「アリモノでアソブ」人生を。イラストレーター・イベント企画の中井瑶貴が語る、自分らしい生き方

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第932回目となる今回は、中井 瑶貴(ナカイ タマキ)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

会社員として働きつつ、Instagramで自作イラストの発信や、リアルイベントの開催を行なっている中井さん。学生時代のエピソードやイラストに込めた思い、今後の目標などについてお話していただきました。

イラストよりも運動が好きだった幼少期

ー簡単に自己紹介をお願いいたします。

中井 瑶貴と申します。会社員をしながら、アニメテイストの女の子のイラストに、手書きの言葉を添えた「コトバと女の子」の作品をメインに、月1ペースで全国各地での展示活動を実施しています。

展示活動については「新たな考え方と出会う・広げる」を目的としているため、イラスト以外の活動をされている方とのコラボや、飲食店などの交流が生まれやすい場で実施することが多いです。

イベントは、東京、関西、福岡の3つの拠点で開くことが多いですね。東京は現在の居住地で、関西は自分の出身地ですが、福岡は「イベントを開いてほしい」との声をきっかけに繋がりが生まれ、第3の拠点になりました。

子どもの頃はどんなお子さんでしたか?

とにかく活発で、休み時間や放課後にみんなで遊ぶ時間が大半を占めていましたね。イラストに費やす時間はそれよりも少なかったです。

ただ、家庭内では兄弟間でよくお絵描き対決をしていました。親に描いた絵を見せると喜んでくれたのが嬉しかったんですよね。もとは親を喜ばせるためにイラストを描いていたのが、だんだんと自分の趣味になっていきました。

当時はマンガの模写や、自分でつくったマンガを描いていました。また、ニンテンドーDSのパラパラ漫画を作るソフトでボーカロイドのMVを描いていたのをよく覚えています。

ー運動の方がお好きだったんですね。

ところが13歳になって、自己免疫系の難病になってしまったんです。新生活が始まったばかりの中1の夏に病気が判明して、運動制限もかかって、せっかく入部したテニス部の活動をがんばれないショックが大きかったです。この病気がなかったら部活に打ち込んでいただろうと思いますね。

最初は、思い描いていた学生生活とのギャップを感じてつらかったです。この病気は明確な治療方法がないのですが、自然治癒するケースもあり、少し安静にすれば治るだろうと前向きに考えるようにしていました。

その後は幸い、軽い運動ならして良いことになったんです。ただ、テニス部への所属は続けていたものの、外周などのハードな練習はできなかったので、上達も難しいうえ、「キツイ練習だけサボってんちゃうか」など一部の周りの声も痛かったですね。

ー頑張りたいことに取り組めなかったのはつらいですね……

そうですね。ただ、途中からは病気は治らないものだと前向きに受け入れて「制限のある状況をいかに楽しむか」を模索するようになりました

高校入学後には、運動ではなく勉強を頑張ろうと切り替えました。イラストを描くことは続けていて、カップルの記念日に似顔絵を描いてプレゼントしたりしていましたね。

特に自分からイラストを描けると積極的に発信していたわけではないのですが、Twitterで「こんなイラストを描いてもらったよ」とアップしてくれた人がいて、その投稿を見た人からお願いされることが多かったです。

大学時代、ダンス界隈で「踊らんけど必要なポジション」をイラストの力で作った

ーその後の学生生活はどうでしたか。

大学では病状も安定していたのでダンスサークルに入りました。ダンスはひとりでもみんなでも踊れるので、もし悪化したら辞めればいいかと思って入ったんです。実際、20歳で病気が悪化して、踊るのは難しくなってしまいました。

ただ、ダンスコミュニティの雰囲気が好きで、踊れなくてもいいからダンス界隈には居座りたい!と思い、踊る以外でダンスに関わる方法はないかと考えるようになっていました。そんなとき、あるチームメンバーが「チームTシャツのデザインがダサい!」と愚痴をこぼしていて(笑)。そこで「わたし、絵ならちょっと描けるぞ!」と、踊る側から描く側にシフトしたんです。

ただ、一人で描くイラストと違って、依頼を受けてのイラストは、わたしの思う「かっこいい・かわいい」ではなく、相手の理想を描くことが大事になるので、最初はそこが難しかったですね。

いろいろなチームのイラストを描きながら、話し合いを重ねたり、失敗から生かしていました。

ーイラストが描けることを生かして、メンバーの役に立ったんですね。

イラスト提供だけの時は割と順調だったんですが、活動の延長で始めたTシャツ制作はうまくやれなかったです。Tシャツという有形のものにすると、納期・在庫管理などが難しくて大変でしたね。自分の中でパンクしてしまって、人に迷惑かけることもあり、イラストを描くのも嫌になりやめてしまいました。これがちょうど就活のタイミングだったので、「不規則な生活は嫌だ、安定した会社に入りたい」と思い就職する方向にしました。

いざ入社してみると、生活の節々でふとイラストで人に迷惑をかけたなとフラッシュバックしてしまうことが多くて。イラストでかけた迷惑は、イラストで上書きしないとダメなんだなと思い、またイラストを描き始めることにしました

まずはカップルイラストや似顔絵のアイコンから描き始めました。ただ似顔絵の場合、ポージングや服装などの見た目についてのヒアリングが中心になることが多く「もっと相手の内面について知れるような活動がしたい」と思うようになりました

より多くのコミュニケーションが生まれるように「自身や他者の価値観を書いたコトバ」もイラストに添えたらいいんじゃないかと思い、コトバと女の子のスタイルに落ち着きました。

そのスタイルでしばらく続けていたところ、イラストの個展をやらないかというお話をいただき、2021年に初めて個展を開いて、そこからすっかりよりディープなコミュニケーションがとれるイベント活動にはまってしまいました。

ーコミュニケーションを重要視されているのですね。

やはり病気にかかったことが大きくて、運動や入院などの制限のある環境を楽しむためには考え方を変えるしかありませんでした

その中で”モノの見方”を増やすためには、様々な人とコミュニケーションを取ることが大事だと感じました。このような実体験から、コミュニケーションがより生まれる制作を重要視するようになりました。

ーなんでイラストは女の子なんですか。

「コトバ(価値観や考え)」を考えるときに思い浮かぶのは、病気で考え方を広げる必要が多かった中学生の自分なんですよね。コトバに添えるには女の子がしっくりきたので、女の子をセットにしました(笑)。

ーイベントのコラボ対象としては、どういった方が多いのでしょうか?

飲食店、ヨガインストラクター、グルメインフルエンサー、手話カフェをやっている方など、イラスト以外の仕事をされている方が多いですね。自分のイベントに来てくれた人で、「この人となら、みんなが楽しめるイベント作りができそう」と思った人とコラボすることが多いです。

わたしのイベントは、来てくれた人とわたしだけでなく来てくれた人同士でコミュニケーションが取れるように企画しています。みんなが楽しめる設計にするのは大変ですが、楽しいですね