フォルケホイスコーレに惚れて起業した安井早紀。「どんな凸凹も誰かの学びになる」

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第123回は株式会社Compath共同創業者の安井早紀さんです。

現在は拠点を北海道の東川町に移され、デンマークのフォルケホイスコーレにヒントを得た人生の学校の設立を準備中の安井さん。フォルケホイスコーレに惚れ込んだきっかけや、会社設立に至るまでのお話をお聞きしました!

 

北海道を拠点に株式会社Compathを設立

デンマーク

ーまずは簡単に現在のお仕事について教えてください。

4月に株式会社Compathを設立し、現在は北海道に拠点を置いて活動しています。3年前デンマークに旅行で訪れた際に人生のための学校「フォルケホイスコーレ」に出会い、それをモデルにした人生の学校作りに取り組んでいます。

ーということは学校を作られるということでしょうか。

学校自体は現在設立準備中で、校舎ができるのは2年後の予定です。現在は校舎設立と並行して、町全体をキャンパスに見立てたプログラムを行っています。昨年からショートプログラムを実施しており、徐々にこれから学校の形に育てていこうという段階に入っています。

ー北海道を拠点とされている理由は何かあったのですか。

2年前頃から周囲にフォルケホイスコーレを日本で広めたいという話をしていた所、たまたま「興味関心がとても合いそうな人がいるよ」と紹介された方が北海道の養鶏家、新田さんという方でした。新田さんは20年も前からフォルケホイスコーレを知っており、日本にも作るべきだと思われていたそうです。そんな縁もあり、この街の人たちと一緒に作っていきたいなと思ったんです。

ーそんなご縁で移住された東川町はいかがですか。

移住してまだ4ヶ月ですがここにしてよかったなと思っています。自然がとにかく綺麗なのと、あとはやっぱり東川町の魅力は人だなと思います。自分の幸せを大事にしながら、社会や地球の幸せに働きかけている人たちが多い、人生の学校づくりを一緒にしたい方々、そして生き方のロールモデルにしたい方々がたくさんいる素敵な町です。

自分の意思が消えていた小学生〜高校時代

ー少し過去のお話も聞かせてください。どのような幼少期を過ごされていましたか。

親の海外転勤で幼少期はロンドンで過ごしました。現地校に入学したのですが、英語が話せなかったのでコミュニケーションをとることができずクラスメイトが相手にしてくれない経験をしました。海外というと自由でフラットというイメージがあるかもしれませんが、肌の色で差別されるという分かりやすい人種差別も経験しました。

これがきっかけで周りの反応に敏感になり、人に気を遣うようにもなりました。でもこの時の経験があったからこそ、弱い立場にある人の気持ちや辛い時にどんな言葉をかけられたら嬉しいのかを知ることができました。私にとっては忘れられない、忘れてはいけない経験の1つになっています。

ーそのような経験もされていたんですね。その後日本に帰国されたのですか。

はい、小学校に入ってから日本に帰国しましたがまた異なる環境で苦労することとなりました。差別を超えるために頑張って身に付けた英語が、日本に帰れば外人みたいで気持ち悪いと差別される要因になることがショックでした。でも当時マンガ世界の偉人が好きでよく読んでいたのですが、偉人伝って困難な幼少期が描かれているので、きっとこの人たちと同じように今の辛い経験が今後に活きるはず、このやろーと思っていました。でも、まあ現実逃避ですよね(笑)

ー中学・高校はどのような生活を送られていたのでしょうか。

小学校の頃はあまり友達がいなかったのもあり、中学は友達をたくさん作りたいと思い少し地元から離れた中学校に進学しました。どうやったら友達ができるかをずっと考えていましたね(笑)結果的に友達ができて楽しい中高生活が送ることができましたが、今振り返ると、自分の意志や個性よりも常に周りに溶け込むこと・角が立たないことを気にしていて、気付いたら「いつかわたしは本気を出す」という魔法の言葉をかけながら、いつまでも中途半端な自分だった気がします。

人の繋がりで社会を変えることができると知った

ーそれは大学に進学して変わりましたか。

大学1年目は中高時代を引きずっていて、サークル選びも周りに合わせてなんとなく。でも「いつか本気出すっていつ出すんだろうな」と思う瞬間があり、サークルはやめました。そしてたまたま紹介してもらって入ったのがNPO法人 Teach For Japanでした。

ーもともと教育事業に興味があったのですか。

年が離れた弟と妹がいるのですが、勉強を教えることは私の役割でした。そこからバックグラウンドが多様な子供たちに英会話を教える機会を作り始めたんです。でもその事業がなかなかうまくいかなくって、弟子入りさせてくださいみたいなノリでTeach For Japanに関わってみることを決めました。そこで初めて真面目な話を話せる仲間、熱い思いを持って取り組む仲間に出会うことができて刺激を受けました。自分は今まで自分らしさや自分の力を温存してきたのではないかと思うようになったんです。

Teach For Japanでの経験は自分の卒業後のキャリアにも繋がりました。

1つはTeach For Japanに人がどんどん増えて大きく成長していくのをみることができ、1人の人が問いを持ったことを発信するとそれに共感した人やアイディアを持った人が集まり社会を変えていくことができると知ることができました。社会を作るのも変えるのもやっぱり「人」だなあと思いました。

もう1つはTeach For Japanにはプロボノで参画されている人がいたのですがその方々が色とりどりな人生を歩まれていて、私もそうありたいと思うようになりました。なので、いくつか内定をいただいた中でも「想像できない未来を描けそう」な会社にしようと思い、まずはリクルートでやっていこうと決めました。

ー入社してみていかがでしたか。

想像できない未来が来るのが早すぎました(笑)初期配属が想定外の総務だったんです。総務はどこの部署も管轄外の仕事が集まる場所だったので、入社1年くらいはどこにモチベーションを持てばいいか分からず過ごしていました。

くすぶっていた私を上司が見かねて「ファミリーデーって興味ある?」と声をかけてくれたところから総務人生が変わりました。企画書を物凄い勢いで作って、「はたらいぶ」という新しい社内制度立ち上げまでやりきりました。それ以降考え方が変わり、楽しい仕事と楽しくない仕事があるのではなくて、自分が楽しくするかしないかでしかないと思うようになりました。

2年半総務で働いたあとは、3年半は人事の部署にいました。この期間は私の弱みだと思っていたものが強みに転換した大事な時期でした。これまでは、人の気持ちに対して繊細なこと、感受性が豊かすぎることは、自分が素早く物事をこなすためには邪魔なものだと思っていました。でも、人事としてはとても大事な素養だったんですよね。天職だなと思っていました。

ー5年働いた後、転職を決められたきっかけは何だったのですか。

リクルート在籍時にデンマークを訪れ、自分の人生の目的「フォルケホイスコーレ」が見つかったのですが、そのまま起業する勇気がなかったんです。そこで、教育事業に関わっていくならば公教育の場を経験したいと思い、地域・教育魅力化プラットフォームに参画することを決めました。島根に移住し「地域みらい留学」の広報PR責任者を務めていたのですが、立ち上げフェーズだったのもあり、めちゃくちゃ楽しくてチャレンジングな日々でした。本気な自分と、本気な人たちに会う日々の中で、経験が足りない、知識が足りないからまだ起業できないと決めつけているのは自分だったと気付いて、起業を決意しました。

凸凹は誰かを豊かにするもの、自分らしさを大事に。

ーフォルケホイスコーレに惚れ込んだ理由は何だったのでしょうか

フォルケホイスコーレは17歳半以上であれば誰でも通うことのできるデンマークの教育機関です。人生のどんな場面にいる人も、自分を見つめ直すことのできる時間を持つことができる場所になっています。空白の時間を持つことで自分らしさを取り戻して自分らしく生きることができるのだなと私は思いました。

人間ってみんな凸凹で、完璧じゃないと思うんです。そしてどの凸凹も誰かの学びになり、誰かを豊かにする材料になると思っています。今の日本はまだまだ、自分らしく生きるというのは”強い人に限る”という前提があるように感じます。フォルケホイスコーレのような人生の学校ができることで、少しずつそれが変わっていけばいいなと思っています。

ー教育を通して社会を変えていくということは難しいかと思いますが、そのあたりはどのように考えられていますか。

教育で社会を変えることは大変なことだと私自身も感じています。デンマークも175年かけてフォルケホイスコーレを定着させています。

とある尊敬している人が「私はゴッホでいいのよ」と言っていて、最近は私もそう考えるようにしています。ゴッホって死後に、自分の絵画の価値が世界に広まったんですよね。教育は成果を急ぐと本質から遠のく。自分の見える範囲での変化は小さいことしかないんだと思います。なので、もしかしたら自分が生きている間に成果が見えなくてもいいという気持ちで取り組めばいいと思っています。

遠くを見るために短期成果をモチベーションにしない分、プロセスが楽しくて幸せかどうかを大事にしています。自分も含めて、半径数メートルの人たちを全力で幸せにすること、その積み重ねが社会を変えるにつながっていると考えています。

ー起業されて4ヶ月、まだまだこれからかと思いますが最後に今後の展望についても教えてください。

日本の土壌にあった形でフォルケホイスコーレを作ること、そのプロセスを通じて「日本に余白の時間は必要か?」という問いを投げかけることです。自分が抱えている問いに周りの人を巻き込んでいきたいと思っています。価値観に共感してくれる人をたくさん見つけることができれば、社会を変えることができると思っています。

2年後、自分が予想できなかった未来にいつのまにか辿り着けてたらいいなと思っています。

 

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取材:西村創一朗(Twitter
執筆:松本佳恋(ブログ/Twitter