散歩のような人生を。事業開発・國井仁が新しい視点で世界を捉え直す人生観とは

アフリカでの経験が、社会全体に貢献できる技術の実装に向かわせた

ー進学先の大学はどのように決めたのですか?

打算的な選択かもしれませんが、部活の実績と内申点で進学できる大学を選びました。その一方で大学に入ったら、開発経済学や英語を本格的に勉強しようとも考えていました。

そう思ったきっかけの一つとして、アメリカ同時多発テロ事件やイラク戦争などの国際問題があります。父は職業柄海外に行く機会があり、イラク戦争や南北問題が勃発していたスーダンにも派遣されていたのですが、現地から持って帰ってきた写真集には、当時の自分と同年代の子が亡くなっているような悲惨な光景が写されていました。その写真を見て、幼心ながらこの世界に対する違和感を覚えたんです。そこから新興国の抱える課題に興味を持ち始めました。

ー大学に進学後は21歳で休学し、アフリカに1年間滞在されたそうですね。新興国の課題に興味を持っていたとのことですが、大学入学前からアフリカに行こうと考えていたのですか?

いえ。行けたらいいなと漠然と思っていたぐらいですね。

実際に大学で開発経済学を勉強してみると、ボランティアのようなアプローチは持続性に課題があるように感じてきて。つまり、事業としてお金を稼がないと上手く成り立たなかったり、現地の人たちがボランティアや海外からの援助に依存してしまうといった構造的な課題が見えてきました。

それまで関心を持っていなかったビジネスの勉強をしようと思って、スタートアップやアフリカビジネスに特化したイベントに参加し始めました。「スタートアップ×〇〇」をテーマに毎回いろんな人たちが集まり、週末の3日間でビジネスモデルをアウトプットするイベントに参加した際にアフリカにつながる出会いがあり、次第にアフリカ行きを考え始めるようになりました。

ー具体的にはどちらの国に滞在したのですか?

東アフリカに位置するタンザニアから入って、ルワンダとウガンダの3ヵ国に行きました。タンザニアを選んだ理由は、現地で活躍する日系スタートアップがインターンを募集していたからです。

ただ、行こうとしていたインターンに参加できなくなったので、旅をしながら先々でご縁があったインターンやボランティアに参加しながら一年間アフリカに滞在しました。

ー実際に滞在してみて、帰国後に何か変化を感じたことはありますか?

変化があったかはよくわからないんですよね。まだ答え合わせができていないというか、現在進行形で当時の体験に意味づけをしている。一つ言えることがあるとすれば、今のキャリアにつながる出来事があったことです。

アフリカ諸国の、特に都市部に暮らす人々はスマートフォンを持っていたり、すでにいろんなテクノロジーが入ってきており、平均的な日本人よりもはるかに稼ぐ人にも出会いました。渡航前から現状を聞いてはいたものの、実際に現地でみると見方が変わりました。

でも都市部から離れるにつれ、劣悪な環境で暮らしていたり治せるはずの病気で亡くなったりする人たちがたくさんいます。テクノロジーや経済の発展がかえって格差を助長してしまう側面があることを知って、技術の進歩や経済発展を手放しに喜んではいけないんだと、もやもやした気持ちを抱えて帰国しました。

帰国した当時の日本で、AI崇拝のような無思考にテクノロジーが社会を豊かにする論調が強いことに違和感を覚え、そこから本当に目指すべき社会や暮らしのあり方はどんなものか、その実現に必要なテクノロジーとは何か、そもそも経済発展とは何かを自分のテーマとして考えるようになり、「テクノロジー×ビジネス×アカデミア」が交わる点にヒントを求めました。結果的にテクノロジーの社会実装を通じた、社会課題の解決を自分で経験してみたいという気持ちがモチベーションになりましたね。

ーアフリカでの経験があったからこそ、そのような問いや自分なりの考えが生まれたのでしょうか?

そうですね。ただ個人的には海外だからというよりも、自分がどこにアンテナを立てるかが重要なのだと思います。興味のある情報は自然と目に付くし、そうすればさらに情報にアクセスできます。

まずは、現在の自分がどこにアンテナを立てているかをメタ認知する。そして、さらに深ぼるには何ができるのかを自分なりに考えてフィードバックを繰り返すと、国内にいても面白い経験や新たな視点は得られると思います。実際僕の場合も、卒業後の進路が決まったのは卒業した後でしたし、確信を持てるようになったのは働き始めてからなので、今日お伝えした内容もほとんど後付けです(笑)。