能力主義と“ありのまま”。2つの端を行き来して掴んだ芝軒奈央の目標「Possibility Model」

今回は、外資IT企業に勤務しながら女性向けエンパワーメント支援組織にも携わっている芝軒奈央さんをお招きしました。

これまでのキャリアの歩み、人や自分の可能性を強く信じるようになった経緯について伺います。

 

目の前の人や企業のポテンシャルを引き出す

–現在の職種、仕事内容を教えてください。

外資IT企業でアカウント・エグゼクティブとして勤務しています。業務上の課題を解決する製品やサービス、ソリューションを提案し、特にDX (デジタルトランスフォーメーション)・AX (AIトランスフォーメーション) 推進の文脈において顧客ビジネスの可能性を最大化することを目指しています。担当しているお客様は生命保険会社や地方銀行などです。

近年、生成AIの導入が世間の高い関心を集める中、多くの企業が急速な変化への対応を求められています。一方で、「何から始めたらいいか分からない」「新しい変化を起こしたいが、既存文化から脱することが容易ではない」という現場のリアルな声もあります。

そうした声に耳を傾け、話を聞き、一緒に新しい構想を練り、実現に向けて必要な提案や推進支援を行うことが私の仕事です。粘り強いお客様との対話を経て信頼関係を築けたとき、またお客様の事業の新たなポテンシャルに気付いていただく瞬間に立ち会えるときに喜びを感じますね。

–本業以外に携わっている仕事、活動について教えてください。

社内では女性向けエンパワーメント支援組織の活動に参加し、女性のIT人材育成を通じてデジタル人材比率や賃金格差などのジェンダーギャップ改善を目指す支援プロジェクトに携わっています。 

社外では、日本の若い女性ひとりひとりが自分のストーリーを描くように自由に生きてほしい、という思いから生まれた「HerStory Japan」というプラットフォームに参加しています。同プラットフォームではゲストを招待したイベントの開催やラジオコンテンツの発信等が行われており、同じ志を持つメンバーと一緒にその運営を行っています。

–芝軒さんにとってエンパワーメントとはどのような意味を持ちますか。

私にとってエンパワーメントとは、個々人が「自分らしい」「最善な」あり方や生き方を再発見し、その自由を追求するためのお手伝いをすることを意味します。日本社会には性別役割の概念や期待が日常の至るところに根付いており、女性が自分の信念や価値を認識し、表現することが少ないと感じます。これは職場で男性と同等の機会を得ることが難しかったり、”自分と身近に感じられる” 女性のロールモデルが少ない環境が一因となっていると認識しています。

そのうえで、私なりのエンパワーメントを実現するためには、人々にインスピレーションや実践的なスキルを提供し、人生の選択肢を広げることが必要だと感じています。これが、私の現在の活動に至る理由です。

 

チアダンスを通してタフな自分へ

–子ども時代について教えてください。

祖父母が育てていた草花が庭にあり、そこには昆虫がいて、自然が身近にあることが心地いいと感じていました。ゆえに物心がついた頃から森羅万象すべてに生命と感情が宿っていると感じており、例えば乾燥してる草花を見ると、喉が渇いている人を見ているような気持ちになっていました。

両親は私のことを想って「良い学歴を取得し、優れた企業に就職できるように」と育ててくれました。一方で私はその気持ちを受け止めながらも、読書を通して多様な人生や世界観に多く触れていたこともあり、「それだけが考え方や生き方の全てではないんじゃないか」「もっと、世の中の本質を理解したい」と考えるようになりました。

–学生時代に打ち込んでいたチアダンスについて教えてください。

世界大会に出場するほどダンス部活動に没頭していた姉の影響と、生き生きとしたエネルギーを放ってパフォーマンスをしている先輩たちへの憧れがあり、中学でチア部に入部しました。

3年時にキャプテンに就任したことが、自分らしいリーダーシップスタイルを確立することに繋がりました。

具体的には、60人余りの部員の1人ひとりの長所を見出し、それをチームに活かすための期待や提案を伝える対話を重ねました。その中で、本人が気づいていなかった個性や、短所だと認識していたことでも、人にその可能性を信じてもらうことで自分の価値を認識し、心に火を灯せられると気付きました。

高校に進学してからは社会人クラブチームに入りましたが、ここでも可能性を信じてくれる存在の重要性を認識した体験がありました。全国大会での入賞を目指して淡々と練習していたメンバーに対し、「私たちは『世界大会』に行くんだ」と言い続ける先輩がいました。強豪チームでなかったため、最初は「あり得ない」と思考の制限をかけていましたが、その先輩の言葉がチームの意識を刺激し、最終的には本当に世界大会6位の結果を実現できました。信じる力というのはすごいですね。

一方で選抜などの実力主義の風潮や厳しい食事管理、「一番でなければ意味がない」というコーチの声がけ、そして学業でも上位の成績をとって両立させるという決意から、何事も死ぬ気で努力して結果を出さなければいけないというプレッシャーを感じ続けるようになりました。成長の充実感があった反面、どれだけ努力しても拭えない欠乏感があり苦しかったです。同時に立派な成績や他者からの評価を得ることが、自分の存在価値や愛される条件に直結すると思うようになっていきました。

 

スウェーデン・イギリス留学を通じた”ありのまま”への回帰

–スウェーデン留学を通して気づいたことを教えてください。

世界大会出場を果たした大学2年時、チアダンスチームを引退し、ずっと夢に描いていた交換留学に行きました。スウェーデンを留学先に選んだのは、自然と共生する文化が根付いており、白夜と極夜など日本とは全く異なる生活をして世界観を広げたかったからです。

実際に行ってみて、生き方や幸せについての価値観が変わりました。

慌ただしかった日本での生活とは対照的に、スウェーデンでの日々は時間がゆっくりと流れていて、ただ湖と夕日を眺めているだけで毎日が幸せでいっぱいに満たされていました。

人間関係やコミュニケーションにおいては、個人の肩書きや容姿ではなく、人生のストーリーや自分の考えを持っていることが重要視されていたように思えます。「I like you because you are different (人と違うからあなたが好き)」、「Thank you for being who you are (あなたが、あなたでいてくれてありがとう)」と言ってもらえたことで、必ずしも優れていたり役に立たなくても、自分らしく存在しているだけでいいのだと思えるようになりました。

そんなスウェーデンでの1年間の生活を通して、「人と比べて競争していても自分の人生は始まらない。優秀であるよりも、深く考えたり人の痛みを共に感じたり、愛情や優しさを心に持っている人でいる方が大切なのだ」と気付かせてもらいました。また幸せとは「自分の価値観や信念に従って自分らしく生きている感覚そのもの」だと気付いたことで、自分が囚われていたしがらみから解放され、自由になれた感覚がありました。

同時にキャリアを通して「人々が主体的に人生を築くために、諸自由や能力を発展させられる世界」を実現したいと思うようになり、その知識とスキルを身に着けるため大学院への進学を決意しました。

–イギリスの大学院ではどのような学びがありましたか。

マンチェスター大学 大学院では、人道支援におけるジェンダーの視点や被援助者の主体性の反映について研究し、先述した私のエンパワーメントに対する姿勢の土台となる考え方を得ました。研究を通じて学んだことは、事象の当事者にしか分かり得ない事情が存在するため、外部者が真に中立で寄り添った立場から解決をもたらすことは非常に困難であることです。特に発展している(と自身でみなしている)主体が、被援助者を「救う」という姿勢で一方的に行う支援は、エゴの押しつけとも言える行為になり得ることが分かりました。

また、平和とは外部からもたらされるものではなく、個人の内面から始まるものであることも理解しました。個人が内面に平和を持ち、それを周囲の人々に向けて広げることで、より平和な世界を築く基盤となるのです。

このような学びを通じて、「人々が主体的に人生を築くために、諸自由や能力を発展させられる世界」を実現するためには、相手の主体性を尊重することが何よりも大切だと気付きました。今後、私なりのエンパワーメントを目指すにあたり、「相手を変えよう、助けよう」という姿勢ではなく、私自身の在り方を通じて自然と相手の中に内在する真実に立ち戻らせる影響を与えられることができればと思うきっかけになりました。

 

Possibility Model=可能性を示す人になりたい

–今後はどのようなことに挑戦したいと思っていますか。

仕事においては、日本社会や世界を牽引する組織のビジネスインパクトを最大化し、関連する製品・サービス・ステークホルダーの価値を高めることに引き続き挑戦したいと考えています。お客様がより多くのことを達成できるよう、お客様以上にその可能性を信じ、最大限に引き出す「可能性への架け橋」となることができれば嬉しいです。

個人的に目指しているのは、Possibility Model (可能性を示す人) になることです。模範的なRole Modelでなく、前例がないことに先駆的に挑戦して実現する姿勢を通じて、後に続く人の道を開き、力づける存在でありたいと考えています。自分の魂の土台がしっかりしている分だけ、人に影響を与えられると私は信じています。素晴らしい言葉は誰にでも語れますが、その言葉に説得力を持たせる生き方をしていなければ、空虚な言葉に過ぎません。そのため、誰かを本気で動かし、感動させられるようなエンパワーメントを目指すには、まず自分が本気で動き、感動に出会う生き方をしていきたいです。 

とはいえ、私は私であり続けることができれば、それで十分ではないかとも思います。自分も社会も変化していくため、現時点で将来の具体的な目標を描くことは正直難しいです。その時々の自分の感情や状態をそのまま受け入れ(これが、ありのままに生きること)、最善を追求し続けること。そして心を広く持ちながら本気で生きることが私の目指すことです。

–ありのままに、自分らしく生きることを目指す人に向けてメッセージをお願いします。

ありのままに、自分らしく生きるということは、とても自由であるようで、実は相当な覚悟がいることだと思います。

以前の私のように、自分以外の誰かや何かの期待に応えようとするあまり自分の本音や意志が見えなくなっている人がいたら、伝えたいことが2つあります。

まず、自分がやりたいことや本心は、自分の内にあるので、難しく考えずにただ感じたり思い出したりすればいいということです。そのためには、常に自分が「こうありたい」「好き」と思う方へ学び、経験を積むなかで、魂を揺さぶられるような感覚をヒントにしてみてください。また「こうであればいいのに」という社会への憤りにも向き合うことで、その裏返しとして自分が何を求めているのか、どんな信念があるのかに気付くこともあるかと思います。

最短で効率よく、自分に出会おうとするのではなく、時間をかけて自分との関係性を深めようとしてみてください。自分の中の矛盾を正そうとしなくてもいいし、どんな感情に対しても、そう感じる自分を尊重してあげること。そうやって自分と対話しながら日々の生き方を選択していくことで外部的要因によって揺らぐことのない自分を確立することができると思います。

次に、周りから期待やアドバイスを向けられた時には、「その言葉に、自分への愛情はあるのか」と考えてみてください。「あなたのためを想って…」という言葉が添えられていても、実際には相手のエゴを押し付けられているケースがあるかもしれません。本当に愛情に基づいているならば、あなたの意思を尊重し、幸せであることを第一に考えている様子が感じ取れるはずです。もしそうでないのであれば、「Thank you, but no thank you (ありがとう。でも私は…)」と言える勇気を持っておくことが大切です。そうすることで、誰かを失ったり失望させたりしてしまうかもしれません。しかし、主体的に自己実現をしていこうとする際には、そういった損失の代償も時には伴うのものなのです。そして痛みや困難を経験している時こそ、正しい道を進んでいる証拠であることを覚えていてください。

何者かになろうとしなくていい、この世界で唯一あなたにしかできないことは、自分らしく生きることです。そしてそのように生きることで、誰しもが自然とPossibility modelになっているのかもしれません。

 

取材・執筆=山崎 貴大