人生で起こることはすべてネタになる!グロースハッカー河原亜民の人生の歩み方とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第651回目となる今回は、グロースハッカー河原亜民さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

人種や宗教、お金、家族などの問題に悩み続けた河原さん。いろいろな経験を通して身についた、人生の悩みをネタとして捉える考え方を語っていただきました。

宗教からの脱出で悩み続けた日々


ー自己紹介をお願いします。


愛知県常滑市出身の27歳、河原亜民です。現在は、神奈川県川崎市在住でサラリーマンをしています。グルメサイトを通じてユーザーの飲食体験や、お店の業務体験を磨く仕事です。エンジニアさんやデザイナーさんと共同して、プロダクトを改善しています。

ユーザーの行動データや、世の中の状況から改善案を定義的、定量的に示し、実践して効果を測定する仕事です。

ー11歳のときに大きなターニングポイントがあったと思うのですが、どのようなことがあったのですか?

もともと私は、父親がバングラデシュの人、母親が日本の人でイスラム教徒でした。

いわゆる原理主義といわれる、イスラームの元に国を治めることが世の中にとって良いことだと思っている父親でした。イスラム教徒として教育を受けていたので、よく寝る前に神の話を聞かせてもらっていました。

このころから家庭の都合で、イスラム教の教えを厳守するようになったのが、大きな変化でした。

ー突然、宗教から脱出をしてどのように思い悩まれたのですか?

「日本人とイスラム教徒のどちらにも属さない自分は何者なのだろう?」と、答えのない問いに悩み始めるようになったのです。

悩みを抱え始めると、学校でばかにされるようになったり、両親が宗教とお金のことでけんかし始めたり、いろいろなかたちで負荷がかかり続けて、毎日泣いていました。

小学5年生くらいのときに「たぶん今が一番、人生の底だから残りの人生はのぼる一方だ」と思っていました。

ラクロスにのめり込んだ大学時代


ー受験勉強の末、名古屋大学に進学されますが大学時代はどのような生活を送られていたのですか?


ほとんどの時間やお金、労力をラクロスにつぎ込んでいました。奨学金をたくさん借りては全部使い、アメリカのワールドカップを見に行きました。それほどラクロスにハマり、夢中になってひとつのことに取り組んだ大学時代でした。

ーなぜラクロスを始めようと思ったのですか?

部活をやる予定はなかったのですが、4年間をなんとなく過ごしてしまうと時間やお金など、すべてが無駄になると考え、何かに打ち込もうと思ったからです。

ラクロスは大学から始める人が多く、スタートラインが同じなので、ゼロからでもやった分だけ活躍できると思いました。

きちんと打ち込める点とスタートラインが同じ点、2つの点に惹かれて選びました。

ー奨学金を使ってアメリカに行ったときはどうでしたか?

非常に良い経験でした。OB・OGの方が少しお金を援助してくれたのもあって「自分の代でいかにチームの目標である学生日本一を目指すか」という視点から「これから時間をかけて、日本一に近づいていくのだ」と長い目でチームを見るようになりました。

以前よりもラクロスに打ち込むようになり、大学院でもプレイヤーをしながら新入生のコーチに入り始めました。継続的に強いチームを作っていくために、注力するようになったのが一番大きな変化でした。

ーコーチとして気持ちの変化や難しさは感じられましたか?

何年後かに勝つために今は何に取り組むべきなのか、優先順位のつけ方が変わりました。一方で教えることのプロでもないので、自分もプレーしながら、教えることに時間を割かなければならない葛藤がありましたね。

つまずいている子たちが「どこでつまずいているのか?」つまずいている点の言語化を手伝っていました。彼らが何か気づきを得て、改善できるのはどこかを考えながらやっていました。