失敗しても得るものは多い。起業家・塚田眞琴が挑戦を続け、自ら正解をつくり出す考え方


様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第438回目となる今回は、b-monster株式会社代表取締役の塚田 眞琴(つかだまこと)さんです。

ニューヨーク(以下、NY)で体験した暗闇ボクシングフィットネスを日本に取り入れるべく、大学を中退して姉妹で起業した塚田さん。現在は会社のビジョンのもと、4ブランドを展開する活躍をされています。挑戦することをやめず、自分の手で正解をつくることの大切さを伺いました。

NYで出会った暗闇ボクシングで起業

ー初めに、自己紹介をお願いいたします。

b-monster株式会社代表取締役の塚田眞琴です。b-monsterは主に4つのブランドを運営しております。まず始めたのは、暗闇フィットネス・ボクシング「b-monster」の運営。暗闇ボクシングフィットネスとはその名のとおり、暗闇空間の中、大音量で音楽を流してボクシングをする事業です。次に、昨年の10月頃から始めたオンラインフィットネスアプリ「buddies」と、今年の5月に新しく渋谷にオープンした「TOY VOX」。同じく暗闇ボクシングフィットネスですが、TOY VOXの場合はキックボクシングであることや、これまでは人間が教えていたところをバーチャルパフォーマーが教えるという新しい業態です。2021年5月には、併設でサステナブルカフェレストラン「EAT for E」をオープンしました。sioの鳥羽シェフにフードメニューを監修してもらい、昆虫食をメインに提供しております。

ーさまざまな事業を展開されているのですね。暗闇フィットネス・ボクシングのアイデアはどこから出てきたのでしょうか?

暗闇ボクシングは、元々NYで存在していたものを日本に持ってきた形です。年始に今年の目標を決める際に、姉とボクシングで痩せようという目標を立てたことがきっかけですね。当時は有名人もボクシングをされていて、女性の憧れとして広まっていた時代でした。そこでまずは私も体験してみようと思い、姉と近所のボクシングジムに行ったのですが、ジムの室内は明るくて、鏡に向かってフォームをひたすら練習する環境だったんです。鏡越しに姉と目があって気まずくなったり、何か思われるのも嫌で集中できませんでした。もっと熱中できないと痩せられないとSNSで発信をしたら、NYに住んでいた友人が暗闇ボクシングを紹介してくれて。実際に現地で体験してみると楽しくて、これを日本に持って帰りたいと思い、すぐに姉と事業を立ち上げることにしました。帰りの飛行機で事業計画を考えましたね(笑)。

ーすぐに行動へと移したのですね!b-monsterという名前の由来と、軸となっている考えやビジョンを教えてください。

b-monsterの由来は、モハメド・アリ氏の名言である「蝶のように舞い、蜂のようにさす」という言葉にあやかり、蝶(butterfly)と蜂(bee)の頭文字から”b”はとりました。また、私は94年生まれで野球の大谷翔平選手と同い年なのですが、その当時からとても活躍されていて、同世代として彼の存在が目標でした。彼のように活躍できたらいいなと思っていたときに、ニュースで彼のことを「怪物級」だと表現されていて、その言葉に惹かれたんです。憧れを通り越して畏怖のような存在、”Be the monster.”で想像を超える存在になれという意味にもぴったりでしたし、会社自体や通ってくださるメンバーさんも自分たちが想像していないような存在になれたらと願い、b-monsterと名付けました。

また、「心身ともに洗練され、チャレンジし続ける人であふれる世界をつくる」というビジョンを掲げています。このビジョンのもと現在は日本各地の8スタジオ、台湾や上海など海外に4スタジオを展開しております。

漫才コンテストの挑戦も留学も、すべて自分が正しいと思った道

ーここからは、ビジョンを持ちながら事業を運営される、塚田さんのこれまでの人生をお伺いします。まずどのような幼少期から小学校時代を過ごしていましたか?

両親が起業家だったので、裕福な家庭で育ちました。飲食店や服を買いに行くときには、店舗に担当の方がいましたね。その方々は私と姉にも優しく接してくださったのですが、やはり私たちではなく両親に対して気を遣っている眼差しなんですよね。私がどんなに声を発しても、私の方を見てくれないと感じた経験がありました。そのときに人があまり信用できなくなり、利益があるからこそ優しくしてくれるんだと幼心に感じて、「私を見てほしい」「私だけでも何か利益を出せるよ」と思っていましたね。

ーその出来事に対して悲観的になるのではなく、反骨精神のような何か自分にできることはないかと探り始めるのですね。小学生のときは習い事などなにをされていましたか?

水泳や書道、ブラスバンドなどさまざまな習い事をさせてもらっていました。私がなにかやりたいと親に伝えたら、なんでもやっていいよと言ってもらえる環境でしたね。子どもの頃は明るくて注目されたい性格で、高いところに登って歌を歌っていたり、路上ライブを自由にやっていたみたいです(笑)。

ー小学校のクラスでは人気者でムードメーカー的な存在だったのですね。

はい。私を見てほしいと思う気持ちがあったので、どうしたら注目してもらえるのかを試行錯誤していましたね。小学6年生のときはコミュニティに応じて自分を演じ、どうすれば人が自分を見てくれるのかを研究して見つけることを繰り返していました。でもそれで人気が出ても、虚しく感じてしまった時期があったんです。本来の私自身を見てもらえていない感覚でした。本当の自分や本当の友人とはなんだろう、とその頃から考え始めました。

ー「本当の自分」や「本当の友人」とは何かという問いに対して、当時答えは出ましたか?

いえ、答えは出なかったです。演じて満足しないなら、今度は演じていない自分のままでいようと思いました。仮に人気が出なくなったとしても、その時自分はどう感じるかを知りたくなったので、中学生の時はあまり頑張らずに素の自分でいれましたね。

ー15歳のときに漫才師を目指されたそうですが、塚田さんの素の部分が出た出来事だと感じました。

そうですね。お笑いが小さい時から大好きだったんです。人を信用できないところがあったので、嫌なことがあっても親や友達に話せなくて。でも自分の中に溜め込むと辛くなってしまうなか、自分にとってお笑いは辛いことを忘れさせてくれる存在でした。喧嘩して嫌な気持ちになっても、テレビを見て笑っている時間だけは嫌なことを全て忘れられたので、かけがえのない時間でした。

ーお笑いの存在が大きかったのですね。漫才コンテストに出場されたそうですが、それは誰かとコンビを組まれたのですか?

ネットの掲示板で探した人と一緒に、コンビとトリオの2組を結成していました。当時は今ほど、ネットで知り合った人とリアルな場で会うことがないので大丈夫か不安でしたが、そこで知り合った相方とハイスクール漫才に出場しました。

ー出場してみて、お客さんの反応はいかがでしたか?

結果としてはウケましたが、ウケたことに対して喜びがあったわけではなかったんですよね。ステージに立つ前までは、緊張と不安でいっぱいでした。普通の芸人さんはステージに立ってお客さんが笑ったら喜びに変わると思いますが、私の場合はウケたときにホッとした感情だったんです。それってプラスマイナスゼロの感情ですよね。これからもマイナスからのプラスマイナスゼロの感情の動きだと、将来の職業にしていくのは難しいと思ったので解散しました。漫才師を目指すのも辞めましたね。でも挑戦してみて本当によかったです。挑戦しなければ、ずっと「やりたかった」という感情のまま終わってしまっていたと思うんです。真剣に挑戦してやり切って、その上で自分にはあっていないと判断できました。この経験から、やってみたほうが得るものは大きい、だからこれからもなんでも挑戦してみようという気持ちが芽生えましたね。

ー漫才に挑戦したことが塚田さんの考え方の大きな軸になっているのですね。さらに高校生のときに、大きな転機があったそうですが教えていただけますか?

高校は、エスカレーター式の女子校に通っていました。でも高校1年生のとき、通学途中に突然「今日このまま学校に行ってはいけないのではないか」と思ったんです。今日このまま学校に行くと、普通に大学に進学して就職して、普通のままで自分の人生が終わってしまう将来が見えた気がしたんですよね。だから、その日は学校に行きませんでした。けれど、明日からどうするんだと思ったときに、なにか変えることをしなければいけないと考えて、そのときに留学の選択肢が出てきたんです。ありがたいことに両親が海外志向だったので、中学生の時から2週間ほどの留学プログラムに参加していた経験から、転校よりも留学のほうが両親は喜んでくれるだろうと留学することを決めました。当時留学していた友人に留学斡旋エージェントを教えてもらい、学校に行かなかったその足で、会社へ行って説明を聞き、あとは親の同意を得るところまで全部自分一人でおこないましたね。

ーすばらしい決断力と行動力ですね。突然、このままでいいのかと疑問に感じたのも勘が鋭いと思いました。留学に行ってみていかがでしたか?

イギリスのインターナショナルスクールに1年間留学をしたのですが、留学中はとても刺激的でした。当時は人見知りで、現地に知り合いもおらず、英語も全然できないレベルだったのですが、実際行ってみたら意外と自分もコミュニケーションがとれるんだと自信がつきました。一番の驚きは教育制度が日本と全く違ったことですね。1クラス10人以下の人数で、発言を求められる教育でした。発言をしないと、「今日一言も話していないけど、このまま話さないのなら出席にしないよ。ただ座っているだけなら授業にいる意味がない」と先生から言われる厳しい環境でしたね。そのときに、自分の存在をもっとアピールしないと価値がないのかと思い、そこから主体的に発言すると授業が楽しくなりました。先生もその発言に応じたフィードバックをくれますし、自分が求めれば求めるだけきちんとした教育を受けさせてくれるところがおもしろかったですね。あとは、さまざまな国から留学生が来ていたので異文化交流の経験も広がりました。

ー日本では体験できない経験をされたのですね。留学後はどのように進路を決めましたか?

高校2年生のときに1年休学して留学したので、帰国後は1つ下の子たちと高校2年生をスタートさせましたね。受験勉強はあまりしなかったのですが、当時はテレビ番組制作の仕事がやりたかったこともあり、法学部政治学科がある大学に進学しました。

b-monsterで人生を変えてチャレンジを続ける人を増やしたい

ー大学時代はどのように過ごしていましたか?

実は在学中に、大学に通う意欲をなくしていました。当時、テレビ番組に対してコンプライアンスが厳しくなり、思うように番組作りをされていないのではないかという印象があったんです。本当に自分がやりたいのはこの仕事なのかと悩み、目指していた夢がなくなったことで大学への意欲も消えてしまいました。このまま大学を続けるのも嫌だったので、両親に大学を辞めたいと相談したところ、「次に何をやるか決めてからのほうがいい」とアドバイスをもらったんです。次に何をするか決めたときに大学が必要なければ辞めればいい。でもまだ何をするのか決まる前に辞めるのは逃げだと言われて、これから何をするかを模索していましたね。

ーそこで今につながる事業、暗闇フィットネス・ボクシングとの出会いがあったのですね。

はい。大学2年生の2月にNYで暗闇フィットネス・ボクシングを体験して、日本でもこの感動と体験を味わえる環境をつくりたくなったんです。3月には大学を中退し、同時に姉と2人で起業しました。その年の6月には銀座スタジオをオープンした流れです。

ーすごいスピード感ですね……!起業資金はどのように準備されましたか?

両親が起業家だったので事業の話をしたところ、両親は案外乗り気で、細かいブランディングやターゲティングについて話し合うなかで出資してもらえることになりました。

実は姉も大学時代にいくつかサービスをやっていたのですが、そのときの両親は、本当に儲かるのか、儲からないと仕事ではなくボランティアだと、厳しくフィードバックしていたのを知ってたんです。だから、最初のアイデアから反応がよかったのは嬉しかったです。

ーお二人で起業されてすぐに銀座スタジオをオープンされていますが、新しくスタッフとして入った方々にどうやって暗闇フィットネス・ボクシングの雰囲気を伝えたのでしょうか?

最初は言葉でスタッフに伝えていましたが、伝えたいことの最終的な部分が伝わっていない気がしていたんです。口頭で伝えるのは難しいのかもしれないと限界を感じ、実際にスタッフ全員をNYの暗闇ボクシングジムに連れて行くことにしました。b-monsterのモデル店にも行ってプログラムを受けてもらい、その上で「日本ではこういう体験をつくりたい」と話し合えましたね。現地のプログラムを吸収してほしい気持ち以上に、現地の空気感を感じて取り入れてほしいと伝えていました。

ー銀座店がオープンして、お客様の様子や来店数はいかがでしたか?

ありがたいことに反響をいただいて、オープンしてすぐにたくさんのお客様に来ていただきました。さらにオープンから2, 3ヶ月で目標にしていた1,000人を突破できました。

ー集客するためにどのようなことに力を入れたのでしょうか?

広報に力を入れていました。暗闇ボクシングフィットネスを最初の段階から知っていただき、どれだけ早く会員さんになってもらうかが大事だったんです。そのためにも初期から広告費を使って広告を打つ戦略を考え、道端アンジェリカさんと松村邦洋さんをお呼びして記者発表イベントをおこないました。Webや雑誌、テレビなどの記者さんにお越しいただき、イベントは大成功でした。

ーその後、暗闇ボクシング「b-monster」以外にもさまざまな事業を始められましたが、なぜ多角的に事業を広げる戦略をしていこうと思ったのか教えてください。

最初にお話ししたビジョン、「心身ともに洗練され、チャレンジし続ける人であふれる世界をつくる」を成し遂げるために、もっとできることがあるのではないかと考えました。

b-monster自体はブランディングを高めて、通っていることがステータスだと思えるジムをつくりたかった。だからあえて通えない人が出てくるシステム、ハードなプログラムや高めの月額費を設定することで、b-monsterのステータスをつくり出しました。けれども、私たちのビジョンを成し遂げるには、b-monsterに通えなかった人たちに対しても広げていかないと、チャレンジし続ける人であふれる世界にはできないと思ったんです。

そのために、b-monsterができない部分を補うサービスとして、最初に登場したのが「buddies」です。ジムに通うまでとは思っておらず、YouTubeや本を使って一人でダイエットするモチベーションはないけど、それでも痩せたい人たちに向けてつくりました。さらに、ジムには通いたいけど、b-monsterまで厳しいところには行けない、もう少し軽い気持ちで新しい体験もしながらダイエットをしたい人向けに生み出したサービスが「TOY VOX」です。サステナブルカフェレストラン「EAT for E」も、ダイエットには運動と同じくらい食事が大切なので、食事もあわせてサポートしたい想いから実現しました。すべてビジョンに基づいて、幅広く事業をしています。

ー大切にされているビジョンはどのように言語化されましたか?何か原体験などがあったのですか?

b-monsterを始めたときは、もっと軽い気持ちでした。自分が暗闇ボクシングをやっていて楽しかった経験や、自分だったらもっと楽しくできるプログラムがつくれると思ったので、単純に自分がやりたいという思いだったんです。でもたくさんの方々に通っていただけるようになり、会員の方から「b-monsterに入って人生が変わりました」と言ってもらえたことが大きかったですね。その方は今までダイエットが上手くいかず悲観的だったけど、b-monsterを通して痩せることができて自信がついたそうなんです。いろんなことに挑戦できるようになり、人生で初めてパスポートを取得して、NYに行くこともできたと教えてくれました。そのときに運動だけではなく、さらに明るい未来や挑戦する気持ちをb-monsterは提供できるのではないかと感じたんです。会社なので利益を生み出すことも大事ですが、社会に影響を与える価値をつくることも大事だと思い、このようにビジョンを言語化しました。

ー会員様の人生も大きく変えているのですね。サステナブルカフェレストランでは、なぜ昆虫食に着目されたのでしょうか?

食の観点でも会員の皆様をサポートできたらと思っていた中で、ただのスーパーフードやタンパク質、豊富な食事などをb-monsterで提供するのは違うと感じていました。もっとおもしろいものや社会的メッセージがあるものを提供したいと思っていたときに、「サステナブル」はキーワードとして今後取り組んでいかなければならないと感じたのがひとつの理由です。

また以前、「ゴキブリの羽とエビの尻尾は同じ成分でできている」という都市伝説をテレビで観た経験もきっかけになっていますね。一緒に観ていた友人たちは、「今までエビの尻尾も食べていたけど、気持ち悪くてもう食べられない」といった反応だったんです。でも私はそのときに、「今までエビの尻尾も食べてきたから、ゴキブリの羽も食べられるんだ」と思ったんですよね。同じ事柄なのに、見る角度が違ったらできないことが増えてしまうのと、できることが増えるのだったら、後者が人生において豊かではないかと感じました。だから、私たちの事業で昆虫食を提供することで、できないと思っていたことができるようになった経験を一つの成功体験としてほしいんです。今後の人生で、絶対できないと思ったことがあったとしても、「昆虫食も絶対食べられないと思っていたけど、食べてみたらおいしかったよね」と思い出してもらえることで、目の前のこともやってみればおもしろいかもしれないと思えるきっかけになると嬉しいです。

失敗もすべて経験になるから、恐れずに挑戦してほしい

ー塚田さんのお話を伺うなかで、自ら正解をつくっていく姿勢を感じましたが、そのあたりは意識されていますか?

意識していますね。実は昔、大事なことはすべてあみだくじで決めていたんです。それこそ漫才の相方と初めて会うときも、留学の期間やそのまま海外の大学に進学するか帰国するかの選択肢も、迷ったときはあみだくじで決めていましたね。次第にあみだくじで出た答えに対して、この答えが出たからそのとおりにやるのではなくて、せっかくこの答えが出たのだから、それを正解にしないといけないと思うようになりました。そのときに、どの答えが出ても自分はその答えを正解として生きていけると実感するようになって、そこからあみだくじで決めることはやめました。どの未来に進んだとしても、自分のやり方次第でいい方向に持っていける自信や覚悟はあります。だからこそ、自分で正解をつくっていくものだと思っていますね。

ー挑戦したいけど不安でできない人も多いなか、そのような人に向けて塚田さんが必要だと感じていることやアドバイスがあれば教えてください。

私は小さい頃から挑戦すること好きで、そのなかでも「挑戦して失敗したとしても、得るものがたくさんある」と感じています。挑戦しなかったことから得るものはほとんどなくて、後悔だけが残ると思います。挑戦してみた経験を今度別の何かに活かせると、次につながるんですよね。例えば昔少しだけ野球をやっていたのですが、ボクシングを始めたときに腰の捻り方が野球と似ているらしく、上手だと褒められたことがあります。そのときに「当時はすぐに野球をやめちゃったけど、将来に役立っていたんだ」と感じました。子どものときに好きだった漫画も、当時は親から漫画ばかり読まないでと言われていましたが、今では仕事に活きている部分もあるんです。やってみて失敗したとしても、何かしら人生の中で経験になっています。経験になれば、それは失敗ではないと思えるので、そう思えると挑戦しやすくなると思います。

ー最後に、塚田さんが今後b-monsterで目指したいことを教えてください。

やはりビジョンとして掲げている、「心身ともに洗練され、チャレンジし続ける人であふれる世界をつくる」ことですね。これはずっと目標にしてきて、価値があることだと感じています。そのビジョンを実現できるプロダクトを4ブランド運営して、どのブランドも目標としているビジョンや価値に対してアプローチできるものだと思っています。一つひとつを深めつつ、さらにフィットネスに囚われずにさまざまな角度からメッセージを発信したいですね。フィットネスだけではなく、今よりもより良い世界や、その世界をつくる人たちを生み出したいです。

取材:大庭周(Facebook / note / Twitter
執筆:スナミ アキナ(Twitter/note
デザイン:高橋りえ(Twitter