仕事とパデル日本代表の二足のわらじの生活を決断!藤原利菜さんに聞く自分を認める人生とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第319回目となる今回は、パデル日本代表兼スポーツメーカー勤務の藤原利菜さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

藤原さんは7歳の時に父親の影響を受けてテニスを開始。8歳で行った初試合で負けた悔しさから「勝ちたい!」という強い思いを胸に、テニスにのめり込みます。10歳で全国大会に出場し、12歳で12歳以下の全国大会で優勝。その後テニスでオーストラリア留学を経験します。

初めての留学でホームシックやテニスへのプレッシャーから摂食障害になるも、乗り越え大学で再度留学へ。将来は「スポーツや健康などに関わる仕事がしたい」と心に決め製薬会社へ就職します。その後ラケット競技のパデルに出会い、2度の転職を経て、現在に至ります。

「やるなら負けたくない!」と語るストイックな藤原利菜さん。その努力が現在の藤原さんの”今”を作ってきているかと思いますが、その原動力はどこからやってくるのか紐解いていきます。

 

テニスに打ち込んだ学生時代

ー本日はよろしくお願いします!まずは藤原さんご自身と、パデルについて教えてください。
藤原利菜と申します。本日は、よろしくお願いします!現在はテニスメーカーでマーケターをしつつパデルの日本代表として活動をさせていただいております。

「パデル」に関してですが、ラケット競技でイメージは「テニス」と「スカッシュ」を足して2で割ったようなスポーツですね。テニスコートを小さくし、周りを壁で囲んだようなコートで競技しています。ラケットもテニスよりかなり短く、ボールが当たりやすいので初心者にもオススメです。

スペインでは国民的スポーツで、サッカーの次に人気なスポーツです!ただ、日本ではまだまだマイナーです。小さいコートで壁もあるので、テニスと違いボールを返しても壁を利用して撃ち返されたりするため、戦略的に考えて動かないといけません。パデルは入りが簡単ではあるものの、実施していくととても奥が深いスポーツで楽しいです。

ー藤原さんはパデルの日本代表をされていますが、始められてまだ2年とお伺いしています。
そうですね。元々小さい時からテニスをやっていたこともあり、ある程度まではテニスの技術や経験がパデルでも通用していたことが、日本代表に繋がったのかなと思っています。

ー1番最初に公式テニスを始めたのは7歳の時ですか?
はい。7歳くらいの時に父の影響でテニススクールに通い始めました。また、初試合で接戦の末勝った!……と思ったのですが、対戦相手もお互いにタイブレイクというルールを知らなかったため、試合をやり直しすることになり、結果その試合は負けてしまいました。「勝っていたのに!」という悔しい思いから、「勝ちたい!」という気持ちが出てきて、テニスにのめり込むようになりました。

ーその後、12歳の時に全国選抜で優勝されたんですよね?
全国大会に出たのは10歳の時で、その時に全国のレベルを目の当たりにしました。その後12歳の時に、早生まれの私は12歳以下の試合に残るか、14歳以下の試合にいくか決めることができましたが、「12歳以下の試合でタイトルを取る」ことを目標にして、12歳以下の試合に残りました。

当時は、年下の子に負けることが自分の中で「この世の終わり」くらいに感じられて、絶対に勝つという気持ちを持って臨みました!

ー全国大会優勝後も、ずっと結果を残されていてすごいです!
自分は完璧主義というかストイックな性格なので、12歳の時に優勝している時点で「全国大会ベスト8」では満足できないです……。正直なところ、私的には結果を残せれていないと思っていますが、最近は客観的に当時の自分を見て「頑張っていたな」と思っています!

 

摂食障害や燃え尽き症候群で自分との戦いの日々

ーテニスを続けながら「摂食障害」を発症されていますが、こちらの背景はお伺いできますか?
12歳以下の大会で優勝した年、テニスと語学でオーストラリアに1年8ヶ月間留学しました。しかし、単身だったこともあり、楽しいというより不安が大きかったです。

日本1位でのテニス留学に行っていたことや、通っていたのが進学校だったこともあり「テニスが強くないといけない」「勉強も完璧にやらないといけない」とプレッシャーを感じ、勝手に自分を追い込んでしまっていました。そこから摂食障害を発症したという背景があります。

ーその後、一旦テニスから離れるという決断をされたのは、いつ頃でしょうか?
大学3年生の時に、交換留学に行くと決めてからです。12歳の時の留学から帰国後、当時は燃え尽きていたこともあり、大学でテニスをするかどうかを迷っていましたが、体育会公式庭球部に所属し続けてはいました。しかし、大学3年生の時に交換留学に行くと決めてから、テニスから離れることを決断しました。

ただ、大学でのテニスでは先輩後輩に恵まれていて「辛い」という気持ちはなかったです。体を動かすことは好きなので、楽しくやっていました。

ー交換留学に関しては、どうしてまた行きたいと思ったんですか?
ある程度英語を話せるようになっていましたが、大学生活ではまったく英語を使っていなかったので。進学時に海外の大学に行くという選択肢も持ってはいましたが、「また前回の留学のように寂しい思いをしたくない!」と怖くて諦めていた部分がありましたね。

でも、海外に行くことは嫌いではないし、日本だけでなく海外にも視点を向けてみたいと「1年間だけ行けるようにしよう」と決めました。

ー交換留学帰国後は、就職活動をされましたか?
そうですね。交換留学は4年でそのまま卒業ができるため、私は「絶対に4年で卒業して就職する!」と謎のこだわりを持って臨んでいました(笑)。また、もともとテレビ局に就職してスポーツキャスターなどになりたいなと考えていたんですが、留学から帰国した時には既にテレビ関係の採用は終わってしまっていました。

「次はどうしよう?」と考えた時に、当時自分が健康ではなかった背景もあり、スポーツ以外にも健康に関われることができる会社を広く調べた結果、製薬会社に就職することを決めました。

 

就職後は会社員とパデル、二足のわらじへ

ー新入社員の時はどんなお仕事をされていたのですか?
新入社員では、皮膚科に特化した製薬会社に営業として入社しました。上司もとてもいい方で「この人を喜ばせたい」という心持ちで営業を頑張っていましたね(笑)良い成績を残すことができたのも、良い上司に出会えたり、営業先の担当者に可愛がってもらったりと、人に恵まれた結果かなと感じています。

ーその後転職されていますが、どのような理由で転職活動を始めましたか?
友達と沖縄に行った時に、初めてシュノーケリングをして「この綺麗な海が無くなっているのか!?」と環境問題が他人事には思えなくなったんですよね。

また、製薬会社に5年勤めて「自分の武器ってなんだろう?」と考えた時に、自分の武器である英語が使えていない事実に気付きました。このような理由を背景に、環境問題に取り組めて、英語も使えるところで仕事をしてみたいと思い、再生化エネルギーを扱う会社に転職をしました。

ー2回目の転職では、職種も違うマーケティング職に転職されると思いますが、その背景もお伺いしたいです!
再生化エネルギーの会社に転職して1ヶ月半後に、Facebookのメッセンジャーである方から「ある支社の立ち上げに、藤原さんのようなバックグラウンドをお持ちの方を探しているのですが興味ないですか?」と連絡をいただいたのがきっかけです。

転職するつもりはありませんでしたが、お声がけいただくことは大変ありがたいことですし、パデルやテニスなどの自分が好きなことに携われるようなお話だったので、1回お話を聞いてみようと思いました。その方が楽しそうにお話をされるので、心が揺さぶられ気付いたら今の会社にいました(笑)

また、転職したのはパデルの日本代表に選ばれたタイミングでもあり、すべてのことが自分を後押しして決断しましたね。今の会社ではSNS系の仕事をメインでやっています。パデル関係の知り合いも多く、人に恵まれたと思っています

ーちなみに、社会人になってからパデル以外にも「ビーチテニス」や「ヨガ」も始められたとか……?「ビーチテニス」や「ヨガ」も友達に誘われて始めたのですが、そもそもテニスと似ているものや自分が頑張れば勝てるものは基本好きですね。きっとアドレナリン中毒なんだと思います(笑)「勝ちたい」という気持ちが強いです。

ー「ヨガ」は勝ち負けではないと思うのですが、どのあたりがハマったんですか?
ヨガはテニス、パデルとは真逆で、相手と比べることもなく自分の体と向き合う時間になります。普段無意識のうちに、「勝ちたい」「負けたくない」というONの状態が多いため、OFFの時間を作ってバランスを保ちたいと考えています。そのOFFの時間を作れるのがヨガです。

ヨガというのは、もともと「繋ぐ」という意味があり、「マインドと体」を繋げてもらったし、「人と人」も繋げてもらって、その中で自分の好きなことを楽しんでいる人たちに出会えたことはとてもよかったです。

ー会社員とパデル日本代表の並行は忙しいイメージですが、実際のところどうですか?
最初は忙しいかなと思っていましたが、コロナの影響で会社がリモートになったことにより、朝練をした後すぐにリモートで業務を開始したり、フレックスを利用して練習をするなど自由に仕事ができることで、パデルと仕事の両立がしやすくなりましたね。仕事をしないと競技が続けられないマイナー競技の人達にとっては、今はある意味チャンスなのかもしれません。

 

アスリートと仕事の両立を考えている人達へ

ーアスリートと仕事の両立をしていくポイントはありますか?
人を見て学んだことですが、現実主義な部分から夢などを見なかった私でも、やりたいことをやり続けていたら、いつの間にか仕事になっていたので、やりたいことがあればぜひやってほしいです。

自分の性格含め、ずっと変わりたいと思っていた時に、本当に自分の好きなことを貪欲に追求している人に「変わりたいなら変わればいい」と言われ、確かにそうだなと腑に落ちました。よく言われる言葉ですし頭ではわかっていたことではありましたが、言ってくれた相手やタイミングのおかげで、初めて心で理解することができた瞬間でした。

ー今後はどうなっていきたいですか?
目標として掲げていた、3月末に行われた全日本選手権では優勝することができ、今は11月に開催予定の国別対抗戦の世界大会に向けて日々練習しています。また個人としても世界で戦いたいという思いも強くなっており、スペインに渡って経験を積むことも考えています。

今回の全日本選手権に向けて自分が向き合ったこと、今後社会人をしながら世界を目指す過程の中で「得たこと」「感じたこと」を活かし、誰かの希望になれるような事例、存在になれればと思っています。

ー11月の世界大会、オーディエンスとして楽しみにしています。本日は素敵なお時間ありがとうございました!

取材:吉永 里美(Twitter/note
デザイン:五十嵐 有沙(Twitter
執筆:藤川 結貴(Facebook/note