薬剤師をもっと身近に。薬学生・水谷朋加が実践した、目の前のチャンスを掴み続ける大切さ

積極的に外に出る大事さを学び、薬剤師の世界に活かしていく

ー順調に芝居の世界を歩んでいた水谷さんですが、壁にぶちあたった経験もあったそうですね。

演劇が順調になるにつれて、私の中で薬学部の存在がどんどん小さくなりました。授業も必要最低限しか出席しなかったので、大学で初めてできた友人が離れていく時期もあって。だからこそ、私の居場所は演劇なんだと没頭する日々でしたね。

しかし、新型コロナウイルスの流行により、エンタメ業界が一気に全停止した時期がありました。私も出演予定の公演が全てなくなってしまい、演劇から離れざるをえませんでした。同時に居場所がなくいやだった登校もなくなり、出演が止まった辛さと登校しなくて良いという解放感が打ち消しあって、日々がゼロにリセットされました。そのときの心情を振り返ると、薬学部で感じていた孤立感が辛かったんだと再認識しました。

ーコロナによって、水谷さんの環境すべてに影響があったのですね。ここからどのようにして乗り越えたのでしょうか?

ステイホームでゆっくり過ごせたことが逆によかったのかもしれません。いい休息期間だとポジティブに受け止められました。

そこからコロナが少しずつ落ち着き、全国ツアーも行うような注目度も実力もある劇団から短編集公演の主演のオファーをいただきました。今までの頑張りが認められたような気がして嬉しかったです。

1本約20分ほどの短編二人芝居で、芝居の相手はわたしが演劇を始めた頃から演技指導をしてくれた尊敬する先輩。脚本も演出もよく、他の短編芝居に出演する俳優たちも皆、人気も実力もある方々ばかり。わたしにとっては最高の環境でした。

ただ公演後に知ったのですが、実はシークレットで演技力を評価するグランプリの審査が入っていたんです。結果を見ると、わたし以外のほとんどの人がノミネートされていて。悔しくてたまりませんでしたが、最高の環境で自分の実力を出しきれたと初めて感じられた芝居だったので、自分の限界を知るとともに、劣等感に支配されて繰り返していた出演をやめようと割り切れました。

ーそのタイミングで演劇をやめられたのですね。そこからはどのように過ごされたのでしょうか?

演劇を終えたのは4年生の12月。5年生になり、研究室の先輩方が就活をするタイミングで、私も進路を考える時期になりました。いつまでも薬剤師になりたくないと言っているわけにもいかず、薬剤師のことや薬局のことをちゃんと調べてみようと思いました。

インターネットで「おもしろい 薬局」「変わった薬局」と調べると、薬局のおもしろい取り組みが次々に出てきたんですね。世の中にどんな薬剤師がいるのかもっと知りたくなり、SNSを活用することにしました。

ー水谷さんの好奇心が発揮された瞬間ですね。

そうですね。薬剤師の可能性を探るなかで、もっと外に出ていってもいいんだという共通認識をもてるようになれば、業界全体も外向思考になるんじゃないかなと考えています。そこでまずは、薬学生が抵抗なく外に出る経験をできる場を作りたいと思うようになりました。

もちろん薬剤師は、薬を司る仕事としてとても重要な職業です。それが私にとっての「芯」の部分で、「芯」と同時に「幅」を広げることが大事だと思っています。まちの人のために適切な薬と情報を届けながら、薬剤師として幅を広げていくことの両立が今の私の目標ですね。

ー業界全体に新しい風を吹き込むために行動されていますが、具体的にどのようにアプローチしたのかを教えてください。

まずはSNSを通じて、薬剤師や薬学生と繋がっていきました。その際に、「薬学生としてどんなイベントをしたいのか?」と聞かれたことがあって。でも私は当初、イベントをしたいわけではなかったんです。なので、まずは他の人がどんな思いで活動しているのかを知ることから始めました。

また、薬学生だったらどういう場に参加しやすいのかをも考えました。私にとって、薬や医療のイベントにはあまり興味が持てず、むしろその分野で活動している子たちが眩しく見えたんですよね。それって私だけではないのかもしれない。

例えば、「意識高い」という言葉がありますが、言う側も言われる側も疎外感を感じさせる言葉だと思うんです。それなら、お互いにその境目を越えやすいコミュニティが必要だと感じました。学生にとって一番興味があってハードルが低そうなものを前に出してみようと。

そこから一番最初に思いついたのがカフェです。学生もバイト感覚で捉えられ、意識高い系に見えづらい。そこと薬学生を繋げられないかを模索していたときに、実際に薬局でカフェを運営している事例があったのが大きな転機ですね。

ー薬局とカフェが結びつくのはおもしろいですね。そこからクラフトコーラ専門店「調剤室 一」に繋がっていきますが、運営する上でやりがいや大変な部分があれば教えてください。

薬学生が一歩を踏み出せる環境を重視して運営しています。こもった学内から学外の世界に一歩踏み出す。そして、現状維持の今までからやってみたいことに一歩踏み出してみる。ほんの少しの勇気を持ったこの選択肢が当たり前になるための活動がやりがいだと感じています。

大変なこととしては、まだ活動を始めていない学生にジョインしてもらいたい気持ちがあるため、そこに対するアプローチが難しいですね。学業の大変さが分かり合えるし、できるだけ全員の共通点を持ちたい思いから、今はあえて薬学生の運営にこだわっています。

知識や実力がなくても、勇気を持って目の前のチャンスを掴もう

ー「調剤室 一」の運営に関して、これからのビジョンを教えてください。

「調剤室 一」を知ってくれた人が、「このコミュニティに参加したい」と自然に湧きあがってくるような環境にしたいですね。

コミュニティは頑張って自分からアプローチをするものではなく、生き生きと輝いている姿を見てもらうことで、相手から参加してもらうものだと思うようになりました。

先ほど話したように生き生きとした姿が眩しすぎると、参加したい人と私たちの境目を越えられなくなるので、眩しくなりすぎないようにバランスをとっていきたいです。

ー水谷さんご自身は、今後のビジョンをどう考えていますか?

私は薬学生でありながら、薬剤師に対してマイナスな感情が大きかったからこそ、逆に期待を持てるようになってきました。だからこそ、「芯」と「幅」のハイブリッド型薬剤師が必要とされる世の中にしていきたいですね。

例えば、「処方箋がなくても薬局に来ていいですよ」と言われたところで、みんな薬局に来ないと思うんです。でも、薬剤師が身近な人にいれば、ちょっとした身体のことや薬の疑問についていろいろと聞きますよね。

同じように、みなさんにとって薬剤師が身近な存在になるような関係づくりや出会いの場をつくっていきたい。私の人生をかけて挑戦していきたいです。

ー最後に、同世代に向けてメッセージをお願いします。

20代は失敗しても許される年齢だと思うんです。私は学生というのもあって、目の前のチャンスをつかむだけで、実力がさほど問われないモラトリアムな期間にいます。それを最大限活用しない手はないと思っていて。

演劇の世界でも薬学生としてでも、私がやってきたことは目の前にあるチャンスを掴んでいくことだけです。知識も実力もないけど、ひたすら頑張って掴んできました。そして掴み続ければ、逆に向こうからチャンスがくるようになります。

自信がなくても、チャンスを掴んで努力すれば周りの人が助けてくれます。勇気を持って、まずは一歩を踏み出してください。

取材:落合慶太(Instagramr
執筆:スナミアキナ(Twitter / note
デザイン:高橋りえ(Twitter