一度はやめた音楽活動を再開する
ー大学に進学してからはどのように過ごしていたのですか。
高校では3年間親友とライブをしていましたが、大学に入るとお互いバラバラの道を選びます。大学生になった瞬間に一緒にライブをする機会が減り、音楽に接する機会も急激に減りました。
ちょうどそのあたりで、元々英語が好きだった私はカナダに行く決心をします。言語も勉強したいし、海外の音楽シーンもこの目で見てみたいとの思いで渡航を決めました。
カナダでも音楽活動はしていましたが、日本にいた時と比べると格段に活動の幅は狭かったです。音楽をしたいけど周りには言えない時期が続いたり、自分がしたい音楽ができていないことに嫌気がさしていました。
最終的に、音楽は好きだけど「自分が届けたいものって何だっけ?」と疑心暗鬼になっていた場面もあります。
そして、どんどんと「自分は音楽に向いてないのかな、プロを目指すのは止めた方がいいのかな」といった感情になりました。自分1人で音楽を続けていけるのか不安や懸念があり、心が弱まっていました。
ーそこからカナダでは何か行動されたのでしょうか。
カナダのミシサガでジャパンフェスティバルと呼ばれる大きいフェスティバルに参加し、歌わせていただきました。自分1人で出たわけではなくて、現地で音楽仲間を集めてフェスへの出演を決めました。
そのフェスが良い風を吹かせてくれて、結果的には「これからも自分でオリジナル曲を歌っていきたい!」と思うようになったのです。
ー帰国して社会人になってからはどのような日々を送っていたのですか。
1年経ってカナダから帰ってきたあともやる気はありましたが、「親友がいない中で理想的な音楽はできない」といった虚しさを抱えながら続けている感じでした。時間に流されるまま、そのまま就活が始まり、新卒で教育業界に就職しました。
音楽活動は続けるつもりで就職しましたが想像以上に忙しく、朝から夜まで働き、音楽の時間が全くない時間が数ヶ月続いたのです。
その結果、音楽を続けられない時期がしばらく続きます。中途半端になるぐらいなら、もう音楽を一回やめてしまおうかなとも思いました。
ー現在音楽を続けられるようになるまでには、どのような転機があったのでしょうか。
高校生の時からお世話になっていたライブハウスに数年ぶりに挨拶に行ったときが転機でした。職場がライブハウスと近かったのでたまたま立ち寄ったことがあって、その時店長から「音楽最近やってないの?」と言われたのです。たったの一言ですが、今までずっと良くしてもらったのに音楽を辞めてしまうことへの申し訳なさがありました。
やっていないと伝えたときに、店長が「絶対やった方がいいよ、もう一回」「心の奥に眠っているならちゃんと発信した方がいいよ」と言ってもらったのです。
今の生活のせいにして音楽から離れて、自分の伝えたい思いを発信することから逃げていることにようやく気づき、もう1回音楽を始めました。
自分の気持ちに従い、音楽活動と仕事の両立を目指す
ーどのように音楽活動を再開したのですか。
お世話になっていたライブハウスでのライブに出演し、音楽で自分の思いを発信する機会を作りました。高校生のときは2人で出演していましたが、ライブハウスには1人での出演です。
1人だと、表現したいことを弾きながらでも歌えるような練習をしないといけなかったので難しかったです。ライブハウスに行って音楽をするようになってから「やっぱりプロになろう」と思いました。
ー仕事と音楽活動の兼ね合いはどのように対処されたのでしょうか。
転職を選びました。教育業界はもちろん楽しかったですし、人の人生に携わる職はやりがいがあるものでした。一方で、そこに時間を費やす自分と音楽で輝いてる自分を照らし合わせたときに、やっぱりどこかで優先順位をつけないといけなかったのです。
優先順位をつけたときに、自分の気持ちが揺れ動いたのは音楽だったので、音楽をする時間が取れる仕事を選びたいと思い転職しました。いろいろな選択肢を考えて最終的に判断するタイプなので当時はすごく迷いました。
ー転職してみていかがでしたか。
音楽をする時間が取れるようになりました。今も、音楽がしたい時間があったら積極的に伝えるみたいなスタイルではあります。
働く中で大事にしてることが二つあって、一つが優先順位をちゃんと伝えることです。「今日は音楽スタジオに行かないといけないので何時には必ず帰ります」と伝えるのは徹底していました。
もうひとつは、自分の活動をまわりに知ってもらうために、発信を止めないようにしました。職場でも、プロを目指して音楽をしていることを伝えるようにしています。
発信を続けるとまわりが応援者になってくれるのです。まわりが応援してくれることで自分のモチベーションも上がり、音楽活動を応援する基盤ができました。