「シカ起業家」が語る、命に責任を持つ社会づくり。ディアベリー代表・渡辺洋平

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第518回目となる今回は、シカ起業家・渡辺洋平(わたなべようへい)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

いじめのつらい体験を乗り越え、命と向きあうことを大切にしている渡辺さん。命に責任を持つ社会づくりや、そのために情熱を注いでいる活動などについて語っていただきました。

いじめと苦悩の日々で「自分が変わればすべてが変わる」と気づいた高校時代

ーまずは簡単に自己紹介をお願いいたします。

株式会社ディアベリ―代表取締役の「シカ起業家」、渡辺洋平と申します。

横浜国立大学に通いながら、シカの革を利用したレザーブランド「ディアベリ―」を設立。オンラインショップでレザー製品を販売しています。

ーそんな渡辺さんはどんな幼少・学生時代を過ごされましたか?

現在の僕はとてもポジティブな人間なのですが、そのルーツは子供の頃のいじめが関わっています。

早生まれで体が小さく、幼稚園では大きな男の子たちによくいじめられていました。逃げるように女の子と仲良くして、相談できる人もおらずつらい時期でした。

小学校に入るといじめはしばらく落ち着きましたが、5年生で再発。当時熱中していたサッカー少年団のメンバーにいじめられ、心も体もキズつけられました。

親にも友達にも相談できず、毎日学校に行くのが嫌で。当時のつらい経験があったからこそ、今の「普通のことでもとても幸せに感じられるハッピーな感性」が培われたと思います。

ーいじめに苦しんでいた渡辺さんのターニングポイントはいつですか?

中校生になって身長が伸び、筋トレを始めたこと。そしていじめてきた相手とクラスが変わり、環境が変わったことです。自分の変化+環境の変化が重なり、いじめを克服することができました。

高校に入学すると「いつか起業したい」と考えるように。そのためには勉強をしていい大学に入りたいと思いましたが、好きなサッカーも楽しく続けたい気持ちもありました。

そこで「学業と両立できる」ことをコンセプトに、純粋に楽しむためのフットサルチームを設立。最初は2人しかいなかったメンバーもどんどん増えて、何も無い状態の自分に「仲間」が集う楽しさを知りました。

ー幼少期から高校時代までに、渡辺さんが行動を起こす度に、どんどん新しい変化が生まれていったんですね。

はい。「自分が変わればすべてが変わる」ということを強く感じました。

ー過去の出来事の中で、今に繋がっている価値観を教えてください。

僕には3つの価値観があり、現在の活動のモチベーションになっています。

  • 成長
  • 仲間
  • オリジナリティ

の3つです。

幼少期から高校にかけて自分の成長を感じると共に、成長そのものが楽しいと思うようになりました。自己成長があるからこそモチベーションが上がり、未知の未来に向かうための原動力になっています。

仲間の大切さは、孤独な時代があったからこそ感じられます。自分が成長するから仲間が増え、仲間が増えるから成長できる。相乗効果になるモチベーションです。

また、いじめられていた時に、自分は競争をしても勝てるタイプではないと悟りました。だからこそ「だったら人と違うことをして生きよう」と。オリジナルな個性を追い求める生き方は、今の事業にも繋がっています。

「成長の実感」「仲間がいること」「人とは違うオリジナリティ」。この3つがフットサルチームには揃っていたので楽しかったし、今の僕の価値観にとっても無くてはならないアイデンティティです。

大学入学、挑戦と挫折。「継続ができない自分」への自己嫌悪

ー現在の大学に入学してからの出来事を教えてください。

コロナ禍になり友達と会う機会が減ったことで、同調圧力が減って自由な気持ちになれました。良い意味でプレッシャーも減り、夢だった起業に挑戦しようという前向きな気持ちでした。

しかし、さまざまな事業の構想を練ったものの、どれも中途半端なまま失敗、挫折。原因は、自分のモチベーションが続かなかったことです。元々の飽き性な性格もあり、人やお金を集めるパッションが足りませんでした。

結果は出したい。しかし、継続ができない。そして僕自身も「継続ができない人は成功もできない」と分かっていたんです。理想と現実のギャップを強く感じ、自己嫌悪の日々でした。

ー情熱が足りなかった原因は何だと思いますか?

起業すること自体が目的になってしまっていたからだと思います。

起業することによって何を生み出すのか、何が変化するのか、について特に考えていませんでした。目に見えやすいお金も、僕の低い物欲からはモチベーションには繋がらなかったんですよね。

また当時は仲間を集わずに1人で挑戦していたのも、最後までやり切れなかった原因だと思います。毎日のように孤独を強く感じてつらかったのを覚えています。仲間がいれば違った未来があったかもしれません。

「シカ起業家」が生まれたルーツは、管理するために殺す社会。命のキセキを届けるために

ー挫折の日々の中で、渡辺さんが現在の「シカ起業家」になるまでの経緯を教えてください。

改めて「何のためならやる気が出るんだろう」と考えました。最初は死への恐怖から「人類への貢献」を考え、宇宙や地球温暖化対策など壮大な夢を描きましたが、自分の器では足りないなと。

少しずつ現実的な範囲に想像を狭めていき「日本、いや、地元の北海道のためにならできることがありそう」という答えに辿りつきました。北海道という狭い範囲なら、自分の起こした行動が目に見えるかもしれないと思ったんです。

早速、北海道のためにできそうな事業を調べました。そこで改めて気づかされたのが、「野生のシカ問題」です。

ーシカ問題について詳しく教えてください。

シカ問題は、北海道民にとって非常に身近なものです。主に農業被害や林業被害、生態系被害、交通システム被害などが挙げられます。特に交通被害は、シカの衝突事故が4年連続で過去最多となっています。

決め手となったのは農林水産省のデータです。捕獲されたシカの利用率は、なんとたったの10%(平成29年度)。ハンターによる自家消費もありますが、獲って捨てるということが当たり前の現状があります。

原始時代は人間が動物を狩猟して食べるのが当然だった。しかし今は、管理するために殺して捨てている。「これはおかしい」と思い始めました。

本来シカの革は高級品で、ハイブランドのアイテムにも利用されます。なのに現実は、肉以外の皮や内臓はほぼ廃棄。この現状をどうにかしたいと考えました。

そこで立ちあげたブランドが「ディアベリ―」です。「ディア」は「シカ」、「ベリー」はシカの魅力を届けたい想いを込め「デリバリー(届ける)」から名づけました。

ーディアベリ―のアイテムのこだわりについて教えてください。

元々、シカの革は肌ざわりがとても良いものです。シカは2mもの距離をジャンプするので革も柔軟で柔らかく、非常に使いやすい革製品になります。触るとほっとするような、優しい温かみがあります。その中でも高品質な製法にこだわる専門家にレザーの加工を依頼しています。

その中でもディアベリ―が大切にしているのは「キズ」です。世の中の多くの革製品は、キズが入っていると価値が下がるもの。しかし、僕は真逆だと思っていて。

キズは、シカ同士が闘う時や、木とすれ違う時などにつきます。その個体が確かにこの地球に存在し、生き抜いた軌跡です。工業製品ではこの味は決して出せません。

まさに「世界にひとつ」の奇跡であり、生きた軌跡。なので僕はこのキズを「キセキ」と呼んでいます。

キズ自体が価値であり、愛着が沸く理由。シカの命の躍動が、「キセキ」に刻まれています。

さらにディアベリ―のアイテムには、一つひとつの過程にプロフェッショナルの業を交えます。狩猟、解体、貯蔵、加工、縫製。色々なプロフェッショナルのお陰で出来上がる、奇跡の結晶です。

このキセキを活かしたアイテムを提供しているのが、ディアベリ―ならではの魅力であり強みだと思っています。

「違和感」から始まったシカ起業。自分の感性に正直に生きていくこと

ー渡辺さんが、取りくみの上で大切にしていることは何ですか?

「正しさでは世界は変えられない」という考えです。

社会を変えたいと思うと、問題提起や現状を真面目に発信しがちです。しかし消費者は、ガチガチにパッケージングされた情報は受けとりづらいものですよね。

世界を変えるのは、正しさではなく楽しさだと思っています。楽しい情報として提供されるからこそ人は興味を持ち、楽しい改善方法があるから実践したいと思える。その結果、世界が変わっていく。

「楽しさの先に正しさがあるような設計をすること」が、僕の仕事だと思っています。

ー渡辺さんのシカへの熱意には、どのような想いがあるのでしょうか?

おこがましいかもしれませんが、同世代でこのようなシカを軸に活動をしているのは僕くらいじゃないかと思っているんです。

ハンターや流通に携わっている方々の高齢化もあり、僕がリードして活動をしていかないとシカ製品の文化はどんどん無くなっていくと感じます。

僕がやらないと、さらに若い世代に引き継げない。すると、ただ命を管理するために奪う状況が加速します。

それでも、「自分が頑張ればその構造はなんとか変えられるかもしれない」という想いが、良いプレッシャーでありモチベーションです。

ー渡辺さんがこれから挑戦したいことを教えてください。

将来的には「命に責任を持つ社会」を実現したいと考えています。そのための手段はいくらでもあるはずなので。

今はそのための一歩として、自社のレザーを広めていきたい。今の僕たちの役割は、シカの魅力を多くの人に届けることだと思っています。

もちろん、事業を続けられないのが1番のリスク。どのように事業を存続させながら拡大し、挑戦していくのかを考え続けることも大切です。

ー最後に、U-29世代へメッセージをお願いします!

僕の事業のスタートは「違和感」でした。

命を無駄にしている、という違和感。この違和感を解決したいという想いが現在に繋がっています。直感や違和感にこそ、自分の価値観や考えの本質が現れると思います。

皆さんが知識や情報を得た時に感じた「違和感」を大切にしてください。批判してくる人もいるかと思いますが、応援してくれる人も必ずいるはずです。

周囲の人たちの言葉を上手に受けとめて、少しずつ改善していきましょう。

ーありがとうございました!渡辺さんの今後のご活躍を応援しております!

取材:まつむらひかり
執筆:METLOZAPP(Twitter/BLOG
デザイン:高橋りえ(Twitter