21歳で会計士になるも、令和のよろず屋へとキャリアチェンジ。会川智華が語る生きる理由と幸せな死に方

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第214回は令和のよろず屋として活動されている会川智華さんです。中学3年の時にとある学校の課題がきっかけで会計士になるという目標をたてられた会川さん。会計士を目指そうと思った理由や、会計士になられてから令和のよろず屋になるまでの経緯についてお話しいただきました。

業務内容を絞ることない、何でも屋のフリーランス

ーまずは簡単に現在のお仕事について教えてください。

フリーランスで令和のよろず屋、所謂何でも屋さんとしてフリーランスで活動しています。現在社会人3年目なのですが、新卒で監査法人にて1年半働き、退職後現在の働き方にシフトしました。現在は会計コンサルアクリア、SaaSベンチャーSkillnote、性教育に関する活動を行っている一般社団法人ソウレッジの3社と業務委託契約を結んでおり、業務内容を絞ることなく働かせていただいています。

ーそれぞれどのような業務を担当されているのですか。

会計コンサルでは経営企画、SaaSベンチャーでは経理の補佐、一般社団法人ではアイディアの壁打ち担当をしています。会計コンサルは大学時代からお世話になっていた企業で、具体的には会社のミッション・ビジョン・バリューの作成、ウェブサイトのリニューアル、インターン生の採用や制度構築などをさせていただいています。SaaSベンチャーでの経理補佐については、大学時代に会計士の資格を取ったのでその知識を活かしてお手伝いさせていただいています。

ーなるほど。最後の壁打ち担当については具体的にどのようなことをされているのですか。

一般社団法人ソウレッジでは性教育トイレットペーパーを届ける活動をしているのですが、そのプロジェクトが行き詰まった時の相談相手のような担当になります。中長期目線で今後の活動について考えるときの壁打ち役になっています。

 

家から自立するために会計士を目指すことに

ー少し過去を振り返って現在の会川さんのターニングポイントとなったお話をお聞きできればと思います。

最初のターニングポイントは13歳の時のことです。中学受験をし、第一志望の学校に入学することができたのですが、周りと合わず、入学してすぐにいじめを経験しました。周囲からお嬢様学校と呼ばれるような学校に中学から外部生として入学したので、それまで公園を駆け回っていたタイプの私と育ちのいい同級生との間にどうしてもギャップがあったのかもしれません。

無理やり周りに合わせてまで誰かと仲良くしたいという思いがなかったので、結果的にいじめられることになってしまいました。幸いにも1年生の終わりには徐々に溶け込み、卒業までには友人もたくさんできたのですが、この時の経験が自分の生き方について考えるきっかけとなりました。

というのも、家庭でもいろいろあったのでいじめを受けている時期に自殺を考えたことがあったんです。電車通学中に、ホームから飛び降りれたら楽なのにな…と。でも死んだ方がいいのかなと思うようになったことが、同時に、生きる理由を探すきっかけになりました。

ーそこからどのように中高時代を過ごされ、大学へ進学を決められたのでしょうか。

中学3年の時に出された課題で具体的な目標が決まりました。身近な人の職業について調べる課題だったのですが、私は会計士だった伯父に話を聞いたんです。その中で会計士は資格を取れば大学の卒業を待たずして働けることがわかりました。当時は家から自立することを目標に考えていたので、それはすごく魅力的に見えて。会計士になろうとその時に決めました。その後の進路も全て「会計士になる」を基準に決め、会計士の合格者が多い慶應大学に大学も決めました。

ーそして会計士になるという目標を無事達成されたのですね。勉強は大変でしたか。

はい。大学入学後から勉強をはじめ、大学3年の時、21歳で無事試験に合格しました。会計士というと合格するにはかなりの時間を勉強に費やす必要があるのですが、私は大学生活も楽しみたいと思っていたので、3年間かけて勉強しました。なので1日1~3時間しか勉強していない時期もあれば、1日18時間勉強していた日もありましたね。精神的にはしんどい時もありましたが、勉強自体は苦ではなく、目標達成に向けて必死でした。試験合格後は就職先も決まり、今もお世話になっている会計コンサルでインターンをはじめたり、面白そうだと思ったバイトを掛け持ちすることができ、充実した大学生活を送ることができました。

 

無職を目指して監査法人を退職

ー新卒では大手監査法人に入社されたとのことですが、仕事はいかがでしたか。

想像以上にたくさんのプロジェクトに関わらせていただくことができ、仕事は楽しかったです。会計士は企業の経営者の方と直接お話しできる機会が多いので刺激的でした。また、数字を通して会社の状態や方向性を理解することで、よりスムーズに初めましての経営者の方とも話すことができるのは会計士のいいところだなと思いました。

しかし、手をあげた分だけ挑戦させてくれる環境だったので気づいたらキャパオーバーしてしまい…入社半年で抑鬱状態になってしまいました。通院したり、会社側にも相談して業務量を調整いただいた結果、幸いにも休職することなく仕事は続けられていたのですが、繁忙期に差し掛かるとやはり体力的に厳しく…。同じ頃、会社の嫌な面が目につくようになってしまいました。「会社のここを変えたい!」と主張しても、大手だったこともありなかなかすぐには変わらない現状にモヤモヤし、時間をかけて会社を変えていくほど自分には体力的にも精神的にも余裕がないことから退職を決めました。

ー退職することに不安などはなかったのでしょうか。

無職を目指して退職したので不安はなかったです(笑)通常会計士は監査法人で5-10年経験を積むことが多いのですが、私はもともと3-5年でいいなと思っていました。結果的にそれより短い1.5年で辞めてしまいましたね。退職後は暇を楽しむつもりだったのですが、退職した話を周囲にしたところ手伝ってほしいというお話をいくつかいただき、気づいたらフリーランス状態になっていました。

ーフリーランスになろうと思ってたのでなくて、気づいたらなっていた感じだったのですね!

そうなんです。やってみてフリーランスの働き方は自分にあっていることに気づきました。週5日同じことをやるのではなく、いろんな仕事を並行してやる働き方は飽きることがなくて楽しく、同じことをやるよりもいろんなことをやった方が気分も切り替えられてよかったんです。また、前職で心身のキャパの限界を知ったので、自分の体調をみながら予定が調整できる働き方は自分にあっていました。

前職の経験から、私は第一領域(緊急度・重要度の高い仕事)よりも人事制度の更新などといった第二領域(緊急度は低いが重要性が高い仕事)が向いているなと思うところがありました。そして第二領域は業務委託と相性がとてもいいんですよね。他社での経験が生かせるというのもありますが、正社員の方は第一領域で手が一杯なことが多いので第二領域の業務は外部に頼まれる企業さんも多いんです。

ーなるほど。

フリーランスとして働く中で私は自分の経験値・スキルをあげるため、未経験の仕事もお声掛けいただいた場合引き受けるようにしています。本を読んで勉強したり、他社の事例を調べたりして取り組むのですが、その時に他の仕事をさせていただいている会社の例を実際に見て、ヒアリングできるのはフリーランスの強みです。例えば会計コンサルのブランディングのお仕事を担当した時は、ちょうどブランディングの強い会社で違う仕事を請け負っていたのでその会社を参考にさせていただいたりしました。

 

10年後やりたいことがあるなら、今やる。

ー確かにそうかもしれませんね。今後挑戦したいことなどがあればぜひ教えてください。

今は性教育に一般社団法人ソウレッジを通して、教育格差には奨学金プログラムの設立を通してアプローチしていますが、今後は性的マイノリティに関する問題にも何らかの形で関わっていければと思っています。また、2021年には起業もしたいと思っています。でもまずは今お仕事をいただいている3社で価値を発揮できるよう、しっかりと目の前の仕事に取り組みたいですね。

10年後やりたいことがあるなら、今やろうと思っているタイプなので長期的な目標はありませんが、大切にしたいことは友人・家族が後悔のない人生を送れるようにサポートすること。13歳の時に私はなぜ生きているのかを考えた時に、それは裏を返せばどうやって死ぬのが幸せなのかという問いだなと思いました。

私にとっての幸せは、私が死んだ時に、私を見送ってくれる友人や家族が後悔のない人生を送っていることだと思ったんですよね。だからこそ必要とされたときに、自分の大切な人のために全力でサポートできる人でありたいと思っています。

ー最後に、今精神的にしんどい思いをされている方に対して何かアドバイスがあればぜひお願いします。

今を乗り切ることに全力を注いでほしいなと思います。そのために使えるものは使って乗り切ってほしいです。私の場合は、中学の頃に生きる意味を考えたことや、その後会計士になるという目標が見つかり、その目標に向けてがんばってきたことが前に進める要因となりました。でもそれが必ずしも正解ではないと思います。とにかく目の前の壁を乗り越えること。そしてもし目標を持つことが力になると思うのであれば、少し将来のことを考えてみてください。

 

取材者:山崎貴大( Twitter
執筆者:松本佳恋(ブログ/Twitter
デザイナー:五十嵐有沙 (Twitter