弱さを知ることで生きやすくなる。スナック水中ママ・坂根千里の強がりをほどく生き方

ゲストハウスの立ち上げで、弱音を吐くのが苦手な人の多さに気づく

ー21歳のタイミングで、新たな挑戦を始められたそうですね。

色んな人と会える宿主になりたいと思い、仲間と一緒にゲストハウスを立ち上げました。

旅先でお世話になった宿主の方が、とても魅力的でした。自分が宿主になれば、人が遊びに来てくれるんじゃないかと思いました。

ーゲストハウスの立ち上げは、どのようなことから始められたのですか?

「国立 まちづくり」で検索して、検索結果の上位にあがっていた人に会いに行くことから始めました。

大学に通いながら運営しようと思っていたので、国立でやろうと考えてました。

ーゲストハウスの立ち上げをされてみて、いかがでしたか?

すごく楽しくて、いい仲間ができたと実感しました。

ゲストハウスの立ち上げをするまでは、少し距離をとりながら人間関係を築いていました。人を傷つけたくない、自分も傷つきたくないと思っていたからです。

仲間たちとプロジェクトを進めるうちに、そうは言ってられなくなりました。日々精神を削りながらやっていると、自分も相手も粗が出てきます。

強みだけではなく、弱みも見せながらプロジェクトに取り組むのは初めての経験で、面白さを感じました。

ーゲストハウスの立ち上げで、他に気付きはありましたか?

バリキャリのような人でも、人に頼ることが苦手なのだと知りました。ゲストハウスの立ち上げには、一橋の優秀な仲間が集まってくれました。

そんな中「実はあの日めちゃくちゃ落ち込んでたけど、なかなか言えなくて」と、後日になって本音をこぼすメンバーがいたんです。

弱音を吐くことが難しいのは、私だけではないんだ、と実感しました。

ーゲストハウスの運営が始動するタイミングでも、印象的な出来事があったそうですね。

いざゲストハウスを始めるタイミングで、少し憂鬱な状態になりました。プロジェクトや人を上手く動かすことができず、塞ぎこんでしまったんです。

一度大学を休学して、カンボジアのホテルでインターンをすることにしました。表向きな理由は宿泊業の経営を学ぶためと伝えていました。内心は今いる場所から少し離れたいと思っていました。

ーゲストハウスの立ち上げの難しさはどのようなところに感じられましたか?

仕事の割り振りが苦手で、自分ひとりで全部抱えてしまいがちでした。

「きっとあの人はしんどいだろうな」と、相手の状況を汲み取りすぎて頼ることができませんでした。

中心役としてエンパワーメントするより、一歩引いてしまう部分が多かったように思います。

ーカンボジアでのインターンはいかがでしたか?

毎日たくさん働いて刺激的でしたし、新しい環境に身を置くことは面白かったです。ですが人に悩みを相談できず、自分で抱え込んで落ち込んでしまいました。

ゲストハウスの立ち上げをしていたときと、全く同じ悩みにぶつかってしまったんです。環境のせいにしたけれど、自分自身の問題だったと気付きました。

バリキャリ志向を抱きつつ、人の弱さに寄り添いたい想いが増す

ー23歳を迎え、大学卒業後の進路はどのように考えられていたのでしょうか?

経済的に自立した女性になりたいと思っていました。自分が抱えているコンプレックスから逃げられないと考えていたからです。

高校生のときの強姦未遂の被害や大学で信頼していた友人に閉所に連れ込まれた経験が、強い女性への憧れを高めました。

「強くなりたい」「負けたくない」という想いから、バリキャリを目指していました。周囲の友人もバリキャリ志向が多かったです。

その一方で、人に頼ったり、弱みを見せたりすることが苦手な人は、自分を含めて本当に多いと実感しました。

一緒にバリキャリを目指している友人たちが、悩みを打ち明けられずに苦しむ姿をたくさん目にしました。

私自身どのサービスやツールを利用しても、人に弱さを見せることがなかなかできませんでした。「この問題は、誰がどう解決してくれるんだろう?」と疑問を抱いていました。