興味のあることを続けると自分だけの形になる。Agriture代表・小島怜の考え方

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第799回目となる今回は、株式会社Agriture代表取締役・小島 怜(こじま・れい)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

起業をし、現在は乾燥野菜を販売している小島さん。そこに至るまでにはどのような取り組みがあったのか話していただきました。

様々な乾燥野菜を取り扱う

ー簡単に自己紹介をお願いします。

株式会社Agriture代表取締役の小島怜と申します。京都生まれ、京都育ちで、京都産の規格外野菜を加工した乾燥野菜を販売する事業をしています。

ー「規格外」とは、使えなくなった野菜というイメージでしょうか。

腐ってしまうと商品としては使えないのですが、出荷調整で出せなくなった野菜や農協に出すと価格が安くなってしまうものを乾燥野菜として加工しています。

ー野菜を乾燥させるイメージはあまりないように思いますが、どのように乾燥野菜に目をつけたのでしょうか

農家をいろいろと回っているうちに乾燥野菜を作りたいと思うようになりました。あまり馴染みがないかもしれませんが、カップラーメンに入っている野菜は乾燥野菜です。

当初は野菜チップスを作る予定でしたが、初めて回った農家が乾燥野菜を製造しており、「お湯をかけるだけで作れるなんて、革命的だな」と感じました。

ー乾燥野菜を作る工程を教えていただけますか。

工程は非常にシンプルで、野菜を乾燥させる機械のスイッチを押せば完成します。トマトのように小さな野菜は、そのまま機械に通すだけで完成しますが、カボチャのように一個当たりの硬さや大きさがまったく違う野菜は切るときが大変です。

野菜によっては10から20分の1まで大きさが縮むので、それに応じて完成するまでの時間も変わります。

ー小島さんの会社では、何種類の野菜を乾燥させて市場に出していますか。

京都の提携している農家のものは基本的に乾燥させて出荷しており、種類は40〜50種類と数多く取り扱っています。京野菜はもちろん、ゴーヤなども取り扱っており、ネット販売もしています。東京や京都の飲食店にも卸していますね。

大学受験を機にモチベーションが低下する

ー17歳でモチベーションが低下した時期があったそうですが、背景を教えていただけますか。

自校の指定校推薦によって高校3年生の5月には進路が決まっていました。周りが大学受験の勉強をしているなか、僕は家に帰ってゲームばかりしていました。

ー進学先が決まった瞬間、モチベーションが低下してしまったのでしょうか。

そうですね。高校2年生のときが勉強を1番がんばっていて、朝6時に起きて夜遅くまで勉強する毎日でした。

高校3年生の5月に自校で指定校推薦の推薦枠で合格をいただきましたが、いざ合格してしまうと勉強に対するモチベーションが低下してしまったのです。

ーやりたいことがあって、その大学の推薦枠に応募したのでしょうか。

当時は行きたい学部もなく、通っている高校からしたら偏差値の高い大学だったので「もうここでいいか」という感じで決めました。受験の時期に周りは勉強をがんばっていたのに、自分はゲームに熱中していて勉強の熱は冷めていましたね。

ーサッカーゲームに熱中されていたそうですが、部活動は何をされていたのでしょうか。

部活は中学からハンドボールをやっていました。「新しいことを始めたいな」と中学時代はハンドボールに励み、高校はバドミントン部に入部して、新しいことにチャレンジしました。

ー様々なことに興味を向けられてきたのですね。

サッカーゲームや、現在携わっている事業などは長期間深掘りしていけるのですが、そこに至らないものは浅く広く関わっています(笑)。

両親も放任主義だったので、自分の興味のあるものはとことん取り組んで、自由にしていました。

大学生のとき、バックパッカーとなる

ー大学へ進学して何に取り組まれていたのでしょうか。

エンジニアを専攻していたこともあり、大学3年生のとき「タイでインターンをしよう」と考えていました。他にも隣国のベトナムも考えていました。

ーどのようにこれらの国を選んだのでしょうか。

飛行機代も安く、近隣の韓国や中国などと比較すると異国感を味わえるなと思ったからです。周りも海外に行っている人が多かったので僕も気になっていました。大学が観光学部の系統だったため、リゾート地へ行く人が多かったのです。

当時は僕自身が長期休暇を利用して国内を多く回っていたこともあり、次は海外に目を向けてみようと思いました。また京都に住んでいた期間が長かったことも影響して、新鮮味がありました。

ーベトナム、タイに行ってみて感じたことを教えてください。

はじめは騒音問題や臭いなど気になることも多かったのですが、徐々に居心地の良さを感じるようになりました。特に面白かったのは、お金持ちの人がビルの屋上でバーを開き、お酒を飲んでいたことです。

お店ではなく、ビルの屋上で自分の地位の高さを示しているかのようで、「資本主義」が目に見えてわかった出来事でした。

ー帰国してから行動も変わりましたか。

帰国してから、やりたいことをいざ形にしようと思っていた矢先、コロナが蔓延しました。