクト」を知ったことがきっかけでした。父がキャリア教育に携わる活動をしていた中で、開催したプロジェクトです。このプロジェクトは、小学生5年生が地元の人と連携して、ひまわりを植え、枯れた後はひまわり油を商品化・販売し、売上を次の年の修学旅行費にするという内容でした。
このプロジェクトを知ったのは2年前だったのですが、この話を聞いて自分の闘争心に火がつきました。私も「子どもたちに楽しい環境を提供したい」という思いがあったので、「釈迦内サンフラワープロジェクト」に負けないくらいの体験を作りたいと思うようになりました。
ーその後、どのように今の活動への一歩を踏み出しましたか?
「起業して、自分でもこのような体験を作りたい!」と周囲に相談しました。すると起業家たちとの交流の場をセッティングしてもらえることに。
そこで会った起業家たちの顔つきや、事業への思いが溢れ出る言葉を聞いて圧倒されました。「自分もこのような大人になりたい」と強く思いました。