「17時に帰る編集長」というコピーのもと、働く女性のロールモデルとして広く話題になった元ゼクシィ編集長、伊藤綾さん。
ゼクシィ編集長を退任された現在も、子育てをしながら3社で活躍する「パラレルママワ―カ―」というスタイルで、新しいロ―ルモデルとして大きな注目を集めています。
しかし現在に至るまでには、寿退社によるキャリアのリセット、専業主婦から契約社員への挑戦、育児休暇を経た職場復帰など、女性ならではのさまざまな苦労や葛藤があったといいます。
そんな伊藤さんに、女性の働き方、特に仕事と育児の両立について語っていただきました。
キャリアのスタートは、20代後半だった
―現在のお仕事などについて教えてください。
現在は小学校5年生の双子を子育てしながら、3社で
パラレルワ―クを行なっています。リクル―ト、医療系企業の人事、教育、広報などを掛け持ちしています。
―伊藤さんは専業主婦をされていた時期があったという、リクル―トの中ではかなり珍しいタイプの方です。
たしかに、すごく珍しかったと思います。リクル―トに入社する前は出版社に勤務していました。でも、24歳で結婚したことを機に退社。夫の転勤について行くために仕事を辞めて、専業主婦になったんです。
その後東京に戻ってから、リクル―トのゼクシィ編集部に契約社員で入りました。そういった経緯があるので、今のキャリアのスタ―トは27、8歳の頃なんですよね。
20代後半からのキャリアリスタ―トは、かなり大変だったのではないでしょうか?
そうですね。やっぱり、毎日必死でした。スタ―トの遅れを取り戻すために、かなり忙しく働いていましたね。
―しかし、苦労して築き上げたキャリアを、妊娠出産を機に「もういいかな」と手放そうとしたとか。
キャリアのスタ―トは遅かったのですが、30代になって子供を妊娠した時には編集長になっていました。編集長にまでなったし、キャリアはこれでもういいかな、って。
―「キャリアはもういいかな」と考えた理由は何だったんですか?
そんなに明確な意思を持っていたわけじゃないんです。「せっかく専業主婦から復帰したのにもったいないよ」という言葉もたくさんいただきましたが、単純に「私には子育てしながら仕事なんて無理! そんなス―パ―マンみたいにできない」と思ったんです。
かなり忙しく働いていたので、子育てをしながら出産前と同じ仕事をするイメ―ジがまったく持てなかったんですよね。
毎日残業が当たり前で、少なくとも保育園のお迎えに間に合うぐらいの時間に仕事が終わるなんて、当時はとてもイメ―ジできなかったです。
花嫁さんたちの「その後」を考えるようになった
―ご出産される際も、相当大変だったとおうかがいしています。
子供が生まれるときに、産褥性心筋症という心不全の病気になってしまったんです。ちょっと重い状態になっていて、CCUっていうICUみたいなところに入っていました。かなり体調が悪くて、電話にも出られないほどだったので、「自分はもう二度と仕事はできないだろうな」と感じました。
―しかし、その後に再び職場復帰され、ゼクシィ編集長として再度ご活躍されています。二度目の職場復帰を思い立ったキッカケは何だったのでしょう?
出産後、育休生活に入ったんですが、やっぱり育児がすごく大変で。ある日、体調があまり良くない時のことです。子どもの夜泣きをあやしながら、朦朧とする意識の中で鏡か窓に映る疲れた自分の顔を見て、ハッとしたんですよ。今まで私がゼクシィ編集長として関わってきた花嫁さんたちって、今どうしてるんだろうなって。
もちろん育休に入る前も、いつも一生懸命、花嫁さんと花婿さんのことを考えていました。ゼクシィは結婚式について取り上げる媒体だったので、どういう結婚式なら喜んでもらえるだろうか、良い結婚式って何だろう、とか。でも、鏡で自分の顔を見た次の日から、結婚式の後のこと、「その後、花嫁さんや花婿さんは幸せにしているのかな?」ということが気になり始めたんです。
―ご自身の育児経験をキッカケに、ゼクシィの捉え方が変わったんですね。
もちろんお子さんがいる人いない人など、結婚後のスタイルは様々です。でもどんなスタイルであっても、結婚式の後、花嫁さんや花婿さんがどうやって自分の人生を生きていくのか。そこまで考えた雑誌作りをしなければならないと、遅ればせながら気がついたんです。
そして同じように、今ここで赤ちゃんを抱いている私は、どういうふうに自分の生活をつくっていくのか、どんなふうに人の役に立てるのか。そんなことを真剣に考えているうちに、「もう一度やってみよう、現場に戻って育児との両立も挑戦しよう!」って思ったんです。
自分の時間を予約する意識を持とう
―そうして職場復帰されたわけですが、やはり最初は大変だったのではないでしょうか?
最初は3時退社の時短勤務からスタ―トしたんですが、それでもわたしには結構厳しかったですね。時短勤務って、もっとゆっくりできるかと思っていたんですが、全然そんなことはなかったです。
仕事が終わって家に帰っても当然、休まることはありません。トイレにゆっくり入りたい、朝までゆっくり寝てみたいと、何回思ったかわかりません。
―時短勤務という、限られた時間で成果を出さなきゃいけないのはプレッシャ―だったと思います。短い時間のなかで成果を出すために、意識していたことや努力されていたことはありますか?
意識していたポイントが3つあります。1つは、いかに業務を効率化して、家事や働き方をコンパクトに変えていくかということです。
たとえば、朝の段取り。こっちの廊下でこの洗濯物出した帰りに、必ずこのブラシを取ってくるとか、そういうことを常に考えるようにしていました。
その際に参考にしていたのは、佐々木かをりさんから教わった「自分の時間を予約する」という考え方です。自分の時間は自分で確保する。そのために、まずは会議の時間を全部半分にするところからスタ―トしました。定例会議のように色々な人が入る会議は無理ですけど、私が主催の会議はできるかぎり時間を半分にするようにしたんです。
―1時間やっていた会議を30分にするということですか。
はい、まずは原則会議時間を半分にしました。あと「予約する」という観点で言うと、色々なアポイントメントの40分前には自分の時間を予約するようにしていましたね。
―なぜ40分なんですか?
約束の30分前に着くと、どうしてもバタバタしちゃうんですよね。でも40分あれば、たとえば隣のカフェとか公園に行っても、30分は時間を確保できるんですよ。30分あれば、本を読んだり、ぼ―っとしたり、プライベ―トなメッセージを返したりできる。そういう時間を確保できるようになるだけで、かなり働くのが楽になるんですよ。
時短に不可欠な「論理的思考」
―非常に実践的なノウハウですね。他に意識されていたことには何があるのでしょう?
2つめのポイントは、効率化するだけではなく、仕事自体のスピードを上げること。仕事の「成果」を最短で最高のものにする道のりをいつも考えることです。そしてそのためには「論理的思考」をできるだけ高いレベルで習得すること。イシューは何か、その解は何かを順序立ててクリティカルに思考する癖をつけていくことが大切ではないかと思います。
出産するまでは、そういうことはあまり学ばなくてもよい、と思っていた節がありました。たとえば、何かの合意を取ったり、決めるたりする時には、感覚的に「こういうものなんです、今の花嫁さんは」とか、「これがヒットすると思います」みたいな説明をするのみ。今思えば本当にひどい(笑)。
でも限られた時間で働こうと思ったら、こういう勢いと熱意に任せた方法はなかなか使えないんですよね…。もちろんテクニック的な時短ノウハウも大事ですが、その根本に論理的思考が備わっていると、結果として生産性も高まる。これはトレ―ニングしなきゃいけないぞ、という思いが出てきて、大変遅ればせながら頑張りました。
―具体的には何を頑張ったんですか。
研修を受けたり、勉強に行ったり、本も読みましたし、仕事の場で実践しては上司からフィードバックを受けたり。他の部署の、自分とは全く違う強みを持った方にメンターになってもらったり、あらゆることをしましたね。
ママは時間がないので、どうしても時短テクが気になります。でも本当に大事なのは、それだけじゃないよ、と今は思います。
出産や育児はハンディではない
―出産を経て、仕事に対する考え方がガラッと変わったんですね。
変わりましたね。でも一番大切なのは、3つめのポイント。「時間的はハンディを負った」という意識をとにかく捨て去るということです。
―呪われた存在だって思わないことですね。
そうです。どうしても産休明けに働こうとすると、「昔の自分はもっと働けたのに、今は自由が利かない」とか、「これもやらなきゃ、あれもやらなきゃと」みたいに、色々とネガティブに考えてしまう。
でも、そういう考えにとらわれていると発想が豊かになりづらい。そうではなく、そうした状況にあることを1つの「機会」として捉えることが大切です。
―具体的には、どのように考えれば良いのでしょうか?
私の場合は育児の経験を経て、結婚式だけでなく、花嫁さんたちの「その後」を考えるようになりました。結婚式当日が素敵なことも大事だけれど、「結婚式以降も素敵でいるためにはどのような式がよいのだろう」といったように、これまでとは違う視点で考えられるようになった。
もちろん、経験に関係なく多様な視点を持てることが大切だし、育児以外の経験もみんな、自分にとってきっと意味がありますよね。私も生活の変化によってそういう考えを得る機会を得たのだと考えました。
出産以前と全く同じ働き方はできないかもしれないけれども、代わりに得られるものも沢山ある。出産前から変わることは、決してハンディではないんです。
「自分の時間」が仕事にもプラスになる
―とはいえ、伊藤さんのような働き方は誰にでもできるものではない。そう感じてしまう人も多いのではないでしょうか?
そう思われることがないように気をつけるようにしていましたね。当時は2010年ぐらい、今ほど多様な働き方に対する理解があるわけではありませんでした。
「(伊藤さんは)ス―パ―ウ―マンだからできる」というふうになってはいけない。色々な選択肢がある中で、こういう働き方もあっていいんだって思ってもらえるように意識していましたね。
―具体的には、どのような取り組みをされていたのですか?
当時みんなとやっていたのは、「5時に帰る日」決めですね。ママ社員だけじゃなくて、編集部のあるチ―ムで、必ず5時に帰る日を作ることにしたんです。
「きっといいことあるから、強制はしないけどやってみるといいよ」ってアドバイスして。メンバ―が「じゃあ、ちょっとやってみます」と、予定をブロックして、5時に帰っていました。
―おもしろいですね、「5時に帰る日」。
結果として、みんながそれぞれ自分の時間を作るようになったことで視野が広がり、色々なアイデアが出てくるようになりました。
すると、トライアルをしたチームだけではなくて、編集部全体の雰囲気が変わってくる。
当時ヒットした、しゃもじや婚姻届などを付録として付けるというアイデアは、こうやって色々な生活を見て、色々な人と話をする時間を設けるようになったからこそ生まれてきたアイデアなんだと思います。
それに、「5時に帰る日」を設けるようになってから、みんなでユーモアを大切にした雑談が増えたり、部内で優しくできるようになったようにも感じます。時間を使って色々な人に会うようになったことで、多様性を受け入れやすくなったのかもしれませんね。
―自分の時間を持つことが、結果的に仕事にもプラスになる。
職種にもよりますけど、そう信じていました。時間が物を言う仕事もあるので一概には言えませんが、心持ちが変わることで成果が変わるということを実体験しましたね。
「働き方のバトン」をつなぐ
―そうしてゼクシィで活躍された伊藤さんですが、現在は一社だけの会社員として週5日働くという働き方をやめ、パラレルワ―クを実践されています。
40代になって、子どもが小学生になって大きくなって、私もすごく悩んだ。子育てしながら働くことに対する意識が、またちょっとずつ変わってきたんです。
―よく、「子育ては3歳までが大変」と言われますけど、大変の質が変わっていくだけで、いくつになってもその都度の大変さがありますよね。小5は小5なりの大変さがある。お受験だとかなんとか。
そうですね。きっと中、高、大人になっても別の大変さが出てくるでしょうし、そのうち親の介護などの問題も出てきます。そうしたことを考えたときに、さらにもっと色々な選択肢があるといいよね、と思ったんです。
ここまでも頑張ってきたけど、もっと挑戦してみてみたいなって。さっきの3つめのポイントにつながりますけど、これも「機会」だと考えようと思いました。
―ハンディじゃなくて機会。とてもいい言葉ですね。
今でこそ「働き方」の多様化が推し進められていますが、これって今までに多くの方が様々な挑戦をして、「働き方のバトン」を繋いでくれた結果だと思うんですよ。
特に女性の働き方に関しては、出産しても辞めない、管理職になるなどの挑戦を多くの方がしてくれた、本当にいろんなバトンが渡ってきた結果として、今がある。
なので私も、どんなバトンを渡せるかな、と考えるようにしています。実際にできているかわかりませんが、より良い形でバトンを渡せるようにしたいですね。
―働き方のバトン、素晴らしいと思います。どんなバトンを渡したいかというイメ―ジはありますか?
私の今までの取り組みって、どちらかというと時間面のチャレンジだったんですよね。いかに時間を短縮して、育児と仕事を両立させるかという点からの挑戦だった。でもこれからは、もっと色々な仕事をするとか、時短以外の部分で選択肢をたくさん提案できるようになりたいなと考えています。
「早く帰る、早く帰らない」という選択以外の選択肢。すでに広がりつつありますが、これをもっと広げていきたい。私の「パラレルママワ―カー」というスタイルが、バトンとして誰かの役に立つと嬉しいなと考えながら働いています。
(取材:西村 創一朗、編集:大沼 楽)