男性向けメンタルコーチ・内藤響が挑む“相談”の壁。依存先を増やし、相談しやすい世の中を作る

今回は、メンタルコーチとして働く内藤響さんをお招きしました。

これまでのキャリアの歩み、男性向けのメンタルコーチングを始めた経緯について伺います。

 

対等に向き合い、共に答えを探し続ける相談役

–自己紹介をお願いします。

私は20代〜30代の男性向けのメンタルコーチングを行なっています。「これからキャリアを伸ばしていきたい」「もっと挑戦していきたい」という方に向けて、現在抱えている目の前の課題に対して解決策を渡して時間単価を上げていくためにサポートするコンサルタント、ビジネスコーチがいらっしゃると思いますが、私のやり方は少し違います。

「今の延長線上に理想の生活はあるか?」

「現在のやり方で、理想の生活を望んだ形で実現できるだろうか?」

このような観点を通じて、根底から問い直し、仕事を包括した全体的な視点からコーチングを行います。

–ご自身のコーチングを通じて実現したいことを教えてください。

相談をすることが当たり前の社会にしたいと考えています。言い換えれば、現代の社会は相談がしにくいものになっていると感じています。

例えば子どもが通う学校にはスクールカウンセラーという相談役がいると思いますが、実際にはどれくらい子どもたちが活用できるでしょうか…。自分の子どもの頃の気持ちを想像すると、スクールカウンセラーに相談にいくところを誰かに見られたくないと思い、相談にいくことを躊躇ってしまうんじゃないかと思います。

また、とある臨床心理士の方に「世の中の多くの男性が相談しにくいという実態があると思いますが、どう思いますか?」と尋ねたところ、「私も人に相談したくないです…」という言葉が返ってきました。相談を受けるプロも、自身が相談することにハードルを抱えていたんです。

多くの人が感じている相談しづらい空気感を変えて、誰もが気軽に相談しやすい社会を実現したいと思っています。

–「相談が苦手」と悩む方を見かけることがあります。

一言で「相談」と言っても、2種類ありますよね。まずは、「■■さん“に”相談する」というパターン。これは、片方の人が教えてもらうという上下関係になっていて、相談を持ちかける側は問題をきちんと言語化してから相談しなければ…となります。次に、「■■さん“と”相談する」というパターン。これは、同じ目線に立ち、1つの出来事に対して対話を行い、一緒に正解や答えを目指していくもの。

相談しづらいと感じている方が思い浮かべるものって、前者ですよね。これだったら、僕も容易には相談できないなと思ってしまいます。私が目指しているのは、後者。一人で抱えず、僕“と”相談をすることでイメージした生き方や働き方を実現していただけるように関わっていきたいと思っています。

–コーチとしてのやりがいを感じる場面はありますか。

これまでを振り返ってみて思い浮かぶ印象的なケースが3つあります。

1つ目は、当初「自分の夢がわからない」と不安そうに話してくださった方と1時間セッションを行った時のことです。好きなこと、やりたいことがあっても、それを口に出したり行動したりすることを妨げている何かがあるようでした。他人の視点を捨てて、いい意味で無責任に、個人で感じることを話すように促したところ、夢と言えるものが身近なところから見つかりました。その方はホッとした様子で「これが夢だったんですね」と話していました。当時の私は、その人自身の身近にあった夢の存在に気づくまでのプロセスに関われたことに価値を感じました。

2つ目は、学校で教務主任を務めていた人のケース。「学級運営がうまくいかず、家に帰っても仕事をしなければいけないほど忙しい。この状況をどうにかしたい」と話してくれました。「仕事や誰かのためではなく、1人でも楽しめることはありますか?」と聞いてみたところ、「野球を見に行きたい」と返ってきました。それから数ヶ月…その人はよく野球観戦に行くようになり、球場に通ううちに友人ができたことも教えてくれました。やがて、それが人生の中で大きな存在となり、野球観戦に行けるように仕事の調整をするようにもなっていきました。その結果、仕事の成果や職場の人間関係もよくなったといいます。

最終的には、「もともとは心療内科に行こうと思っていたところ、予約が3ヶ月待ちで断念。そこで、コーチングを受けることを決めたのですが、当時その決断をしてよかったです」という言葉を頂き、嬉しかったです。私としても、仕事以外のことを変えた結果仕事も伸びるというケースを目の当たりにして、印象に残ったケースでした。

3つ目は、都内で会社を経営する人のケース。お話をしていくうちに、その方の中には幼少期の体験から生まれた固定観念があることがわかりました。それがあることによって、普段からご自身で抱え込みがちになっていたり目標を心から信じられずにいるようでした。その状況に気づき、今の自分を受け入れたり見方を変えていったりすることで、最終的には身近な人に頼れるようになっていきました。そのほかにも従業員を雇用したり住む場所を変えたり…新しい決断をしていかれました。人生における大きな決断の一助になれたことにやりがいを感じました。

 

コーチとしての軸を作った「男性学」との出会い

–子どもの頃のご自身のことで覚えていることはありますか。

子どもの頃は少し生きづらさを感じる場面がありました。学年全体の人数が13人の規模の小学校に通っていたのですが、進学した中学校は学年全体の人数が100人を超える規模で…。いきなり変わった環境に馴染めず、中学に進学した後の夏休みが明けてから周りとうまく関わっていく方法を見失ってしまいました。

高校に入ってからは、何か新しいことを始めたいと思っていました。当時アニメの「けいおん」が流行っていたこともあり、違うクラスの子がバンドメンバーを探してるという話を聞きました。そこでバンドを組むことになり、高校生から音楽を始めます。

–高校時代の出会いや経験で印象に残っていることはありますか。

音楽好きなメンバーが教えてくれた中に「ART-SCHOOL」というバンドがいました。彼らの音楽は人が抱える不安や辛さに目を向け、それを抱えている人やその状態に寄り添ってくれるようなものでした。「嫌な気持ちになったら◯◯しよう」というものではなく、「嫌な気持ちになる時もあるよね」というように。

中学時代に感じた生きづらさが心の中に残っていた当時の自分にとっては「あ、今の自分のままでいんだ」と気づかせてくれる音楽に感じ、それから彼らの存在は自分にとって大きなものになりました。

–大学・学部はどのように選びましたか。

文理選択や進路選択の時って、みんな何かしらやりたいことや方向性があって決断しますよね。高校生の頃の自分には何もなくて、「大学に行けば見つかるんじゃないか」と考え、自分が面白そうだと感じた学部・学科がある大学を調べて受験していました。

–卒業後のキャリアはどのように考えていましたか。

当時通っていた学科で取れる資格にはジェンダー研究員、日本語教師などがありました。仲が良かった同級生が日本語を教える仕事に就くことを目指していたことがあり、自分も面白そうだと感じて日本語教師の資格を取るための勉強をしていました。大学入学時に期待していた「やりたいことが見つかる感覚」は、在学中には得られずでした…。

卒業時には在学中に学んだことを活かせる職場を探し、日本語学校に就職します。

–実際に働いてみていかがでしたか。

日本語学校では意欲や主体性を持って働くことができ、学生からの評判もよく、やりがいを感じていました。一方で、日本語学校の職員は働き方として不安定な部分もあり、ずっと働き続けるわけではないだろうな、とも思っていました。

そこに新型コロナウイルスの感染拡大があり、授業が全てオンライン形式になりました。40人くらい繋いでいる画面の中で、画面はオフ、音声もなし…。真っ暗なPCに向かって授業をし続けた1年間があり、やりがいを失い、退職を決めました。

–コーチングとの出会いについて教えてください。

退職後のことを考えた際、教育関係に携わること、(授業のような大勢の場ではなく)1対1のコミュニケーションには興味がありました。また、日本語学校での仕事を通して「ティーチング」の限界を感じる場面があり、「コーチング」にも関心を持ち始めました。「パーソナルコーチング」と検索してみると資格があることを知り、説明会に行くことにしました。

説明会の中で軽めのコーチングを受ける機会があり、こんな対話をしました。

「尊敬するドラマーはいますか?」

「いますけど、マイナーな話題なので言っても知らないと思いますよ」

「言わなくても大丈夫ですよ。では、その人だったら今のあなたに対してどんなアドバイスをすると思いますか?」

この時、自分の口から出てきた言葉を聞いて驚きました。「あ、やるべきことは自分自身でもうわかってるんだ」と。

この価値を体感したところから、コーチングの道へ足を踏み入れました。その後、「男性学」との出会いなどを通じて、男性の生き方・働き方にを向けるようになります。

–「男性学」との出会いについて教えてください。

「男性」という性別には社会から求められてきた役割があると思いますが、それによって生じる生きづらさもあるじゃないですか。「男性学」とは、わかりやすく言うと男性の生きづらさについて考える学問です。

私が初めて(男性学に)触れたのは、業界の権威と言われる方のセミナーでした。

「おじさんは社会的弱者だ。平日の昼間に子どもや大学生、女性が公園にいても何も思われないだろうが、スーツを着たおじさんがいたら違和感があるだろう。不審に思う人もいるかもしれない。なぜ、こんなにも(おじさんだけ)見られ方が違うのか」

この話を聞いて、初めて触れる視点にハッとしました。

また、ある時コーチングの土台にある技術としてのカウンセリングを学ぼうとして樺沢紫苑さんの本を読み、「個人には3つの幸せがあり、お金、繋がり、健康である」という一説がとても腑に落ちていました。その後、カフェで作業していた時、目の前に座っていた女性の二人組が話をしながら肩を寄せあったり手を触れたりしていて、「そういえば、女性同士で話していると、自然と身体コミュニケーションが含まれているな」と思いました。一方で、「男性はこういうコミュニケーションを取らないよな」と思い、男性には人に甘えたり身体的なコミュニケーションを取ったり…ということがしづらく、そこで得られる安心感などが不足しているのではないかと気づきました。

調べていくと、日本国内の自殺率は(女性と比べて)男性の方が2倍あることを知り、実は他国においても同じような状況の国が多いこともわかりました。研究結果も調べていくと、男性には「リーダーシップ」「稼ぐこと」「ガッツリした身体」「決断力」などが求められ、そこから離れる行動が全て「失敗」と捉えられがちで、求められる男性らしさがプレッシャーとなり、応えられない自分にショックを受けてしまう男性が多いのだと思いました。

–記事を読んでくださる男性の方の中には、男性らしさとして期待されることに応えられないことで落ち込んでしまう人が少なくないと感じます。

お伝えした男性学に関わる観点からは、「成果主義・能力主義への偏重」を感じます。それに対して、「相談できる人の方が強いですよ」「たくさんの人に依存しましょう」と伝えていきたいんです。これまでの実績や成果を出していく自分はそのままに、他の側面の自分を見せられる関係性を作っていくことでその人らしい生き方、働き方を実現しやすくなると思っています。

 

相談を当たり前にして、多様な依存先を持つ生き方を

–今後の展望を教えてください。

今後に向けては、日本における「病気になってから対処する」という意識から「予防すること=誰にでも必要な投資である」という意識へアップデートしていく必要があります。

2030年までに私と同じ観点で「メンタルヘルス[※]」を理解したコーチやクライアントを1000人増やしていきたいです。そうすることで、2023年の自殺者数約2万人を超える3万人に影響を与えていけると考えています。

それが実現した後の世界では、「相談はカッコ悪いものではない!」という空気が生まれ、相談することが当たり前になっていくとイメージしています。その結果、人がそれぞれに抱えている不安が解消されやすくなり、ネガティブな気持ちを抱えながら生きる時間も減り、最も多い死因である自殺の件数が減っていくはずです。

[※]メンタルヘルスの定義とは(WHOより)
「個人が自らの可能性を認識し、生命の通常のストレスに対処し、生産的かつ効果的に働き、コミュニティに貢献することができる健全な状態」

 

取材・執筆=山崎 貴大