マイク1本で全米を魅了。日本人コメディアンSaku Yanagawaの想いとは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第653回目となる今回は、日本人スタンダップコメディアンとしてシカゴを拠点に活動するSaku Yanagawaさんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

メジャーリーガーになる夢を挫折した経験を乗り越え、スタンダップコメディアンとしてマイク1本で観客を魅了するSakuさん。30歳未満で活躍するアジア人を選ぶ、Forbes誌の「30 under 30 Asia 21」にも選出された彼から、コメディアンの道に進んだきっかけや作品作りへの思いを伺いました。

野球選手を諦めた矢先に、スタンダップコメディとの衝撃的な出会い

ーまず、簡単に自己紹介をお願いします。

アメリカのシカゴで、スタンダップコメディアンという仕事をしているSaku Yanagawaと申します。

スタンダップコメディアンとは、マイク1本を持って舞台に立ち、コメディアン自ら内容から演出まで考えたネタを生披露して、トークだけで観客を笑わせる職業です。ライター、編集、監督、俳優の要素を1人でこなすので、やりがいがありすごく楽しいです。

1回のネタの長さは15分ほどで、1日で複数の舞台をはしごすることもあります。毎日公演があり、先週だけで20本以上の舞台に立ちました。

ーSakuさんがスタンダップコメディを始めたきっかけは?

ニューヨークで活躍する日本人スタンダップコメディアンの特集をテレビで見たことがきっかけです。それまではそんな職業があることも知らなかったのですが、知らない土地で自分の身一つで邁進していく姿に衝撃を受けて。翌日には学校を休み、ニューヨークに向かいました。チケットも持たずに衝動的に空港に向かったのはこれが初めてでしたね(笑)。

渡米後は、ニューヨークにあるすべてのコメディ専用劇場へ足を運び、舞台に立たせてほしいと頭を下げて回りました。そこでオープンマイクというアマチュアのショーに出演できたのが、僕にとっての初舞台となりました。

ーすごい行動力ですね!以前から芸人には興味があったのでしょうか?

いえ。実は、長らくメジャーリーガーを目指していました。大学時代も含め、学生時代は夢を叶えるためにひたすら野球に打ち込んできましたね。でも肘を怪我して引退せざるを得なくなってしまって……。

ー夢を諦めた過去があるんですね。

野球を続けようと思えば、もっとできたと思います。でも当時の僕は、怪我を理由に野球から逃げてしまいました。

しかし、野球を諦めたからこそスタンダップコメディアンという職業に出会えたと思っています。当時はお笑いも舞台も未経験で、英語も片言しか話せませんでした。でも「新しく見つけた好きなことで挽回したい」という一心で、必死に居場所を探していましたね。

ー舞台に居場所を見出したんですね。しかし、未経験から舞台に立つのは勇気がいったかと思います。人生最初の舞台は緊張しましたか?

>緊張する間もないほど必死でした。それまでお笑いを練習したこともなければ、英語も得意とは言えなかったので。それでもニューヨークに着いたらすぐにでも活動したかったから、飛行機の中で必死にネタを作りましたね。

お笑いも英語も知らない。でも、伝えたい気持ちは人一倍ありました。僕のその必死さが新鮮だったようで、営業先の劇場で笑いをとることができたんです。

また、「今の僕には失うものはない。失敗しても、またゼロからやり直せばいい」と気負わなかったのもよかったのかもしれません。

偶然にもその会場で、セカンド・シティというシカゴの有名劇団の方にスカウトしてもらえて、コメディアンとしての活動をはじめました。

アメリカ全土でコメディの武者修行。挑戦と失敗を繰り返し、現地を肌で感じる大切さを学ぶ

ー映画のように順調な展開ですね!その後はどのように活動を進めたのですか?

セカンド・シティのあるシカゴを拠点に、アメリカ全土を旅しながら舞台に立ち、経験を重ねました。

アメリカは広大な国で多様な価値観を持つ人々がいるので、州ごとに客層が異なります。シカゴから近いアイオワ州で公演をしたときには、シカゴで通用しているジョークを披露して、まったく笑っていただけなかったこともありました。

それからは、新しいネタを書くときには公演する土地の文化や歴史の勉強を必ずしています。舞台の前には可能な限り早く現地に赴いて、バーの客やタクシー運転手など、現地の人と実際にコミュニケーションを取りながらネタを作っていくのです。

ー現地にわざわざ赴かなくても、書籍やメディアなどで文化や歴史を調べることはできますよね。なぜ、現地でのコミュニケーションを重視しているのでしょうか。

本や映画などからイメージを膨らませてネタをつくることもできますが、机上でつくった笑いは本番ではウケません。ユーモアはローカルなものなので、実際に見て感じた体験が大切だと考えています。

ーアメリカでは州ごとに客層も笑いのツボも異なるとのことでしたが、国や地域によってもウケるジョークに違いはありますか?

まさしく、笑いのスタイルは場所によってまったく異なります。

以前ケニアで仕事をした際には、僕が言うオチに合わせてDJが即興で効果音を入れてくれるテレビ番組に出演したことがありました。事前のリハーサル無しで本番を迎えたため、オチとは違う部分に効果音が入ってしまいまして(笑)。ケニア独自の笑いのスタイルに驚かされましたね。

ー笑いのツボを押さえるだけでなく、ネタの中に自分らしさを入れることも大切かと思いますが、何か工夫をされていますか?

自分の考えや価値観、背景について向き合う時間をとっています。自分の視点を言語化するのは意外と難しく、新聞や本を読んで視野を広げつつ、そのニュースに自分はどう感じたかを深く考えるようにしています。

スタンダップコメディは視点を笑いに変える芸能ですので、どんなにカッコいいことをいってもネタが滑れば失敗です。渾身のネタでお客さんに笑っていただけなかった日は、家にかえって机の下に三角座りをしながら反省会をしています。

ーネタが滑ってしまったとき、Sakuさんはどうするのでしょうか?

コメディアンは笑いを取ることが仕事なので、ネタが滑った日には「今日ちょっとあかんわ」と毎回落ち込みます。

でも、失敗したときにどう心の折り合いをつけるかが大事ですよね。僕も1日に複数の公演をする日がありますが、1本目で滑ってもエネルギーを落とさず、移動中には元気を取り戻して、また次の舞台に出るようにしています。

ー失敗しても、気落ちを保てるのはなぜですか?

「失敗から学んだことを冷静に振り返って、次に生かす」ことを心がけているからです。

これは野球の経験で学んだことですが、たとえ1打席目で三振したとしても、ピッチャーが投げる球の癖や自分のスイングの欠点など、三振から学んだことも必ずあります。2打席目は1打席目とは別の打席だと考え、学んだことの改善に集中しています。