1人で動画制作会社を運営する岡藤凜太郎に聞く、魂を捧げるものとは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第764回目となる今回は、岡藤 凜太郎(おかふじ・りんたろう)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

動画制作会社を運営する岡藤さん。学生時代のエピソードや、これまで挑戦してきたこと、読者に向けたメッセージをお話していただきました。

僕自身もユニークな人間になりたい。25歳の挑戦

ー簡単に自己紹介をお願いいたします。

岡藤凜太郎と申します。山口県在住で、ひとりで動画の制作会社「株式会社インターン」を運営しています。フリーランスのような働き方に近いですが、YouTube制作のお手伝いなど受注の仕事をしながら、メディア運営もしています。

コロナ禍の始まる前までは、密着ドキュメンタリーをYouTubeで上げていました。動画の技術は、受注の仕事でも、独自取材の仕事でも使いますね。

ー具体的にはどんな動画制作を依頼されるのでしょうか?

山口に住んでいるので、地方創生のような、社会のためになる仕事を受けることが多いです。ウェブCMだけやっていても、こちらのモチベーションが上がらないですね。

現在は吉本興業が行なっている「山口県住みます芸人」のYouTube制作のお手伝いなどをしています。芸人さんが古民家に住んでDIYをしていく様子などをしているチャンネルです。その活動の中で地域のみんなが集まれるイベントなどもできそう、と話していたりして「これが自分がやりたかったことだな」と思いますね。

ーご自身で運営しているメディアについても教えてください

『ユニークローカルメディア「凜」―RIN』という名前で、僕が面白いと思う人――“ユニークローカル”な人に取材をして紹介するメディアです。雑誌やアルバムなどの定期発行と、YouTubeやSNSでの発信を行なっています。

地元密着にはこだわらず「面白い人を増やしたい」という想いで、読んでくれている人や見てくれている人を“面白い人間側”に引き込むかを考えながら運営しています。僕もつねづね、ユニークな人間にならないとなと思って研鑽を積んでいます。

ー​​岡藤さんの学生時代はどのように過ごされたのでしょうか?

山口大学に通っていて、今大学4年で休学中です。年齢的には社会人3年目の年ですね。AO入試で、高校3年生の10月頃に大学が決まりました。

11月から大学入学まで時間があったので、大学生の生活の情報収集をしていて。その中で「早めに就活に関することをやっておくと良さそうだな」と気付いたんです。就活前になって何にもチャレンジしていなくて話せることがないともよく聞くので、「会社を作るくらいはやっておいたほうがいいのかな」とぼんやり思っていました。

大学1年のときにインターンシップ先で創業支援をされている方と知り合って。その方に会社の作り方を手取り足取り教えてもらい、株式会社インターンを設立しました。とはいえ、設立当時は何のスキルもなく、動画のソフトを触ってみたりと情報収集に充てていました。設立2、3年目からはYouTubeチャンネルを作って動画制作を始めました。ロケをして、編集して、テロップのつけ方を学んで……と、実際に動画制作をしながら学んでいきましたね。

「岡藤くんって動画を作れるらしいね」とインターンシップ先の方に目をかけていただき、ちょっとした仕事を振ってもらえることもありました。インターンをしながら、自分の会社の仕事をもらえるように営業活動もしていましたね。

Web・動画・音楽など、さまざまなメディアに携わる

ー岡藤さんの転機はいつだったのでしょうか?

仕事がないときは自分の作品のポートフォリオを作り、発信をしていました。その中でHIPHOPのラップを作り、友達に曲を作ってもらい、MVを撮って公開して。そしたら人づてにテレビ局の方に紹介してもらえました。

それが僕として大きい出来事でしたね。テレビ局で働くと、取材依頼のときに「あの番組の裏方やっています」と言えて、テレビ局のスタッフなんだなという信頼感も出ますよね。

ーどんな番組に関わられていたのでしょうか?

今もスタッフとして続けているにんげんのGO!』というバラエティ番組です。滝を巡っていくアウトドアっぽい企画や、郵便局ごとのスタンプをすべて集める企画があります。視聴者の人も「私も行ってみようかしら」と思えるような番組です。

初めはアシスタント、というか荷物運びでした。今まで独学で撮っていたので、TVの作り方やチームで仕事するときの動き方、役割や機材についても教えてもらってADのような動きもしていましたね。

ーその後、自分でちゃんとしたメディアを始めたとのことですが、始めたきっかけを教えてください。

会社を設立してから始めたチャンネルがぐちゃぐちゃで。MVや「下関まで70km歩いてみた」というYouTuberらしい動画など、わけのわからないチャンネルになっていました。

バラエティっぽい企画も好きですが、真面目なものも好きだったので、もう少し堅いものも自分でやろうと思って始めたのが、ユニークローカルメディア「凜」―RINという、今やっているメディアを始めました。

ーこのタイミングで「ローカル」が構想として出てきたのでしょうか?

ローカルはひとつテーマにあるかなと思っていましたが、今みたいにガチッとテーマは固まってはいなかったですね。

当時から取材、書き起こしも自分でやって、いろんな方に話を聞いてまとめたいと思っていました。開始当初は、知り合いの商店街で頑張っている人にインタビューをするなどの企画ですね。

最初はYouTubeチャンネルとCAMPFIREの月額制のコミュニティで運営していました。YouTubeで30分無料、CAMPFIRE有料会員の方にはで、特別記事や書き起こし記事を公開する形です。有料会員は20人くらいでしたね。

正直、メディアだけで採算は取れていないのですが、「常に新しいことをやっていないとダメだな」と思って、メディアを始めたところもあります。やっぱり受注仕事だけやっても消耗していく感じがあり、フリーランスはスキルの切り売りという側面もあるので。