学生で書道の師範!?「突き詰め貫く」下吹越 愛莉の人生観とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第338回目となる今回は、宇宙書道家/パフォーマーの下吹越 愛莉さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

4歳から書道を始め、20歳で書道師範を取得。九州大学21世期プログラム学生時代には、宇宙の研究をしながら国内外で書道家として活躍。

書道だけでなく、宇宙についての研究も妥協なく突き詰めてきた下吹越さん。どうしてそこまで突き詰めることができるのか?下吹越さんが書道や宇宙を深め、突き詰めたその先に見ているものとは?早速、お話を伺ってみましょう。

4歳で書道を始めたきっかけは「利き手」

ー本日はよろしくお願いします!
下吹越さんは現在、どのような活動をされていますか?

よろしくお願いします!大きく分けて2つあります。

一つは、書道家として国内外でのパフォーマンスや書道指導。二つ目は、九州大学21世期プログラムにて行っている宇宙倫理学の研究です。

ーまずは書道の活動についてお伺いしたいのですが、書道がいつから始められたのですか?

4歳の頃です。私の両親が筆を持たせてくれたのがきっかけでした。

ーご両親はどうして書道教室に通わせようと思われたのでしょうか?

母は私と同じ左利きでした。

左利きはクラスの中でもレアな存在ですし、もし不自由があった時に右手も使えた方が便利だろうから、と矯正の意味も込めて書道教室に通わせてくれました。

ー書道教室とは、どういったことを習うのでしょうか?

当時の書道教室は、カルチャーセンターの一室で行われていました。そこへ先生が入ってこられて、お手本を書いてくれます。それを見て、まねるように字を練習していました。

ー書道の他に習い事はされていたのですか?

いくつか行っていました。4歳からジャズダンスやピアノを習ったり…。フルートにも挑戦しましたね。小学校4年生の時に一番仲良しだった先輩がフルートをやっていたのがきっかけでした。

ーこれらの活動は中学校に入っても続けられたのでしょうか?

はい。ピアノやダンス、書道は続けました。ピアノは、合唱コンクールの伴奏者や指揮者をすることもありました。ダンスも、2年に1度の発表会に出演したり…。その中でも特に書道は小学生の頃以上に没頭しました。

ー当時、どういった様子だったのですか…??

まず、リビングに書道道具を出しっぱなしにしておいて、すぐに書道を練習できるような環境を整えたていました。学校へ行ってご飯を食べて、すぐに書道の練習をして…時間を惜しんで練習していました。

ーそこまで没頭するようになったきっかけは何だったのでしょうか?

当時の師匠に、毎日1日1枚字を練習すれば絶対に変わると言われたんです。それを聞いて、毎日字を書くことを始めました。すると書けば書くほど上手くなり、上手くなるほど「もっと良い字を書きたい」と思うようになっていったんです。その後、展覧会でも一位しか目指していなかったですね。そんな沼にハマっていきました。

ー高校生時代は、どのような生活を送っていましたか?

高校では、書道と兼ねる形で高校のサイエンス部天文班に入りました。宇宙についても関心があり、関わりたいなと思っていたからです。ただ当時、書道と他の部活を兼部することはできませんでした。

ー書道一筋という決まりがあったのですね…そこで下吹越さんはどうされたのですか?

自分の意思を伝えてお願いし、兼部をすることはできました。しかしその反面、書道で結果を出さないとというプレッシャーを感じていました。兼部という形ではありますが、書道とは真剣に向き合っていました。

ー下吹越さんにとって、書道と向き合うとはどういったことなのでしょう?

自分が納得するまで書き続けるということですね。自分の作品に対して先生が「これで良いよ」と言ってくださったのに、「良くないでしょ」と言い返したり(笑)自分が納得いっていない作品を「これで良いよ」と言われても、何だか納得いかなくて。これだ!と思うまで、ずっと書き続けたのを覚えています。

 

なぜ自分は書道をするのか?問い続けた大学生時代

ー高校卒業後、書道をどのように続けられたのでしょうか?

以前から入会していた書道会より毎月出される課題をこなしていました。郵送でやり取りし練習を積んだ後、師範の試験に臨みました。20歳の時に合格し、当時最年少という年齢で師範を取得しました。師範取得をきっかけに書道会から卒業し、自分の表現を突き詰める道を選びました。

ー大学に入ってから変わったことはありましたか?

書道に没頭するということが怖くなってしまったことですかね…。没頭すると、視野が狭くなってしまうからです。

中学校の時は、先生が紹介してくれた書道の展覧会で1番を取ることしか考えていなかったんです。

ーそれが、視野の狭さにつながった…ということでしょうか?

例えば、インターネットで調べて出てきた展覧会に挑戦してみたり。書道の分野だけではなく、書道とダンスのコラボをしてみるなど…。色々な選択肢はあるけれど、それに気付かない限り選ぶことはできません。没頭によって、その選択肢が見えなくなることが怖いと感じました。

ーそう思うようになったきっかけはありますか?

大学に入ってから、色々な人と話す機会がありました。大学一年生の時には、「知り合いを100人作る!」という目標を決めて、人に会いまくっていました(笑)いろんな価値観を持つ人と話す中でよく聞かれることがありました。「何で書道を始めたの?」「何で書道をしているの?」という問いです。

ー自分の内面に関わってくるような質問ですね。

今まで、自分がなぜ書道をするのかということは考えてきませんでした。環境が変わって色々な人と会う中で、自分はなぜ書道をするのか、そしてその他の選択肢についても考えるようになったんです。

ー確かに…自分の中にあるものは、他人によって気付かされることもありますよね。

私は感受性が高いので、他人の意見を聞いていてもとても苦しくなる時があります。ただ、それをどう吸収するかは自分で決めることは大切にしています。モヤモヤすることは書道に起こしてみたり、文字に書いてみたり。こういうことを通して、自分と向き合うことは大事だと思いますね。

ー自分と向き合う大切さに気付いたきっかけはありますか?

自分と向き合う内向的な自分に気付いたのは、大学1年生の時です。日米学生会議という学生会議プログラムに参加したのが、大きなきっかけになりました。

ー日米学生会議…ですか!?

これは全国の大学から集まった学生十数名、アメリカの学生十数名と寝食を共にしながら過ごすプログラムです。

参加した当初は、外交性のかたまりのような性格でした。そこでは参加メンバーと話すうちに「何で?」という問いを頻繁にもらうんです。そういった問いに答えるため、もっと自分の感情を観察してみよう、変化を観察してみようという内向性が出てきました。

ー下吹越さんはたくさんのプロジェクトに参加されているのですね…!
同じく下吹越さんが参加されている、九州大学21世紀プログラムについて教えてください。

このプログラムは、特定のカリキュラムを持たず、個人の興味・関心に沿ってプログラムを展開していきます。学部の壁はなく、自分で九州大学の授業を組み合わせるんです。自分はこういう分野に興味があって、こういう論文が書きたいから、この研究室に所属する…という選択ができます。

ーまさに自由ですね…!

先生から研究テーマが提案されることがないので、全て自分で考えて決めなければなりません。21世紀プログラムを通して、自分は何者なんだろうということを考え抜きました。病んでしまうくらい(笑)自分で決めて自分で行動するためには、自分を知ることが必要不可欠だからです。

ーそこで下吹越さんは、どのようなテーマを選ばれたのでしょうか?

宇宙倫理学、です。ただ、このテーマの決定にも葛藤があって…。

宇宙がやりたいと言った時には、物理学と、宇宙工学、どっちに行きたいの?とよく聞かれます。宇宙をやりたいなら、宇宙工学をやるというのは一般的なんです。

ーそこに下吹越さんは違和感を感じていた…ということでしょうか?

はい。宇宙に繋がる学問の選択肢が狭いということに、「何か違う」と感じていました。でも、皆が言う宇宙工学に寄らないといけない、とも思っていたんです。

ー結果的に下吹越さんは宇宙倫理学というテーマを選ばれましたが、どのような経緯があったのでしょう?

私は、自分が何者であるかを他人に求めていたのだと思います。宇宙といえば宇宙工学だ、理系だ…という意見に自分を探そうとしていました。ですが、何者かであるは自分が決めるべきです。自分の心が喜ぶことを優先しようと思い、理系ではなく文系分野の宇宙倫理学をテーマとして選びました。

書道と宇宙を突き詰めたその先は、「貫く」こと

ー下吹越さんの書道の活動について、教えてください。

大きく分けて2つあります。一つは書道のパフォーマンスをしています。もう一つは、書道教室を海外の方に向けて行っています。

ー海外でも活動されているのですね…!海外を意識するきっかけはありましたか?

国境を越えていける書道の魅力を中学生の時に知ったことです。

当時、訪問した写真展でカナダ人の方に名前を書いてあげたんです。名前に漢字をあて、その意味などを説明すると、とても喜んでくれて。書道はコミュニケーションツールになるんだと、感動しました。

ー中学生で書道の新しい可能性に気付いた訳ですね…!

書道は可能性を広げてくれるものだし、国境や言葉のボーダーを越えていける。それが体験をもとに実感できました。その後も、オーストラリア、シンガポール、香港、ドイツで書道のワークショップを行いました。

ー海外でのパフォーマンスは、どういったことをされるのですか?

例えば一人一画を担当してもらい、皆で漢字を完成させるパフォーマンスを行っています。また、書道の指導を通して書く楽しみを知ってもらうワークショップも行っています。

今はパソコンが普及し、書く文化より打つ文化が一般的です。そんな今だからこそ、「書くことって楽しい」と思ってもらいたいと考えています。

ー書道の動作だけでなく、墨の香りや筆の音にも、癒されるものがありますね…。

まさに、そうなんです!市販の筆ペンで大丈夫なので、毎日、何か好きな文字を書いてみる。そうすると「今日は何だか元気がなさそうな字だな」とか「今日は調子が良さそうだ」と分かるんです。字を書くことによって、自分と対話しているというイメージです。癒されますし、自分を知るきっかけになるので、かなりオススメの方法です!

ーそうですね!やってみます…!
次に宇宙についてのお話を聞かせてください。宇宙に惹かれたきっかけは何だったのでしょう?

宇宙に惹かれたきっかけは、小学校5年生の時の社会科の授業です。日本地図を写すという課題が出されていたんですが、とても早く終わったんです。習字をやっていたので模写は得意だったんです。そこで、先生が「早く終わったなら世界地図を描いてなさい」と私に指示しました。

ー漢字くらい複雑な文字を毎日練習していたら、日本地図は簡単かもしれませんね(笑)

言われた通り、世界地図を描き始めたのですが、ここで私は思いました。

「本当に地形なの!?実際にこの目で確かめたい!」

ただ地球にいる限り、この欲求は満たされない。そんな時に宇宙への憧れを持ったのが、惹かれるきっかけでしたね。

ー憧れが興味に変わったのですね…!

その時から、宇宙が自分のアイデンティティだったんです。恋愛対象だったと言っても過言ではありません(笑)恋愛に例えると分かりやすいのですが、好きな人は傷つけてほしくないじゃないですか?そう考えた時に、宇宙を利用することを前提とした宇宙工学に対して疑問を持ち始めたんです。

ー先ほどおっしゃった、研究テーマを決定する過程で感じた「違和感」ですね。

はい。工学部の方とお話をしていて感じていた違和感も、同じ理由でした。宇宙を利用する以外のアプローチはないのかと思っていたんです。こうした思いから、宇宙の捉え方を通して人類と宇宙の関係を論文にしたいと思うようになりました。

「宇宙倫理学」というテーマで研究を行ったのは、こうした背景があったんです。

ー下吹越さんは書道においても、宇宙においても突き詰めていらっしゃいますね。そしてそれを突き詰める過程で、色々なものを越えていっている、という印象です。

確かに、そうですね。書道では、国境や言葉の壁を越えることができました。
宇宙の研究においても、宇宙工学などの学問の壁を越えたと言ってもいいかもしれません。

ー全く違う分野でも突き詰めた後、そこにある境界を貫いているということは共通していますよね。

ボーダーがあると思われている領域には、実はボーダーはない。一つのことを突き詰めた後には、ボーダーのない可能性にあふれた世界が待っているんです。こういったメッセージを、宇宙倫理学の研究や書道によってこれからも伝えていきたいですね。

ー下吹越さんのそういった経験・価値観を知って、一つのことを極めることに迷いがある方の参考になればと思います。本日は、ありがとうございました!

取材者:山崎貴大(Twitter
執筆:あかりんご(Twitter
デザイナー:五十嵐有沙(Twitter