コーチング×サウナでお互いの物語を分かち合い。応援しあえるまちづくりを!はぐくむコーチ田島聡士

20歳ではぐくむに出会う。自分の輝ける場所を見つける

ー20歳のときに新しい転機が訪れたとお伺いしました。どのようなことがあったのですか?

海外のインターンシップ先でファシリテーターをされていた方のなかに『はぐくむ』で働いている方がいらっしゃいました。自分に対する理解を深めるために、その方からお聞きした『はぐくむ』のライフデザインスクールに参加しました。

ーライフデザインスクールに参加されていかがでしたか?

ライフデザインスクールは好きなことや、やりたいことで働いていきたいと思っている人が集まっているコミュニティです。そのため挑戦をみんなが応援してくれる環境でした。

コミュニティに参加している間に「コーチング」と「多様な働き方をしている大人と大学生を繋げる団体の立ち上げ」をしました。

ー新しいことに取り組むときはどんなマインドが大切だとお考えですか。

1人ではなく仲間と一緒に現状を共有しながらすることです。仲間がいれば自分のできることや価値を提供できることに気づかせてくれるからです。

コンサルティングの会社に就職するもうつに。周りの人に助けられ、人のために生きるように

ー次の転機として21歳のときとお伺いしました。これはどんな転機だったのでしょうか?

コーチングの会社に就職しようと思ったのですが、そもそもコーチング会社は母数が少なかったためコンサルティングの会社で働きました。

コンサルティングのコミュニケーションはコーチングとは違うアプローチ方法でした。そのうえ社会人1年目でなかなか成果が出なかったため、精神的に病んでしまいました。

自分の気持ちを共有できる仲間がいなかったことも苦しかったです。1人で何かをするのはとても厳しいことでした。

ーそこからどのようにして立ち直ることができたのですか?

『はぐくむ』のコミュニティで会う方や、シェアハウスの仲間、僕の話に耳を傾けて聞いてくれる方など、寄り添ってくれる方がいたことで立ち直ることができました。

また人生をリセットしようと考えて、坐禅修行に行ったことも立ち直ることができた理由のひとつです。京都のお寺で和尚さんに言われた言葉で心に響いたのが「人のために生きるのが人生の美徳である」です。

それを聞いたときに「今までは自分のために時間を使ってきたけれど、これからは自分を助けてくれた『はぐくむ』のために時間を使いたい」と思うようになりました。そこからは『はぐくむ』で働こうと決意しました。

ー再度『はぐくむ』に関わったわけですが、最初の入社で『はぐくむ』を選択されなかったのはなぜですか?

大学生で『はぐくむ』のインターンに参加していたときに将来は『はぐくむ』で働きたいと思っていました。しかし、同じインターンに参加していた優秀な方の『はぐくむ』への入社が決定したときに「この人レベルでないとダメだな」と諦めてしまったのです。

ーお寺から戻って『はぐくむ』のインターンに参加されたときはどんな心持ちでしたか?

『はぐくむ』に貢献しつづけようと思っていました。たとえ正社員ではなくても『はぐくむ』に関わることができればよいなと。

ー田島さんにとって輝ける場所はどこにありますか?

自分の好きなことややりたいことができ、それを応援してくれたり、一緒に考えてくれたりする仲間がいる場所です。

ー田島さんのこれからの展望をお聞かせください。

『はぐくむ』はまちづくりに注力しています。コーチングや対話でお互いの物語を分かち合い、応援しあえる文化があるので、その文化に共感した人が東松原に増えるとよいなと思っています。

そしてその町づくりに僕の好きなサウナを掛け合わせたいです。将来的にはサウナタウンを作れたらよいなとおもっていて。一家に一台サウナを設けて、入浴後に家族で対話して、より関係性を深められるような町を作っていけたらよいなと思っています。

また20代はバリバリ働いていきたいです。より視座の高いコミュニティに入って、いろいろな大人の方々と切磋琢磨していきたいなと思っています。

ーありがとうございました!田島さんの今後のご活躍を応援しております!

取材:黒澤朝海(Twitter
執筆:松村彪吾(Twitter
デザイン:高橋りえ(Twitter