様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第369回目となる今回は、株式会社リスポ代表取締役CEOの黍田龍平(きびたりゅうへい)さんです。
14歳の頃に、人々の意思決定を誘導する「空気」が世の中に存在していることを知った黍田さん。現在は個人で空気の研究をしながら、感謝でつながるサステイナブルな経済をつくるために起業家として挑戦しています。黍田さんのこれまでの人生を通して、具体的に設計しているサービスや実現したい社会を紐解いていきます。
個人の付加価値を大切にできる社会を実現するサービス
ーはじめに自己紹介をお願いします。
株式会社リスポ代表取締役CEOの黍田龍平と申します。慶應義塾大学に通いながら、日常的に「ありがとう」を伝えるサービスを開発しています。主に飲食店向けにデジタルチップでデジタルマネーをもとにアルバイトが正社員雇用に昇進するといった仕組みをつくっています。
事業をつくるときには、人々の生活を便利にするものではなくて豊かにするサービスをつくることを重視しています。「便利」の行き着く先は「怠惰」になると思っていて。そうではなくてサービスをつくるうえで、人間が本当に幸福を感じるものはなにかを常に大切に考えてから設計します。
ー具体的にどのようなことをやっているのでしょうか?
具体的には、飲食店へのデジタルチップサービス「Respo(リスポ)」導入です。卓にQRコードを設置して、いいなと思う接客を受ける体験をしたらQRコードを読み込んで店員を選択。金額を決めて送金するという簡単な手順です。厳密に言うとお金の送金というよりは、サービス内のポイントに変換して送ってあげる形ですね。例えば相手先で1,000ポイント貯まったら、Amazonギフト1,000円分と交換する仕組みです。現段階ではLINE@を使いながら、まずは店舗に送金したのち店舗から個人の給料に反映される設計です。
ーとてもおもしろい仕組みですね。ただそれは店舗側がシステムとして導入することが必要だと思いますが、店舗側が導入するメリットはなんでしょうか?
主なメリットは三点あります。ひとつめは、店員の接客力の可視化。これまで店員の接客力の可視化や昇進が店舗側の主観的な評価が多かった。それだと個人の感情が介入すると思っています。そうではなくて、第三者、サービス受給者の意見がそこに含まれることで、より店員の接客力に信憑性や透明性を持つことが可能です。ふたつめは、リピーターの定着による利益率向上です。特定の店員がいるから店舗に行こうといったサイクルが生まれることで、店舗の収益向上につながります。それに付随して最後は、離職率の低下による教育工数の削減です。飲食業界は接客業の中で一番人員の流動性や離職率が高く、人が次から次へと入っては出てを繰り返しています。それに伴い、流動性が原因でなかなか教育コストをかけられない、もしくは教育コストをかけてもやめていく負のスパイラルが起こっています。そこでデジタルチップ「Respo」が普及すると顧客とより親密な関係性が構築でき、離職率の低下が可能なのではないか。それをおこなうことで教育コストの削減にもつながると思っています。
顧客とより親密な関係が構築できることから、働くのが楽しいと感じることで離職率の低下や教育コストの削減が実現できます。
ーどれも非常に明確なメリットですね。人がなかなか幸せになれていないのは仕事の部分が多いと思います。
そうなんですよね。僕のビジョンは自分以外にできる仕事が溢れる社会だからこそ、その人だからもらえたお金、つまりデジタルチップをその人自身の存在や価値を承認し肯定するサービスを存在させることです。例えば時給1,500円だとしたら、その1,500円にはなんの価値もなくて、その人だからもらえた150円の方が僕はよっぽど付加価値として価値があるものだと思います。
このサービスを通して、もっとその150円を大切にできるような、付加価値として大切に思える社会をつくりたいです。それがお金のエコシステムであり、資本主義の限界に備えた、感謝でつながる社会をつくりたいというのが僕の一番の思いです。
人々の意思決定を誘導する空気との出会い
ー幼少期にターニングポイントがあったと伺いましたが、どのような出来事があったのか教えてください。
10歳のときに父と交通事故に遭い、1ヶ月近く入院することになりました。この交通事故の後遺症で記憶が錯誤してしまい、入院期間中は自分と社会に隔たりを感じた時期でした。自分が落ち込んでいるときに出会ったのがコカコーラのクリスマスバージョンのCMです。僕にとってコカコーラのCMは印象的なものでした。それまで感動は人の言語通達だけで感じるものだと思っていましたが、映像と音楽だけでこんなに感動するんだと知りました。サンタクロースが子どもの枕元にコカコーラを置くだけのCMなのに非常に感動して、僕も人々を感動させるCMをつくりたいと思うようになりましたね。父に聞いたところ、とある広告代理店でつくっていることを教えてもらい、その企業に就職する憧れを抱きました。
ーご家族と一緒に事故に遭うという出来事は、そこだけを捉えるとネガティブなことですが、でもその出来事があったからこそやりたいことや憧れに出会えたんですね。その後の過ごし方になにか変化はありましたか?
小学校でクラス全員のプロフィール帳を作る際に、デザインや中身の構成を考えることを自分から積極的にやるようになりました。中学校でも学園祭で模擬・展示・舞台と全部違うパートの代表を各学年ごとに担当してグランプリを受賞しました。グランプリに向けて目標を設定し、逆算でどこまでに何をクリアしていくのかといったタスク設定能力がここで身についたと思います。それが今の仕事にも活きていますね。
ーすばらしいですね。その当時はどうやってプロジェクトの進め方やタスク設定の方法を学んだのですか?
父も起業家なんですよ。物心ついた時から父が起業家で母も銀行に勤めていて、タスクの進め方は親から教えてもらいました。それ以外にも、中学生とはいえ代表になったら人を動かしてタスクを渡す立場になるので、どうやったら活動するうえでいいコミュニケーションがとれるのかを父や母から教えてもらいました。タスク管理や人との関わり方は父と母から伝授されましたね。
ー中学時代は非常に充実した時間を過ごされたのかと思いきや、当時起こった出来事もかなり影響を受けられたそうですね。
当時憧れていた広告代理店で過労死自殺事件が起きたんです。自分の理想の職場で過労死が起きた事実が信じられなくて、父の知り合いが働いている東京の本社ビルまで実際に話を聞きに行きました。
そのなかで、死ぬまで働くことが当たり前という空気があるとおっしゃっていたのが印象的でしたね。僕が学校で感じていた空気が社会にも同様に起こっており、なおかつ学校よりも職場の空気からはすぐに逃げ出しにくい。だから空気は人を殺すほどの力があることをこのとき初めて知ったんです。僕は一度大切な人を失ったので、同じ空気が社会にも蔓延っているとしたら、この空気でまた大切な人を失うのはもう嫌だと思ったことで絶望から原動力に変わりましたね。
挑戦と失敗の連続で次の行動につなげていく
ー高校に入学されてから教育団体を設立されたそうですが、どのような活動をしていましたか?
月に1回、ディスカッションの場を設けたり、クリエイティブシンキングでレゴを使って発表したり、社会の前線で闘う人の話を聞いて視野を広げたりしました。教育で空気を変えられると思ったのですが、あるとき壁にぶち当たったんです。リピーターで来てくれる方が、ディスカッションの場で発言をするときとしないときの波がありました。最終的にぜんぜん発言しない頃に戻ってしまったので理由を考えてみると、人を変えるためには教育と環境の両方から進めるべきだと気づきました。
その人が属しているコミュニティ自体に問題があったら、違うコミュニティではうまくできても、元のコミュニティに戻ると逆戻りすることを知ったときに教育の限界を感じました。このきっかけが教育団体をクローズする理由のひとつですね。
また、企業家講座に参加してさまざまな学びを得ることで、起業という選択肢を手に入れました。今まで自分が見た世界はとても狭くて、指数関数的に広がる世界に心が躍りましたね。教育団体は「21世紀の松下村塾」というキャッチコピーでやっていましたが、これではビジネスにはならないと感じたのも撤退のひとつです。
ーその後、スタートアップの世界に入ったのは19歳のときですよね。そのときは大学に入学された頃だと思いますが、振り返ってみてどのような一年でしたか?
挑戦と失敗の連続でしたね。この一年で起こした2つの事業を両方とも潰しました。でも今それが身となり形になっています。
ー14歳の頃のモチベーションの低さと比べると、挑戦と失敗の中で感じる挫折感や無力感は立ち直れるようなものだったのですか?
そうですね。基本的に楽観主義なんです。例えば営業先に36社ほど話しに行ったときも、契約に結びついたのは2社でした。でも2社契約につながったからいいや、と思いましたね。挫折もあったけど、じゃあ残りの34社はなぜ契約につながらなかったのかという方向に考えてずっとPDCAサイクルを回していたので、挫折はただの挫折ではなくて次につながる挫折でしたね。だから自分の中でマイナスの感情はなかったです。
ただ事業を2つ起こしてどちらも撤退したときは少し落ち込みました。なぜなら今まで自分が信じてつくってきたものが、社会に対してインパクトがないと自分で認めたということだからです。
「笑うから楽しいのか、楽しいから笑うのか」の問いがもたらしたもの
ー現在の人生はご自身にとっていかがですか?
高校を卒業してから常に人生のピークにいるように思います。19歳のときに、ギャップイヤーという形で一年間大学に行かず、海外でボランティア活動をしていました。また、「お金を稼ぐとはなんだろう」と自問自答していた一年でした。
フィリピンで炊き出しのボランティアをしたのですが、現地のストリートチルドレンや物乞いをするほど貧困の人たちもみんな笑っているんですよ。なんでこの人たちはこんなに笑顔が絶えないんだろうと思いましたね。実際に現地の人に聞いたら、「楽しいから笑うのか、笑うから楽しいかどっちなんだろうね」と逆に問いを与えられたんです。「笑うから楽しいのかもしれない」と気づいたことが今でも忘れられない経験です。
フィリピンではストリートチルドレンにお金を渡すことは法律で禁じられています。でも国の財政のせいでこういう子どもたちがいるのに、それを法で規制するのはなぜなんだろうと法律のもどかしさを感じましたね。
ー「楽しいから笑うなのか、笑うから楽しいか」。とても奥が深いですね。
それを問われたときはその場で答えられなかったですね。子どもの頃に初めて東京に来て電車に乗ったときに、「なんで日本の人はこんなに笑ってないんだろう」と純粋に思ったことがあります。だからこの問いは僕の中で大きな問いですね。フィリピン人はみんな本当に幸せそうだったんですよ。
ー現時点で、その問いに対する自分なりの回答はありますか?
その回答を見つけることが僕の人生だと思っています。これは抽象化したら「幸せとは何か」というところに行き着きますね。今の僕の一番の幸せは、部屋の窓から入ってくる日差しで日向ぼっこをしながら、アメイジング・グレイスを聴くことです。でもそれは行為として幸せだけど、果たして本質的な幸せなのか、人生はそれでいいのかといった問いの答えは死ぬ直前にしかわからないものだと思います。
「笑うから楽しいか、楽しいから笑うなのか」という問いに対してどちらかと問われたら、僕は笑うから楽しいと思う派ですね。
感謝でつながるサステイナブルな経済をつくりたい
ー現在はサービスの開発と並行して空気の研究をしていると伺いました。空気に向き合って研究をしてきた結果、どのようなアプローチでソリューションを見出していくのかを最後に教えてください。
空気に関する本を読んで日本の雇用システムを見直したり、歴史的背景を個人でまとめたりしました。その結果たどり着いた考えとして、日本人の自己肯力感がこの空気を醸成していると感じていますね。自己肯力感とは自分に可能性があることを認知しているか否か、自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できるか否かです。
この自己肯力感が日本人は諸外国に比べて特段に低いです。もちろん謙虚な姿勢が日本人の良さですが、それが行きすぎて自己肯力感が低い状態が起こっています。主な原因は、社会的地位の低さと経済力です。この背景には資本主義の限界が関係しています。お金持ちがお金持ちになる社会だから、常にこの状況だと資本主義を唱えたところで貧富の差が広がっていく。広がった先に経済力と社会的地位がさらに広がったら空気の問題が大きくなっていくと思います。
だから僕が今つくっているサービスの「Respo」を使って、富の分配が終わった世界でまた富の再分配をやっていきたい。簡潔にいうとお金のエコシステムを構築していきたいです。そういう意味で、一人ひとりが価値があり肯定されるデジタルチップに行き着きました。経済力と社会的地位は僕の力では変えられないけど、日本人の自己肯力感や人から認められたことによる自己肯力感の向上が見込めたら、空気に対して一石を投じることができるのではないかと思います。
本来お金は感謝を伝えるための道具としてあるべきだと思います。元々そうだったと思いますが、次第に便利に効率的にお金を使う風潮が強くなり、現在では信用や感謝がなくてもお金が使えるようになった社会になっているように感じます。
僕が「Respo」のサービスを通して本来のお金の役割を思い出してもらう仕組みをつくりたい。人類を存続させるために、資本主義の限界に備えるためにデジタルチップサービスにたどり着きました。そういう意味で、人と人とが感謝でつながるサステイナブルな経済を今後もつくっていきたいです。
取材:武 海夢(Facebook)
執筆:スナミ アキナ(Twitter/note)
デザイン:高橋りえ(Twitter)