継続こそが人生を創る!早起き好きの八百屋の息子 田端駿に聞く、人生の目標とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第669回目となる今回は、実家の八百屋を手伝い、就活中の田端駿さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

目的とマイルールを持つことが継続に繋がると語る田端さん。挑戦を続けることで得たターニングポイントや人生のゴール、何代も続く八百屋への熱い思いを語っていただきました。

※この記事は取材当時(2022年3月17日)時点の内容になります。

自分に自信がないから始めた朝活との出会い

ーまずは自己紹介をお願いします。

大学4年の田端駿と申します。

「学生と社会人を繋ぐプラットフォームを作りたい」と思い、InstagramやTwitterのアカウントを運用したり、朝活を主催したりしていました。

個人で活動しつつ、実家である八百屋の手伝いをする大学生活を送っていました。今日はざっくばらんにお話しできたらなと思います。よろしくお願いします!

ー朝活について詳しく教えてください。

社会人とお会いする中で、学生と社会人がラフに繋がれる環境がなかったことに疑問を感じました。

また、私は自分に自信がなく、早起きが苦手な人でした。0から1で何かをやり遂げたり、早起きを克服できたりしたら、成功体験が自信に繋がると思ったのが始まりです。

2021年6月からスタートし、100回前後の朝活を主催しました。最初は、カフェで朝8時から週4、5回ほど朝活をしていましたが、30回までは0人が当たり前でした。地道に継続し、最後の朝活には20人が来てくれました。

最終的には学生が3割、社会人が7割で、400人以上を集めることができました。

ー400人、すごいですね!朝活ではどのようなことをしていたのですか?

日によってテーマを変えたり、フリートークをしたりしていました。例えば「健康」をテーマにすると、健康意識のある方を集めて、ディスカッションをしました。

コンセプトは「学生と社会人がラフに繋がる」です。社会人になると、友達のように学生と関わる機会が少なくなると思います。

趣味の話をしたり、将来の話をしたり。社会人も仕事関係なく、友達として学生と繋がれる場を作りたかったのです。

後半の活動では「来てよかった」「学びになった」と思ってもらえるにはどうしたら良いかを考え、テーマを決めていました。数をこなすことも大切ですが、いかに内容をこだわれるかを考えていました。

ー量より質を重視するようになったのですね。田端さんはどのような役割を担っていたのですか?

朝活の主催や集客、当日のファシリテーターです。朝活のコンセプトの話から自己紹介へと場を回していく役割をしていました。人数が多くなってしまったときは、いつも来てくれる方に任せて臨機応変にやっていました。

ー100回以上の朝活をして、学んだことはありますか?

一人では何もできないことです。目の前に参加者がいるからこそ、主催やファシリテーターができていたと思います。

数を重ねていくうちに、自分を応援してくれる方や何回も来てくれる方がいて。中には「田端駿だから参加していた」という声をいただきました。

小さな成功体験を積み重ねることで自信につながりました。「参加してくれる方がいてくれるから朝活ができているのだ」とやりがいになり、継続的に楽しめたのだと思っています。

結果がすべてだと学んだ人生で最大の挫折

ー参加者が原動力になったのですね。ちなみに早起きは克服できたのでしょうか?

朝活がないときも早起きできるようになりました。自ら主催し、絶対に寝坊できない状況を作ったから克服できたのだと思います。

以前は朝9時や10時に起きるのが当たり前で、夜型でした。朝の時間を有効に使う良さに気づき、実行してみると、朝型が自分には合っていました。

ー夜型から朝型になれたのは朝活の存在が大きかったのですか?

そうですね。多くの人が継続できないのは、毎日やろうとするからだと思います。最終的に継続できない自分をダメだと思い、やめてしまうのだと思います。私は、睡眠も大事にしているので、毎日早起きしているわけではないです。夜遅くなってしまったときは朝遅く起きる日もあります。

自分でマイルールを作り、長期的にやるのが大事です。「毎日やろうとしない」と決めていたことで、習慣化に繋げられたのだと思います。

ーマイルールを決め、無理をしないことが大事ですね。過去を深ぼっていきたいと思います。田端さんは長い間、野球をされていたのですか?

はい。小学3年生から高校3年生まで野球一筋でした。高校は70人前後のメンバーがいました。

私は野球の技術より、雰囲気やベンチをあたためる存在でした。高校生最後の春の大会では守備要員でベンチに入ったことがあります。夏の大会は実力主義だったため、結果が出ず、メンバーに入ることができませんでした。

ーメンバーに選ばれず、悔しい思いもあったと思います。周りとの練習量はどのくらいでしたか?

私は、身長が160cmないほど小さいです。周りより身長が小さい中で「どうしたら勝てるのか」と思い、人より量をこなしていました。

ボールを投げたり、打ったり、走ったり。人一倍練習していたという自負があります。毎朝7時から8時までは朝練していました。夜も練習があるので、帰宅は9時から10時くらいでした。しかし、がんばるだけではなく、最後は結果なのだと学びました。

ー「最後は結果なのだ」と部活で新たな学びを気づかせてくれたのは、自分自身や周りの誰かの存在があったのですか?

そうですね。「なぜメンバーに入れなかったのか」と考えたとき、量をこなしていただけで、目的がなかったのかなと思っています。

現在は、何事も目的を持ち、量から質にこだわるようになりました。朝活やSNSの発信の継続は、野球での挫折経験から学んだことが活きていると思います。