うつ病を乗り越え “ジェンダーバイアス” と向き合う後藤梨水が築きたい社会とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第422回目となる今回のゲストは、児童福祉分野で活動されている後藤 梨水(ごとう りな)さんです。

いじめやうつ病、パワハラを乗り越え、ジェンダーバイアスというテーマに向き合いアクションを起こしてきた後藤さん。そんな後藤さんが、逆境を乗り越え、今感じていることについて伺いました。

いじめにより自己否定的な感情が生まれる

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

現在29歳で、児童福祉に関わる活動をしている、後藤梨水と申します。もともと新卒で営業社員として働いていたときに、うつ病がきっかけで退職して、それから保育士の資格を取得して愛知県にある児童発達支援事業所で勤務していました。

今年の6月から拠点を東京へ移して、選択的夫婦別姓の実現や男性の育休取得促進の取り組みをスタートさせたところです。本日はよろしくお願いします。

ー本日は過去をさかのぼって、後藤さんの人生の分岐点について伺えればと思っています。幼少期に何かターニングポイントとなる出来事はありましたか?

中学1年生の頃、最初のターニングポイントがありました。私は中高一貫の女子校に入ったのですが、そこでいじめにあったのです。

何よりつらかったのは、信用していた友人に裏切られたことでした。「自分は必要のない人間なんじゃないか」という気持ちを生んでしまった出来事ですね。

ーそのつらい状況を、どのように乗り越えられたのでしょうか。

親の存在が大きかったです。私の親は愛情をものすごく注いでくれたので、「自分は世の中すべてから必要ないと思われているわけではなく、少なくとも親からは必要とされてる」と思うことで正気を保っていました。

また、同じ境遇を抱えた子たちの存在も大きかったです。私と同じように悩む子たちが集まる「相談室」があって、そこには私の居場所がありました。

ー後藤さんの親は、愛情表現をしっかりしてくれたのですね。

そうですね。中学受験のときも、私が「どうしてもここの中学に行きたい」と頼むと、金銭的な問題があったにも関わらず、母親が働きに出てその私立の中学に行かせてくれたのです。親は100%自分の味方でいてくれてると確信していました。

 “ジェンダーバイアス” のある世の中に染まろうとする

ー高校ではどのように過ごされたのかお聞かせください。

中学でいじめにあって学校になかなか行けなかったこともあり、学力も自己肯定感も低かったのですが、高校では運よく友人に恵まれ、楽しく過ごしていました。

ただ、高校に入っても自己肯定感は低いままで、「今後私は結婚しないだろうから、経済力をつけなくては」と思っていて。大学はエスカレーター式で女子校へ行けたのですが、必死で勉強して総合大学を受験し、無事合格しました。

ー中高6年間女子校で過ごしてきて、大学からは男女共学になったのですね。

男女共学の世界に入ったとたん、「男と女ってこんなに違うんだ」という “ジェンダーバイアス” を感じました。当時はものすごく違和感を感じていましたが、「私が異常だから世の中に合わせなきゃ」と思っていましたね。

ージェンダーバイアスを感じたきっかけは?

最初に感じたのは、教室でした。教室は自由席のはずなのに、きれいに男女別で座っている状況に違和感を感じました。

ー男女分かれて座っている状況に違和感を感じない人もいる中で、なぜ後藤さんは違和感を覚えたのでしょうか。

性差がまったくない女子校で6年間過ごしたのが大きいですね。

例えば文化祭の準備をするときに、共学では重労働は男の子、飾りつけは女の子というように分かれることが多いと思うのですが、女子校には男の子がいないのでフラットに役割分担をしていました。

性別は関係なく、力があるからやってもらうとか、センスがあるから絵を描いてもらうとか、個性で判断していたので、性別だけで何かを分けることに違和感を感じやすかったのだと思います。

ージェンダーバイアスを感じてからは、どのように過ごされたのですか?

自分の感覚が正しいという自信がもてなかったのと、いじめの経験から危機感を覚えて、「マジョリティにならなければ」という気持ちがありました。

本当はボーイッシュな格好が好きでしたが、女の子らしい格好をしたり、カラオケでは女性が歌っている曲を選んだりしていましたね。可愛らしさを求められているというのを、ひしひしと感じていました。

「理想の妻」を求められる状況に強い違和感を抱く

ー大学でジェンダーバイアスを強く感じた後藤さん。大学卒業後も、その感覚は続いていたのでしょうか?

続いていましたね。私は結婚した後もやりがいをもって働き続けたいと思っていたので、女性の活躍に力を入れている会社に入ったのですが、結婚を機にジェンダーバイアスを強く感じました。

入社直後は性差関係なく、与えられた仕事に向き合って全力で頑張ってきたのですが、結婚したとたんに「今から帰ってご飯作るの?」「新婚なんだから、早く帰って旦那さん待っててあげなきゃ」と言わるようになって。

仕事では男女関係ない仕事を求められ、家庭となると妻という立場を求められることに違和感や憤りを感じました。

ー言っている方に悪気はなくても、相手に不快感を与えてしまうことはありますよね。

無意識の差別だなと思います。会社以外でも、「夜ご飯何で作らないの?」「家事をしない奥さんって、嫌だな」と言われることがあって。

もちろん、その言葉を発している方には悪気はないと思うのです。自分の今までの価値感に当てはめて、「結婚した女性は家事するものだよね」と無意識に差別してしまうのは、知識がないのも1つの理由だと思います。

ーその会社では、ずっと働かれていたのでしょうか。

実は、初めて部署異動した先での人間関係や、人員不足による多忙で色々抱えこみすぎてうつ病になってしまい、退職しました。

うつ病で休職しているときの窓口が直属の上司だったのですが、上手く話せず、会った後は倒れ込む勢いでしばらくそこから動けませんでした。

また、上司の対応に不備があり、私が定期券代を負担せざるを得ない事態になって。対応の不備を指摘したのですが上司は一切非を認めず、パワハラ相談室に電話したのですが認められず。

小学校時代と同じように、「あなたは必要ないんだよ」と裏切られたような感覚に陥り、急激にうつ病が悪化して復職できず、退職することになりました。

当たり前を疑うことで世の中の歪みに気づける

ーうつ病になってから、どのようにして立ち直ったのか教えてください。

うつ病中は本当につらくて、ベッドから起き上がれない、テレビも見れない、ご飯も食べられない、何もできない状況で、希死願望もありました。そこから立ち直れたのは、やっぱり家族や友人の力が大きかったです。

何も言わずに見守っていてくれたり、一緒に過ごしてくれたりしたことで、徐々に症状は安定していきました。ただ、それでもかなりの喪失感は感じていて。

「やりがいをもって仕事をして、結婚して、子供を産んで、親と一緒に3世代で暮らす」という、いわゆる幸せの典型のような人生プランが崩れてしまった感覚に陥ったのです。

ーその喪失感はどのようにして乗り越えたのでしょうか。

いろんな方と出会って、今まで私が描いてた生き方以外にも幸せはあることに気づいてから、喪失感は自然となくなっていきました。

今までは、「みんなが当たり前としている幸せに私も近づかなければいけない」「マジョリティにならないといけない」という強迫観念があったのですが、いろんな方の自由な生き方を見て「型にはまった幸せだけが幸せじゃない」と、価値観が180度変わったのです。

ー生活している場所や関わる人など、環境によって価値観は変化しますよね。後藤さんの中でジェンダーバイアスがテーマとしてあると思うのですが、その課題に対して今後どのようなアクションを起こしていきたいですか?

私は今まで何十回も「何で女に生まれたんだろう」と思ってきたのですが、「女に生まれたくなかった」という想いを次世代の子供たちには絶対に引き継ぎたくないと思っているので、それを主軸に活動していきたいです。

すでに起こしているアクションは2つあって。1つは、選択的夫婦別姓の推進です。私自身、結婚して名字が変わると徐々に自分のアイデンティティが壊れてくような気がして、夫の付属物になったような感覚に陥りました。

現在はほとんどの場合、女性が改姓していると思うので、選択肢を増やすことでその状況を変えていきたいです。

もう1つは、男性の育休取得の促進です。女性の社会進出には、男性の家庭進出が必要不可欠だと思っていて。

女性は育休・産休を理由に、就職活動で敬遠されることがあると思うのですが、男性も同じように育休・産休を取得できれば、男女平等に少しずつ近づくのではないかと思っています。

ー最後に、U29世代へメッセージをお願いします。

私が男女差別という歪みに気づいたように、今の世の中にはいろんな歪みが存在していると思っています。

みなさんにも、ぜひ歪みがあることを意識して生活してほしいですし、今の社会が当たり前で、完璧で、完成形ではないということに気づいてほしいです。

そうすることで、少しずつ行動が変わって、社会も良い方向に変わっていくのかなと思っています。

ー一人ひとりの意識づけが重要なのですね。後藤さんが掲げている、選択的夫婦別姓や男性の育休取得の推進が実現できるよう、応援しています!本日はありがとうございました。

取材者:増田稜(Twitter
執筆者:Moriharu(Twitter
デザイナー:安田遥(Twitter